みんなを笑顔に 優しさ・共感 言葉に込めて岩田光央さん特別授業 群馬県立盲学校:朝日新聞DIALOG:声の力
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「声の力」プロジェクト

2021年02月24日公開

みんなを笑顔に 優しさ・共感 言葉に込めて
岩田光央さん特別授業 群馬県立盲学校

By 岸峰祐(DIALOG学生記者)

 一つひとつの言葉に思いを込めて、みんなを笑顔に——。

 今回の「声の力」は、声優の岩田光央さんを招いての特別授業。群馬県立盲学校の中学2年生から高校3年生まで、計8人の生徒が参加しました。基礎編と応用編の2部構成です。コロナ禍での緊急事態宣言の影響で、朝日新聞東京本社(東京都中央区)と同校をつないだオンラインでの開催となりました。

■「声の力」プロジェクト
 文化庁の「令和2年度 障害者による文化芸術活動推進事業」として、視覚障害児が声による伝え方の多様性を学ぶことで、自分の可能性を再発見することを目指すプロジェクト。文化庁と朝日新聞社が主体となり、株式会社青二プロダクション/青二塾と株式会社主婦の友インフォス(「声優グランプリ」編集部)の協力を得て進めている。

まずは元気に自己紹介

 岩田さんと各教室にいる生徒のみんながそれぞれZoomにログインし、授業が始まりました。初めに岩田さんが「岩田光央です。よろしくお願いします!」「名前、趣味や好きなことを教えてください!」とスタートを切ります。岩田さんは生徒の自己紹介に合わせて、質問を投げかけたり相づちを打ったりして盛り上げます。

 「こんにちは!」と元気に声を上げたのは田島さん(中3)。岩田さんの出演しているテレビアニメ「呪術廻戦」を見ているといい、「かっこいいです」と話す田島さんに、岩田さんも笑顔に。岩田さんが出演しているアニメの役柄を次々と演じると、生徒から笑顔があふれます。

 「体を動かすのが好き」「音楽を聴くのが好き」「ピアノを弾くのが好き」と、それぞれの趣味についても語っていく生徒たち。岩田さんは生徒の自己紹介が終わるとその都度生徒の名前を呼んで、「こんにちは。ありがとう、よろしくお願いします」と、丁寧に返事をしていきます。

基本の「あいうえお」 身ぶり手ぶり

 自己紹介が終わると、いよいよ授業です。最初は岩田さんが「正しく言葉を伝える基本中の基本」と語る発声から。緊張ぎみの生徒に、岩田さんは「今日は発声を一緒に学んでいってもらいます。よろしいですか?」と優しく呼びかけます。

 授業は岩田さんの作成したテキストをもとに進みます。まずは50音のテキストを使って母音の発声から。「“あ”は口を大きく開けます」「“い”は口の端をグーッと広げます」。岩田さんは身ぶり手ぶりで口の開け方を1音ずつ表現しながら、生徒一人ひとりの表情を確認して声をかけていきます。「あ」から「お」までの説明が終わると、次は一緒にゆっくり発声。「届いてこないよー」「山崎君やってごらん」「次は僕と一緒にやってみましょう」。岩田さんの声かけにつられて、「あ」「あ」「い」「い」と生徒の声も徐々に大きくなってきます。

 恥ずかしさからか、なかなか大きく発声ができない生徒もいます。岩田さんは「やっぱり最初は緊張しちゃうよね」「声を出すと、だんだん楽しくなってくるからね。やってみようか」と、生徒に寄り添って声をかけ続けます。

次は子音 口の動きに全集中

 母音の発声が終わると、次は子音です。「音を出すときに、よく自分の口の中を確認してほしいのね」と、岩田さん。

 ここでも岩田さんは、口の構造と音の出し方を丁寧に説明します。「口の中の“か”は、のどの奥を一度閉じて、開いたときに音が出る」「“な”はタ行と似ていて、舌の半分くらいを上あごに付ける」。岩田さんの説明に沿って、生徒も口を動かしてみます。生徒に伝わるまで、一つの音に対して口の動きを何度も丁寧に説明します。「50音は口の開け方が全然違うんですね。それを今日は一緒に勉強していきたい」と岩田さん。

