
「声の力」プロジェクト
2021年03月23日公開朝日新聞DIALOGが取り組むシリーズ企画「声の力」。2020年度最後の開催は3月上旬、アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」の赤木リツコ博士や、「ONE PIECE」のニコ・ロビンを演じる声優の山口由里子さんが特別授業を行いました。参加したのは、香川県立盲学校(高松市)の小学6年生から高校3年生まで計6人の生徒です。本来は現地で行う予定でしたが、新型コロナウイルス感染症対策のため朝日新聞東京本社(東京都中央区)と同校をつないだオンラインでの開催となりました。授業で山口さんが繰り返し伝えたのは「声の力は、心の力」ということ。山口さんと一緒に、声と心の関係について考えた生徒たちの様子をお伝えします。
授業開始のチャイムが鳴る前から、生徒たちは画面上でお互いの名前を呼び合うなど和気あいあいとした様子です。そのような中で、山口さんの「今日はよろしくお願いします!」という明るい声で授業がスタートしました。授業は基礎編と応用編の2部構成です。
自己紹介で「みんなの好きなものを教えて」と山口さんが尋ねると、生徒たちからは「筋トレが趣味でパラ水泳を目指しています」「撮り鉄です」「鶏肉が大好きで、中でも一番好きなのは水炊きです」など個性豊かな答えが返ってきました。生徒たちの話に丁寧に耳を傾け、山口さんは生徒との距離を縮めていきます。
次は、山口さんの自己紹介の番です。声優の仕事を20年以上続けてきた山口さん。声優として一番大事だと思っていることは「声の力は心の力であり、声にいつも自分の心を乗せることです」と話します。声に心が乗る例として、山口さんがこれまで演じた性格の異なる3人のキャラクターの名場面を披露。プロの声優の画面を突き破るような表現力に、生徒たちからは大きな拍手が起こりました。
続けて、山口さんは「みんなも気づかないうちに毎日いろいろな声を出しているんですよ。今日は自分の声を意識して聞いてみよう」と呼びかけました。
声を出す練習から始まるかと思いきや、体をほぐすことから始まりました。山口さんは「リラックスした状態じゃないと声は出ません。体と心をほぐすことが大切です」と説明。画面越しにみんなで一緒に首や手首を回し、緊張がほぐれてきたところで声を出していきます。「ウー」と思い切り口をとがらせたり、耳を引っ張りながら「イー」と言ったり。最初は生徒たちは恥ずかしそうでしたが、山口さんの優しい語りに合わせて少しずつ慣れてきた様子です。「フッフッ」と息を吐く腹式呼吸の練習を行った後はハミングです。自分でいい音だなと思う音を探りながら「ン~~」「ア~~」と、みんなで声を出していきます。「自分の音を聞いてみて、どうだった? いい音は出たかな?」という山口さんの問いかけに、生徒たちからは「低い音が難しい」「ちょっと微妙だった」「うまくできた」と様々な感想が返ってきました。
続いては、早口言葉に挑戦です。まずは、自分の名前を3回言う対決です。「フルネームが5文字で短いから有利だ」など、生徒たちは次第にヒートアップしていきます。口が動くようになってきたところで、次のお題は、山口さんがこの授業のために作ったオリジナルのご当地早口言葉です。
早口言葉を言うときのポイントとして、山口さんは「気持ちを入れて、イメージしながら読んでね。香川だったらうどんをおいしそうにすすっている様子を想像しながら言ってみよう」とアドバイス。「早口言葉を読む子どもたちにクスッと笑ってもらいたい」という山口さんの狙い通り、生徒たちは楽しそうに何度も復唱しています。中には、最後までかまずに言える生徒も出てきました。一通り言い終えると、「私は愛媛が得意」「僕は香川が一番難しい」などの声が飛び交います。ここで1時間目が終わって15分間の休憩に入ったのですが、なんと生徒たちは自主的に早口言葉の対決をしています。先生たちも加わって激しいバトルが続き、大盛り上がりでした。
