この思い、まっすぐに届け 古川登志夫さん特別授業筑波大学附属視覚特別支援学校:朝日新聞DIALOG:声の力
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「声の力」プロジェクト

2021年02月12日公開

この思い、まっすぐに届け 古川登志夫さん特別授業
筑波大学附属視覚特別支援学校

By 大谷津元(DIALOG学生記者)、Photo by 伊ケ崎忍

 声の力で、丁寧に、まっすぐに、感情を伝えていく——。

 朝日新聞DIALOGのシリーズ企画「声の力」。声優の古川登志夫さんが2020年12月20日、筑波大学附属視覚特別支援学校高等部(東京都文京区)に通う生徒11人に特別授業を開きました。古川さんは芸歴40年を超え、アニメ『ドラゴンボール』のピッコロ役、『ONE PIECE』のポートガス・D・エース役など数々の国民的アニメで声の出演をしています。ベテラン声優の指導を受け、生徒たちは声による新たな表現に挑みました。

「声の力」プロジェクト
 文化庁の「令和2年度 障害者による文化芸術活動推進事業」として、視覚障害児が声による伝え方の多様性を学ぶことで、自分の可能性を再発見することを目指すプロジェクト。文化庁と朝日新聞社が主体となり、株式会社青二プロダクション/青二塾と株式会社主婦の友インフォス(「声優グランプリ」編集部)の協力を得て進めている。
※感染症対策のため、授業は全員マスク着用、生徒の机には一人ずつ透明のついたてを置いて行いました。

「鬼太郎ちゃん、ヌッヘッヘッ…」

 朝日新聞東京本社(東京都中央区)の読者ホールに集まった生徒たち。一人ひとりの席に感染症対策で透明のついたてが設けられ、いつもの教室と違う環境に、そわそわ。拡声用マイクの位置を手で確認したり、事前資料を読み込んだりと、緊張感が会場を包んでいました。

 でも、古川さんが登場してあいさつすると、聞き覚えのある声に、みんなの表情が緩みます。古川さんは自己紹介代わりに『ゲゲゲの鬼太郎』のねずみ男の声で「鬼太郎ちゃん、うまい金もうけの話があるんだ。一口、乗らねえかい? ヌッヘッヘッ……」といったセリフを次々と披露。「アニメ大好き」という生徒たちにとって、待ちに待った時間です。

 声優養成所「青二塾」の塾長も務める古川さん。「声の力プロジェクトはいわば、養成所の出張授業みたいなものですね」と語ります。限られた人しか受けられない授業は「基礎編」「応用編」の2コマに分けて行われました。

呼吸法・発声法・セリフ術 ロボットだと…

 1コマ目は、発声練習から始まりました。まずは呼吸法の基本、腹式呼吸と胸式呼吸です。「鼻からお腹へ瞬時に息を吸って」「今度は胸を広げる感じで、瞬時に息を吸って」と古川さんが呼びかけると、生徒たちは一気に息を吸い、お腹や胸に空気が入ったことを確認します。「腹式呼吸は長いセリフを言うときに必要です。胸式呼吸は泣くセリフを言うときに必要です。声優は連日のように、これらの呼吸法をたたき込まれます」

 呼吸法の次は、発声法の練習です。「あえいうえおあお、かけきくけこかこ……」。腹式呼吸を使い、生徒たちは五十音を元気に発声していきます。「青二塾の塾生たちと同じぐらいのことができていますね」「明日からスタジオに来て、一緒に仕事しましょう」。のみ込みの早さに、古川さんは驚いた様子です。

 次はセリフ術。「おはようございます」というセリフを、生徒たちが喜怒哀楽の感情を込めて声に出していきます。うきうきと明るく。すすり泣きながら……。「みなさん上手ですね。じゃあ、これに感情表現がなくなると……」。古川さんがロボットのような声で「オハヨウゴザイマス。キョウハ、イイ、オテンキデスネ」と言うと、生徒たちは大笑いしました。

「この本をあなたに貸してあげる」どこを強調?

