声優・ナレーター 磯部弘 特別授業@ラジオドラマ制作合宿 「心からの言葉」で通じ合う、大切なもの:朝日新聞DIALOG:声の力
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「声の力」プロジェクト

2020年02月06日公開

声優・ナレーター 磯部弘 特別授業@ラジオドラマ制作合宿 「心からの言葉」で通じ合う、大切なもの

Written by 黒澤太朗 with 朝日新聞DIALOG編集部
Photo by 伊ケ崎忍

朝日新聞DIALOGは昨年夏からシリーズ企画「声の力」を続けてきました。視覚障害のある高校生たちが、プロの声優から声による表現方法を学ぶことで、自身の可能性を広げることを目指すプロジェクトです。その集大成として、ラジオドラマを制作し、実際に放送することに挑みました。演じるのは、これまで2回にわたって特別授業を受けた筑波大学附属視覚特別支援学校高等部(東京都文京区)と、今回が初参加の筑波大学附属高等学校(同)の生徒各5人です。

10人の高校生は1月11日から2泊3日の合宿で演技の指導を受け、最終日は収録に臨みました。講師は、TBS系『THE世界遺産』など数多くの番組でナレーターを務める磯部弘さんです。合宿での練習からラジオ局での収録に至るまで、生徒たちは障害の有無を超えて交流を深め、声で表現する楽しさ、面白さに目覚めていきました。

Day 1: 想像力を駆使してセリフに「気持ち」を込める

暖冬を象徴するかのように過ごしやすい天気となった3連休の初日。声優・ナレーターを養成する「青二塾」の東京・吉祥寺にあるスタジオに、両校の生徒10人が集まりました。青二塾は、著名な声優・ナレーターが多く所属する青二プロダクションの附属俳優養成所です。両校の生徒同士はこの日が初対面。これから始まる授業への期待とともに、そこはかとない緊張感も漂っています。

授業に先立って、視覚特別支援学校の教師から、視覚障害者との接し方に関するレクチャーがありました。例えば、視覚障害者を誘導する場合、まず手引きが必要かどうか声をかけ、必要と言われたら、自分の手の甲を相手の手の甲に軽く触れることで自分の存在を伝えます。そして、自分のひじや肩を相手に持ってもらい歩き始める――という具合です。両校の生徒がペアになって、机の周りを一緒に歩く練習をします。普段は視覚障害者とあまり接することがない附属高等学校の生徒たちだけでなく、その場にいた関係者にとっても学ぶことの多いレクチャーでした。

いよいよ特別授業です。磯部さんは、ストレッチで体を目覚めさせ、何度も大きく笑うことから始めました。「心のリラックスがすべて」と語る磯部さん。緊張でこわばっていた生徒たちの心身が徐々にほぐれていきます。

次のステップは、10人の生徒を5人ずつ2チームに分ける配役決めです。磯部さんの合図に合わせ、1人ずつ指定されたセリフを読んでいきます。今回のラジオドラマの原作は、アニメにもなった小説『異世界食堂』(ヒーロー文庫)で、生徒たちが演じる台本は株式会社文化放送の協力で制作されました。変わり者ぞろいの常連客たちが、各自の好きなサンドイッチがいちばんおいしいと主張し合う、ユーモアたっぷりの作品です。

事前に台本を受け取り、練習してきた生徒たちは、初回とは思えないほど滑らかに読み進めます。配役決めを一任されている磯部さんは、悩ましい様子で苦笑しながら、「もう1回、聞かせてもらってもいいかな?」。要請に応えて、2回目の試読が行われました。その後の休憩時間中も磯部さんは悩み続けましたが、ついにA・B両チームの配役が決定しました。いずれも両校の生徒の混成チームです。

いよいよ実践的な練習です。シーンごとに区切って、Aチーム、Bチームの順番で同じセリフを読み、磯部さんからアドバイスを受けます。「サンドイッチの『サ』の部分はアクセントをちょっと立てすぎかな」「もっと余裕しゃくしゃくな感じを出して!」。生徒たちの演技が上達するにつれ、磯部さんの指導も熱がこもってきます。