興奮冷めやらぬまま、応用編の授業が始まりました。次のテーマは「心を解放すること」です。まずは「笑い声」に挑戦します。最初に山口さんは、声優の演技トレーニングの一つとして「笑いの5段階表現」があることを紹介。ちょっとうれしいこと、すごくうれしいこと、ものすごくうれしいことというように、笑い方を5段階に分けて少しずつ上げていく練習をしているそうです。授業では、生徒たちが想像しやすいように、宝くじを例に表現しました。当選金額が200円、1万円、100万円、3億円と上がるにつれ、生徒たちの笑い声の大きさや高さ、テンションが自然とどんどん上がっていきます。
泣き声の練習を経て、次は言葉で感情を表現します。「自分の好きなものを言ってみよう」という呼びかけに、生徒たちは「いちごが大好きです!」「メロンが大好きです!」など感情を込めて伝えます。自己紹介でも鶏肉が好きだと話していた高校2年の唐渡大地さんは「鶏肉がだいっすきです!」と渾身(こんしん)の「大好き」を披露。鶏肉への思いが伝わる表現に、山口さんは「すごくいいよ!」と絶賛しました。
続いて山口さんは「次は『ピーマンが大好きです』って言ってみるのはどう?」と提案します。でも、生徒たちは嫌そうな顔で、あまり気持ちが込められない様子です。山口さんは「好きではないものを好きとは言えない。それが本当の心なんだよね」と気持ちと合った言葉を発する大切さを伝えます。
さらに山口さんは「『先生、いつもありがとう』と言ってみようよ」と呼びかけます。みんな少し照れくさそうに、隣で授業を見守っている先生に感謝の気持ちを伝えました。「『ありがとう』と言ったときは、どんな声が出ていた? どんな気持ちになった?」と聞くと、生徒たちは「明るく元気な声」「聞いていてうれしい声」などと答えます。今度は山口さんが、わざとぶっきらぼうな感じで「ありがとう」と言うと、生徒たちは「いい加減な気持ちが伝わってきた」と感想を述べました。それを聞いて山口さんは「そうだよね。投げやりな言い方では、相手を傷つけてしまうこともあるかもしれません。言葉でうまく伝えられなくても、優しい気持ちで声をかけるだけで相手に優しさは伝わります」と話します。どんな声で相手に伝えるのかを意識するだけで、伝わり方が変わることを生徒たちに訴えました。
授業の最後に、山口さんは生徒たちに校歌を歌うことをリクエスト。突然の依頼に生徒たちは戸惑いながらも丁寧に歌い上げました。「山口先生から教わった『心』を意識して歌った」という様子を見て、山口さんは「すごく素敵。みんないい声だったよ。感動しました」と拍手を送りました。続けて「自分の心にウソをついて話しても、相手には伝わりません。嫌いなことを無理して好きと言わずに、みんなはみんなのままで自分の心を大事にして生きていってほしいです」とエールを送りました。
心の底から楽しんで授業に参加する生徒たちを取材して、「声の力」だけでなく、もっと大切なことに気づかされました。それは「自分の心に正直でいること」です。 振り返ると、小学生の時の私は、心のままに過ごしていました。仲良しグループの枠組みなんて関係無く、「今日は何の遊びをしようか」と、毎日学校に行ってたくさんの友達に会うのが楽しみでした。ですが、大人になるにつれて「これを言ったら嫌われるかな」「これを言えば自分がよく思われるのではないか」と無意識のうちに他者の評価を計算して言葉を発するようになったように思います。昨年の就職活動でも「何を言えば面接官のウケがいいのか」ばかりを考え、自分の心にふたをしてしまっていました。せっかくの自分の人生、自分の心の声に耳を傾けないなんて、もったいないと思います。自分の心にも、そして周りの人の心にも優しく向き合える人になっていきたいです。