 続いて卓立法の練習です。卓立法とは、セリフの中で大事な部分を強調して表現する技術。生徒たちは「この本をあなたに貸してあげる」というセリフで実践しました。「『この本を』あなたに貸してあげる」「この本を『あなたに』貸してあげる」「この本をあなたに『貸してあげる』」。ボリュームを上げる場所によって、印象ががらりと変わります。

 最後は「ハヒフヘホ」を使って、笑う練習です。「ハ行の笑い声は、息が漏れるので難しい」と古川さん。うまく演じるコツは、最初に「イ」を付けて「イッヒッヒ」、「ヌ」を付けて「ヌッフッフ」などとすることだ、と言います。

 生徒が順番に挑みます。まず、永井慶吾君(高等部1年)が「ハッハッハッ」と勢いよく笑いました。船木天清君(高等部1年)は、魔法使いのおばあさんのように、高い声で「イ——ーッヒッヒ」。それぞれ、古川さんのアドバイスを実践していました。「リアルですね」「みなさん大変よくできました」。みんなに笑顔が広がって、1コマ目の授業が終わりました。

オーディションさながら 演技にメリハリ

 2コマ目は、実際に長いセリフを読む練習です。教材は、青二プロでかつて使用されていた、オーディション用の台本。「この台本には、泣いたり、笑ったり、怒ったり、様々な場面が組み込まれています。こうした物語がオーディション課題として出されるんですね」と古川さん。演じる役は、ハイキング中の若者です。踏みつぶされた花を見て嘆いたり、自然を大切にしないハイカーに怒ったり、大きなクマの足跡におののいたり。別の登場人物の言葉を引用する場面も交じった、難しい内容です。生徒たちは自分なりに想像しながら、セリフを読み始めました。

 一人ずつセリフを読むたびに、古川さんは具体的にアドバイス。「大げさにやってみましょう」「いろんな表現があっていいんです」「直接話法の部分を演じ分けていますね」

 そして、古川さん自身がお手本を見せます。すぐ目の前に主人公がいるような、生き生きとしたプロの技を目の当たりにして、自然と拍手が起きました。

 古川さんのお手本やアドバイスもあって、その後の生徒たちの演技にメリハリが加わっていきます。古川さんは「難しい課題でしたが、みなさんナイーブで素直な表現が際立っていて面白かったです」と語って、授業を終えました。

 最後に、生徒を代表して坂本奈々美さん(高等部3年)が、古川さんにTシャツを贈りました。学校のゆるキャラ「つくばーど」がプリントされたTシャツは、高等部3年の生徒が中心となって作製したそうです。「これは記念になりますね」と古川さん。会場は、ひときわ大きな拍手で包まれました。

「難しさも、楽しさも痛感」

 生徒たちに授業の感想を聞きました。

 山田瑞希くん(高等部1年)は「普段なら自然に笑っているところを、意識して笑うのが難しかった。特に『ハ』で笑うと(口から)空気が抜けてしまうところが難しかった」と話しました。

 昨年度も古川さんの指導を受けたという隅本真理さん(高等部3年)は「今日の台本は喜怒哀楽がすごいテンポで進んでいく物語だったので、感情の動きを一瞬一瞬で切り替えて表現するところが難しかった。古川さんから教わった呼吸法が、こういうところで生きてくるのだなと、セリフを通して感じることができました。人の感情を声で表現することの難しさ、楽しさを改めて痛感しました」と振り返りました。

 授業を終えた古川さんは「みなさんの『表現』というのが、僕らが想像しているよりもはるかに自然な感じなんですね。テクニカルじゃないのに、伝わってくる。ほどよくナイーブに、スッと(声が)入ってくるというのは、私たちが忘れかけているような、示唆を与えられた気がして、もう一回、自分でも気を引き締めなきゃいけないなと思いました」。

朗読劇 審査員に水田わさびさん

 特別授業に先立つ11月26日、同校高等部で朗読劇発表会が開かれました。高等部1~3年の生徒48人が参加し、各学年2チームに分かれて朗読劇を披露。声優の水田わさびさんが、特別審査員を務めました。