磯部さんが特にこだわったのは、セリフに込める「気持ち」の部分。セリフに抑揚をつけて読むだけではなく、そのセリフに沿った感情を持って演じることを徹底的に求めます。例えば、「一番おいしいのはテリヤキチキン」というセリフを言うときには、「自分の好きな料理の味や匂いを思い浮かべて、そのおいしさを隣の人に伝えたい!という気持ちを持つことが大切」と磯部さんは力説します。アドバイスを受け、生徒たちは何度も練習を繰り返します。ラジオを聞く人に気持ちが伝わるようになるでしょうか。

最後に台本を通しで読み、1日目の授業は終わりました。「長い時間ありがとう。両チームとも、1日でここまでいくとは思ってなかった。何度も言うように、頭で考えるよりも、感じていこう。『心からの言葉』でいきましょう」と磯部さん。半日ずっと稽古を続けてきた生徒たちには疲れもありましたが、充実感にあふれた顔をしていました。

Day 2: セリフは「距離」を意識して「相手に投げかける」

2日目の午前中、生徒たちは親睦を深めるため、吉祥寺の街に出ました。向かった先は「リアル脱出ゲーム」ができるアミューズメント施設です。チームで協力して謎解きしながらゲームをクリアすることを目指しましたが、惜しいところで時間切れ、ゲームセット。でも、チャレンジした10人はとても楽しかったようで、合宿後の感想で「一番印象に残った出来事」に挙げた生徒もいました。学校は違っても同じ高校生同士、冗談交じりの会話が弾みます。

青二塾のスタジオに戻ると、お昼ご飯にロースカツサンドとエビカツサンド、メンチカツサンド、テリヤキチキンバーガーが用意されていました。台本に合わせた粋な計らいに、生徒や磯部さんも思わず笑みがこぼれます。

昼食後に始まった授業では、まずチームに分かれて練習しました。磯部さんからアドバイスを受けるだけでなく、仲間同士で助言し合う姿も目立ちます。初日の夜に、お互いの役を交換して演技の練習をしていたそうで、「キャラクターを考えると、そこはもっと偉そうに言ったほうがいいかも」「その言葉のイントネーションがちょっと気になるね」などと積極的に意見を交わします。磯部さんも両チームを巡回しながらアドバイス。「口調に走らず、気持ちを考えること」「考えることより、感じることを大切に!」。前日に引き続き、場面に合わせた感情を持つことを生徒たちに求めていきます。

さらに、この日のアドバイスで目立ったのが、相手との「距離」を意識することでした。食堂の店主が客からの注文に対して「はいよー!」と答えるセリフ。店主役の生徒2人は、他の役を兼ねていることもあり、最初はどう演技しようか悩んでいる様子でした。

磯部さんはスタジオの端に立つと、「店主のいる厨房 ちゅうぼうとお客さんとの距離はこれくらい離れてるよね。そこまで声が届くように……『はいよー!』」と実演。声だけではなく、手を上げながら体全体で表現した磯部さんの演技に、店主役の2人もヒントをつかんだようです。

最後は通し稽古です。この2日間で学んだことや気づいたことを意識しながら、本番さながらの緊張感で台本を読んでいきます。「セリフは自分の中で読んでいるんじゃなくて、『相手に投げかけている』ことを意識してみて」「ナレーションの最後の部分も、もう少し強調してみようか」。磯部さんのアドバイスも、「もう一段レベルアップするため」に、より細かくなりました。演技が完成に近づいていることを感じさせます。両チームが通しで2回ずつ練習し、2日目の授業は終わりました。磯部さんは、「いい感じです! 皆さん、今日のその気持ちを忘れずに、明日やりましょう。本番は何度でもとり直せるんだから、もっと楽しくやっていいからね!」と生徒たちに語りかけました。

本番を翌日に控え、生徒たちは鋭気を養うため、夕食は全員でピザパーティーです。附属高等学校2年の宮崎翔太さんは、「合宿が始まる前までは、もっと緊張すると思っていましたが、磯部さんはじめ、皆さんが楽しい雰囲気を作ってくれたのでやりやすかったです。生徒もみんな素直にコミュニケーションを取ってくれるので、すごく仲良くなれました」と振り返りました。視覚特別支援学校高等部1年の田中紫音さんは、「役の気持ちや場面の状況を考えると演技は自然なものになるんだなあと思いました。明日はみんなで素晴らしい作品にしたいです。頑張ります!」と意気込みました。

