
「声の力」プロジェクト
2022年01月18日公開朝日新聞DIALOGが取り組むシリーズ企画「声の力」。2021年11月は、アニメ「ONE PIECE」のニコ・ロビン役や「新世紀エヴァンゲリオン」の赤木リツコ役などを演じている声優の山口由里子さんが特別授業を行いました。参加したのは、香川県立盲学校(高松市)の生徒と卒業生の8人。昨年度(3月)は新型コロナウイルスの影響でオンライン授業となり、待ちに待った山口さんとの対面。山口さんが熱く語ったのは「自分の心にウソをつかない。素直な心をそのまま声に乗せる」ということ。そんな山口さんと生徒たちの授業の様子をお伝えします。(DIALOG学生部・前堀里奈)
■「声の力」プロジェクト
文化庁の「令和3年度 障害者による文化芸術活動推進事業」として、視覚障害児が声による伝え方の多様性を学ぶことで、自分の可能性を再発見することを目指すプロジェクト。文化庁と朝日新聞社が主体となり、株式会社青二プロダクション/青二塾と株式会社主婦の友インフォス(「声優グランプリ」編集部)の協力を得て進めている。
前回の画面越しから一転、今回の舞台は体育館。生徒たちは緊張の面持ちでしたが、山口さんが「リモート授業はすごく楽しかった。こんなに早く再会できてとてもうれしい!」と話すと笑顔になりました。
山口さんは自己紹介をしながら「声優は“声で表現する人”で、言葉ひとつで聞いている人に伝える。そこにウソはなく、大事なのは自分がどう感じているかということ」だと話しました。生徒からの「声優として声の使い分けはどのようにしていますか」という質問に、山口さんが「意識して声を変えたりはしていないんです」と答えると、驚きの声が。キャラクターの性格や見た目などをイメージすると、自然とその声が出るのだとか。プロの高みを感じる瞬間でした。
2部構成で行われた今回の特別授業。第1部は基礎編で、声を出す練習をしました。「体を柔らかくして、柔らかい声を出します」という山口さんの合図で、首を回したり、手足をぶらぶらさせたり。
おへそから指4本分下を触りながら、ふっふっと息を吐く動きを20回繰り返し、その後に声を出すと、より大きな声が出ました。20回だけでも生徒たちはなかなかしんどそう。山口さんの「いつも100回やっています。体をどう動かして、声を出すのかを体に覚えさせます」という話に驚いた表情でした。「ニコ・ロビン役を20年くらい続けていますが、ロビンの声が出なくなると困るので、いつも腹筋を鍛えています」
次に、好きなものをイメージして「大好き」と言う練習をしました。「自分の大好きなものを素直に声に出す」と山口さんから課題が出されると、生徒たちは考え込んだり詰まったりしながらも、おのおのが好きなものを精いっぱいイメージして声に出そうと頑張りました。「想像をかきたてるように」という山口さんの言葉で、声のトーンや強弱など、生徒たちの声色がどんどん変化していきました。
その後は「笑いの5段階」に挑戦しました。「クスクス笑い」から「最高のテンション」まで5段階で笑います。山口さんが提示したテーマは宝くじ。1000円から1億円までの5段階の金額が、それぞれ当選したと想像して笑いました。生徒たちは徐々に笑い声を大きくしていき、ラストの1億円では「せーの!」という掛け声の前から笑い声が漏れ、最初の緊張をよそに大きく明るい笑い声が体育館じゅうに響きわたりました。山口さんは「頭で想像して、心で感じて、それを言葉に乗せる。声に心を乗せることを意識して人と話したら、相手に伝わります」と話しました。
続く第2部は応用編です。まず自分の名前を3回言う早口言葉に挑戦。生徒たちはこれをすらすらこなしました。次に、事前に山口さんから提示されていた詩の中から、生徒たちが各自で選んだ詩を朗読しました。題材は工藤直子さんの『のはらうた』です。山口さんは「詩を読む冒険をしましょう」と表現しました。
ある生徒が選んだのは「さかな」。1回目、魚になったイメージで読んだという生徒に、山口さんは「水の中にいるのをイメージして、体で水を感じて読んでみて」と伝えると、2回目はゆったりとした感じに変わり、山口さんも「めっちゃいい!」と声を上げていました。
生徒が「水の中でゆったりとしている感じで読みました」と言うと、山口さんは「良かったよ。私もセリフをしゃべるとき、そういうことを考えます。ONE PIECEでロビンが船に乗っているとき、海風を思い浮かべます」。山口さんが実演すると、同じ言葉なのに声色がまるで変わり、参加者からは感嘆の声が漏れました。
また別の生徒は、ミミズの詩を選びました。山口さんに「ミミズの気持ちになって読んでみよう」と言われ、「ミミズの気持ちが分からない」と困った様子に。山口さんは「“正解の読み方”というのはありません。考えること、感じることはみんなそれぞれ違う。自分の思うことが正解。自分の感じることを出していけばいい」とアドバイス。生徒は考え込みながらも、自分なりに詩を読み上げることができました。
全員、1回目と2回目で表現がはっきりと変化し、その純粋な吸収力と変貌(へんぼう)ぶりに山口さんは繰り返し「すごい」と感嘆の声を上げていました。「普通に読むより、なりきって読むとどんな感じかより伝わるよね」と山口さんが語りかけると、生徒たちも納得した表情でうなずいていました。「頭だけで読むのと、感じて読むのとでは全然違う。これを忘れないでいられたら、大人になってもすごく人に伝わります。忘れないでね」
大盛況のうちに授業は終了しました。授業後の生徒たちは興奮冷めやらぬ顔で、みんないきいきとしていました。
■学び・気づき 生徒たちは
・中学1年 上田琉生(るい)さん 声の出し方に違いがはっきりあることが分かった。相手の人に伝わるように今後生かしていきたい。
・高校3年 山川祐樹さん 詩を読む練習をして臨みましたが、実際に読んでみて自分でやるのとは違うと思いました。コミュニケーションが苦手なので、声をはっきり出せるようになりたいです。
・保健理療科3年 唐渡大地さん めったにない機会でいい経験ができた。声の出し方を丁寧に教えてもらえました。あんまの仕事を始めるので、患者さんに聞こえるようにしゃべりたい。
・卒業生 山本華さん 3月の遠隔授業に参加し、卒業したけれど今回の対面授業にも参加できてうれしかった。遠隔授業も貴重な機会だったけれど、対面で教えてもらってさらに新たなものを聞けました。
■やっぱり対面! 山口さん充実
3月のリモート授業と同じ生徒さんたちだったので、実際に会えるのが楽しみで仕方なかったです。リモート授業では体を動かせなかったので、今回は対面でできて本当によかったです。一番伝えたかったのは、時間がかかってもいいから、自分が感じたことをごまかさないこと。自分の心で感じていることを大事にして生きていってもらいたいです。
生徒たちの純粋に楽しむ姿勢、山口さんの温かなまなざしがとても印象的でした。対面での開催が実現し、生徒たちと山口さんの「念願かなったり」という思いがひしひしと伝わってきて、コロナ禍で人と人とのつながりが薄くなってしまった部分も多い中、こんなにも温かなつながりがあるのかと思わず笑顔になりました。
山口さんが生徒たちと人として向き合い、学び合おうとする姿勢に感銘を受け、また生徒たちがアドバイスに対して、本当に素直に、そのまま受け入れて見事に変わっていく様があまりに見事で、学ぶ姿勢、感覚の研ぎ澄まし方などを学びました。私も自分自身とまっすぐに向き合っていきたいです。