生徒たちが演じた朗読劇 〈〉内はチーム名
高等部3年生
愛のカタチ〈リョウ子ちゃん〉 性別違和に悩む主人公と周囲の反応を、「恋愛」や「ミスコン」というテーマで繊細に描きました。
ヌチドゥ〈辺野古〉 辺野古座り込み運動を題材に、沖縄の人々が抱いている平和への思いを、2人の少女とその祖母たちの日常から表現しました。
高等部2年生
桃太郎〈2-B〉 昔話をベースに時代設定やキャラクターをアレンジ。現代っ子の桃太郎が、不良の鬼塚君を倒す(鬼退治する)様子をコミカルに描きました。
赤ずきん裁判〈グループA〉 NHKで放送されたシリーズ『昔話法廷』を基に、オオカミを殺害した赤ずきんは有罪なのか、心神喪失で無罪なのか、緊迫感のある法廷劇を展開しました。
高等部1年生
桜色の奇跡〈ミトコンドリア〉 日本昔話の各物語を混ぜ合わせた作品。「浦島太郎」や「かちかち山のタヌキ」など、よく知られたキャラクターが笑いあり、涙ありのドタバタコメディ―。
ありふれた物語〈トライエイト〉 将来の夢や進路に悩む5人の高校生を描いた青春ドラマ。登場人物と同年代の演者たちが、若者の成長と心情の変化を思い思いに表現しました。

「みんなに、やきもち。あっぱれです」

 それぞれの劇は「表現技術(声の大きさや抑揚)」「独創性(内容理解)」「感動を与えたか」の三つの観点で評価されます。各チームの代表者や先生、水田さんによる審査の結果、チーム「辺野古」が最優秀賞、チーム「2-B」が優秀賞に選ばれました。

 水田さんは審査員を務めた各チームの代表者に向けて、こう語りかけました。

 「お芝居や朗読って、正解がない。だから、みんなが満点。あと、学生のリアルな年代のセリフっていうのは、私にはもう発することができないんですね。たとえ学生の役が来たとしても……。だから、いい意味で、みんなにやきもちを焼かせてもらいました。私にはできない芝居を、みんなが目の前でやってのけてくれた。あっぱれです」

 生徒全体を集めた授賞式では、最優秀賞、優秀賞を受賞したチームのほかに、サプライズで設けられた特別審査員賞「声の力プロジェクト特別賞」の受賞者が発表されました。この賞には、チーム「ミトコンドリア」の永井慶吾くん(高等部1年)が選ばれました。

 永井くんの「かちかち山のタヌキ」を演じる姿に、「ビビビッときた」という水田さん。選出の理由を、こう語りました。「彼の第一声を聞いたときに元気をもらったんです。いまいろいろ、我慢することとか、ふだん普通にできたことができなくなったりしていることが、長く続いているじゃないですか。もちろん、物語を聞いて、感動して、泣くことも大事なんですけど、私は永井くんの声を聞いてすごく笑顔になれた。元気な音を永井くんは届けてくれた。そこで、迷いなく永井くんを選びました」

「すてきな幸せタイム。何度かウルウル」

 最後に水田さんが生徒全体に語りかけます。

 「みんなからはスーパーすてきな幸せタイムをいただきました。感謝でいっぱいです。今年はいろんなことがあったから、私もいろんな不安なことがあったんですけど、今日みんなの声を聞いて、声の力って本当にあるんだなって、強く確信しました。正直に申し上げますと、何度かウルウルときてしまって。というのも、みんなが楽しそうに声を発している姿を見て、どんだけ練習したんだろう?と思うと、胸がいっぱいになってしまったんですね。みなさんから感動やパワーをもらいました。私も、声の力を信じて、みんなに届けるために、スタジオでセリフを一生懸命しゃべっていこうと思いました」

伸びやかなパワー 未来を彩る
大谷津元(DIALOG学生記者)

 「みんな、私よりも100倍すごい」

 大学で放送研究会と演劇部に所属していた私にとって、生徒たちのパワーには驚きの連続でした。身ぶり手ぶりでごまかさず、一場面一場面を真剣に考えて表現しようとする姿勢に、取材しながら思わず拍手してしまいました。大人たちが忘れてしまった「声の力」を、生徒たちは持っているのではないでしょうか。

 演劇をかじっていた身としては、生徒たちが、視覚情報に頼らずに、人の動作や感情(表情)、場の雰囲気を、声だけで表現できるのはすごいと感じました。また、視覚情報に頼らないからこそ、型にはまらない表現が素直に、伸びやかにできるのだ、とも思いました。

 昨今、コロナ禍も相まって、世の中は暗く、よどんだ色に染まっているように見えます。取材で出会った生徒たちは、きっと未来を、純粋な「声色」で鮮やかに彩ってくれるのだと思います。

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