Day 3: 合宿と協働を通して育んだ心の交流

3日目の朝。合宿先のホテルからバスに乗り、生徒たちが向かった先は、東京・浜松町にある文化放送です。初めて中に入るラジオ局に興味津々の生徒もいれば、収録が気になってそわそわしている生徒もいます。それでも、2日間にわたってレッスンしてくれた磯部さんと顔を合わせると、みんな笑顔になりました。

リハーサルを経て、いよいよ収録が始まりました。まずはAチームから。磯部さんの「どうぞ!」という掛け声を合図に、素晴らしい演技を披露する生徒たち。今まさに収録しているという緊張感からか、途中でセリフをかんでしまう場面もありましたが、磯部さんはその都度、「大丈夫だよ」と励まします。収録の合間には、生徒同士で「舌が回ってないよ」などと冗談を言い合う場面も。ブースの中の生徒たちは、もうすっかり仲良しです。通しで演技した後、フレーズごとにいくつかとり直して収録を終えました。

続いてBチーム。生徒たちは、緊張して待機中にずっと水を飲んでいたメンバーをからかうなど和やかな雰囲気でしたが、本番が始まると表情は一変。磯部さんに教わったことをしっかり表現しようと奮闘します。Aチームの収録の様子をそばで見ていたこともあってか、いくぶん余裕も感じられました。こちらも何度かのリテイクを経て、終了。両チームによるラジオドラマが完成しました。

収録を無事終えた生徒たちは笑い合い、健闘をたたえあっています。そこには、初日のぎこちなさはもうありません。視覚障害のある生徒たちへのサポートにためらう姿も見かけなくなりました。ラジオドラマの制作と共同生活を通じて、障害の有無に関係なく、お互いがかけがえのない大切な存在になりました。収録後、視覚特別支援学校高等部2年の隅本真理さんは、「私たち視覚障害者にとっては声が一番の情報源です。だからこそ、磯部さんがおっしゃっていた『気持ちを声にのせる』という言葉にグッときました。障害がない高校生たちと一緒に過ごすなかで、声の持つ力をしみじみと感じた3日間でした」と話しました。

最後に磯部さんは、「本当にみんな吸収が早かった。1日目に言ったことが2日目には進歩していて、2日目に言ったことが、最終日にはさらに進歩している。これは驚きでした。すごくいい感性を持っていると思います」と話したうえで、生徒たちを前にこう語りました。「気持ちの大切さ、これが伝わってくれていたらいいなと思います。言葉って心から出てくるものだから、心が伝わる、それが広がっていって、気持ちもお互いにつながっていくということだね」

磯部さんの言葉を聞き、生徒たちは深くうなずきました。気持ちの大切さ、心から出てくる言葉……それを体現したのは、この10人です。ラジオドラマの制作と合宿を通じて、声の力を知るとともに、大切な友人を得た生徒たちは、にぎやかに語り合いながら帰路につきました。

Feb.10 : 「声の力」発のラジオドラマ、いよいよオンエア

今回収録したラジオドラマは、声優の古川登志夫さんが「支配人」を務める文化放送の番組「青山二丁目劇場」でオンエアされます。放送予定は2月10日(月)午後8時30分〜9時。番組には生徒の代表2人も出演し、合宿の様子や感想などを語ります。また、古川さんをはじめ、「声の力」プロジェクトで講師を務めた声優5人が、生徒たちと同じ台本を演じるスペシャルバージョンも放送されます。

今年度の「声の力」プロジェクトの特別授業は、今回の合宿で終わりましたが、3月にプロジェクト全体の報告・総括をするシンポジウムを東京都内で開催する予定です。そちらの模様も朝日新聞DIALOGでお伝えします。

【プロフィル】
磯部弘(いそべ・ひろし)
俳優・声優・ナレーター(青二プロダクション)。1980年、劇団「東京キッドブラザース」に入団。俳優・柴田恭兵とのダブルキャスト主演として全米公演するなど、活躍する。退団後は、映画、テレビにも活動の舞台を広げ、TBS系「THE世界遺産」など数多くの番組でナレーターを務めている。趣味はマラソン、写真。

「声の力」プロジェクトとは
文化庁の「平成31年度 障害者による文化芸術活動推進事業」として、視覚障害児が声による伝え方の多様性を学ぶことで、自分の可能性を再発見することを目指すプロジェクト。文化庁と朝日新聞社が主体となり、株式会社青二プロダクション/青二塾と株式会社主婦の友インフォス(「声優グランプリ」編集部)の協力を得て進めている。

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