 今度は岩田さんの「いくよ、せーの!」の掛け声で50音を1音ずつ発声。「できているから、自信を持ってやってごらん」と生徒を励まします。一人ずつ発声していく場面では、指名された生徒は照れながらも最初より大きな声で発声できるようになってきました。「口を閉じないで“ま”って言ってごらん」と岩田さんが無茶ぶりをすると、生徒は大笑い。生徒の緊張もだいぶ解けてきた様子で、岩田さんは「小林君、いいね!」「ほら!」「ね、口の中で、はじいてない?」と、積極的な声かけで授業を進めていきます。

 岩田さんは「声をなりわいとする人たちは、それぞれの口の構造をしっかりと理解することから始まります。言葉がうまく伝えられない人は、この口の構造を理解することで、苦手を克服できる」と、発声の大切さを力説します。

 1時間目が終わると、一度Zoomをオフにして休憩です。岩田さんは「リモートだと感情や空気感がつかみにくい」と悔しそう。でも「プロの意地があるから、声の魅力を伝えてあげたい」と2時間目への意気込みを見せました。

滑舌は筋トレ! 意識すれば効果3倍

 15分の休憩でリフレッシュ。再びZoomに入ります。

 2時間目は、音をつなげていく滑舌の練習です。「あえいうえおあお」から始まるテキストを岩田さんが紹介すると、「出た!」と生徒たち。テキストの準備ができた人から手を挙げて、全員そろったら練習開始です。

 最初に、岩田さんがコツを説明します。「発声練習では、1音1音を意識して練習するのが大事なんです」と岩田さん。「のどの声帯も口の周りも、発声するときには筋肉を使う。だから発声は筋トレ。筋トレは使っている筋肉を意識しただけで、効果が3倍になります」。生徒たちは岩田さんのアドバイス通り、「あ・い・う・え・お」「か・き・く・け・こ」と言葉を区切りながら発声していきます。

 今度はみんなで「あ・え・い・う・え・お・あ・お」。岩田さんは「山崎君も口が開いてきたね」「小林君も、だんだん集中力が出てきた」「佐藤さんも集中しているのが伝わってくる」「新井君も届いているよ〜」と、それぞれに声をかけます。生徒のみんなは、画面越しでもわかるくらいに口が開いてきました。田島さんがタ行と間違えてハ行を発声すると、岩田さんは「間違えると面白い! 間違えると恥ずかしくなって二度と間違えなくなるからね!」と、失敗を前向きなエネルギーに変えていきます。

 練習に間ができると、自主的に発声してみる生徒も出てきました。「お、そうそう、いいね! 自主トレするときは、自分のテンポでやってみるといいよ」と岩田さん。だんだんと笑顔になり、声も大きくなっていく生徒たちを、岩田さんは拍手で励まします。

自分で音をコントロールし、発声する

 「じゃあ今度は一人ひとりやってみようか」と岩田さんが提案すると、「マジか」の声。岩田さんの「ええ、マジです」の一言でZoomが笑いに包まれます。「小林君、やってみましょう」「あ・え・い・う・え・お・あ・お」「お! とっても聞き取りやすい」。岩田さんが一人ひとりを指名しながら、それぞれの発声に拍手とコメントを贈ります。

 ハ行を担当した新井さん(中2)がスムーズな発声を披露すると、「手慣れている感じだね。もう一度、ゆっくり大きな声でいってみようか。お願いします!」。今度ははっきりとした発声を披露する新井さん。余ったラ行には田島さんが立候補。岩田さんは拍手しつつ「みんな、やるねえ」。 

 「発声はやればやるだけうまくなります。1音1音を意識して、それを何百・何千・何万回も繰り返し読んでいくことで、必ず上達します」。岩田さんは声優としてのキャリアに言及し、そう語ります。「あえいうえおあお」のテキストは、上級編の「あえいうえおあおあおえういえあ」を、あ行からわ行まで読み上げて終了。

 今度は、「あかさたな はまやらわ」というように、同じ母音で違う子音の行を読む練習です。「同じ母音でも、口の開け方が全部違う。不思議だね」と岩田さんが呼びかけます。「さらに余談だけども、さっきと同じように片道きっぷじゃなくて往復もできるんだよ」と岩田さん。「あかさたなはまやらわらやま……」とスラスラ読み切ると、生徒たちから拍手が湧きました。

 「もう一個、教えちゃおうかな……」と言って岩田さんが特別に紹介したのは、昔やっていたという発声練習。一息で「あいうえお、いうえおあ、うえおあい、えおあいう、おあいうえ」と、母音を一つずつずらして発声していきます。スラスラ読み上げた岩田さんが「どや! やれるか!」と聞くと、田島さんがすかさず「無理です!」。それでも、全員で1音1音、確認していきます。でも、さすがに少し苦戦しました。

 最後は3枚目のテキスト。「あめんぼ赤いなあいうえお……」で始まる、滑舌練習のための文章です。岩田さんの「あめんぼ赤いなあいうえお、ハイッ」の掛け声に続けてみんなで復唱し、最後まで読み切りました。

「体験からしか演技はできない」

 最後は、生徒から岩田さんへの質問タイム。最初の緊張した面持ちは授業を通じてほぐれたようで、たくさんの質問が出てきます。

 「なぜ声優になりたいと思ったのですか?」との質問に、岩田さんは子役時代から役者を経て声優として活動するようになったことを説明。「仕事をやっていく中で『極めたい』という欲が出てきたことと、声優という仕事が大好きということ、この2点が原動力です」と語りました。

 「声優さんの仕事を知ることができてうれしかった」と語るのは小林さん(中3)。岩田さんは「裏の仕事だった声優さんが最近は表に出てくるようになったよね。ただ自分たちは声優だから、声優として作品に命を吹き込むことを一番大事にしています。好きな声優さんがいたら、どんどん応援してあげてね!」と伝えます。

 佐藤さん(高3)は「何を考えながら演じているのですか?」と質問。岩田さんは「体験からしか演技はできないから、目や耳や心で感じたものを、引き出しにしまっておく。体験できないものも、読書をしたり映画やドラマを鑑賞したりすることで疑似的に体験する。それらを積み重ねて、リアルな表現を作り出しています」と答えました。

■授業を受けて——生徒たちの声
・最初は少し声を出すことが恥ずかしかったけれど、授業をやっていくうちに、発声の楽しさなどを知ることができて、少しずつ声を出すことができたり、自分の自信につなげたりすることができました。(高3)
・50音の発声練習を通して、正しい発音のためには正しい口や舌の使い方があることを知りました。(中3)
・普段話しているときに発声や発音を意識していなかったけれど、発音や発声を意識すると、相手に伝わりやすく話せることを学びました。(高1)
・校内放送のときに事前に発声練習をしてみようと思っています。(中3)

「声で伝えること 突き詰めたい」

 オンライン授業を終えて、ほっとした様子の岩田さん。感想を聞くと——。

 「中高生の年代は、一皮むけると、感情や思いや個性が出てくる。だから『この子たちを、どう、にこやかにしていこうか』と算段を練りながら話しました。でも、モニター越しで伝えることが、こんなにしんどいことなのかと身に染みました。最後、みんな手を挙げて質問してくれたのは一つの成果かなと思います」

 そして、声の力に込める思いも語ってくれました。

 「声優ですので、声の力を信じて生きてきたようなところがあります。若い子たちには、コミュニケーションを通して、楽しみや可能性、前向きな気持ちを持ってもらいたいですね。声優のプロフェッショナルとして、リモートという環境下でも、伝えていかなければいけないことはたくさんあります。どれだけ『伝える』ことができるのか、もっともっと勉強していきたいです」

日々の「伝える」 見つめ直したい
岸峰祐(DIALOG学生記者)

 岩田さんと生徒のみなさんが映ったZoom画面を前に、取材のペンを握りながら自然と口が動いて発声を確認している自分がいました。1時間、とても引き込まれる授業でした。

 人は、コミュニケーションでつながっています。

 普段、何げなく行っている言葉のやりとり。同じ言葉でも、どんな声で伝えるかで相手に伝わる意味が変わってきてしまうかもしれない。だからこそ、自分の声を意識し、コントロールできるようになることは、人とつながる上ではとても大きなことなんだと、岩田さんの授業を聞き終えて感じました。

 どんな文字を書くか、どんな手ぶりで伝えるか、どんな発声で話すか——。日常の「伝える」を見つめ直すことで、さらに人生が彩られるのではないでしょうか。

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