
「声の力」プロジェクト
2022年01月25日公開朝日新聞DIALOGは、2019年から企画「声の力」を展開しています。この企画は、視覚障害のある中学生や高校生たちが、プロの声優から声による表現方法を学ぶことで、自身の可能性を広げることを目指すプロジェクトです。2021年12月上旬には、声優・水田わさびさんが群馬県立盲学校(前橋市)で特別授業をしました。「自由にリラーックス」して話すことが一番大事だと話す水田さんによる伸び伸びとした授業の様子をお伝えします。(DIALOG学生部・堀井香菜子)
■「声の力」プロジェクト
文化庁の「令和3年度 障害者による文化芸術活動推進事業」として、視覚障害児が声による伝え方の多様性を学ぶことで、自分の可能性を再発見することを目指すプロジェクト。文化庁と朝日新聞社が主体となり、株式会社青二プロダクション/青二塾と株式会社主婦の友インフォス(「声優グランプリ」編集部)の協力を得て進めている。
「自由に発言してください。これが正解だよ、これは間違っているよっていうのは一切ないの。みんなが読んだのが正解」。トレードマークの着物に身を包んだ水田わさびさんが優しい笑顔とともに授業をスタートさせました。
「声の力」がテーマの授業なので、プロの発声方法や話し方のコツを学ぶ授業を期待する人もいるかもしれません。しかし水田さんによると、この授業では「こうしなきゃいけない」というのは一切ないそう。「発したいから発するからそれがパワーになるし、相手に伝わると思うので、無理しないことが一番です。肩を張らずに自由にリラーックスして話しましょう」と水田さん。授業中、水田さんに「すごい!」と褒められるたびに、生徒たちもどんどん自信を持って自由に発言できるようになっていきました。
1コマ目の生徒たちの自己紹介が終わり、2コマ目の応用編は、事前に配布された、水田さん作の「ありさん あるく あいうえお」の教材をみんなの前で読み上げること。最初に水田さんが「言い方は自由です。ただ、人に伝えたいから、声には力があるから、『ゆっくり、分かりやすく』が一番大事なことだよね。声を使って自由に表現してほしい」と生徒たちに伝えました。
それでも、たくさんの人の前で読むのはなかなか緊張してしまうもの。自分流のアレンジを加えつつもなかなか殻を破れない生徒も。水田さんは「みんなが感じたことを伝えるのが『声の力』。1行ずつテンションが変わっても問題ない。リズムを変えてもいいよ!」とアドバイスを送ります。
だんだんとコツをつかんでいく生徒たち。そんな中、空気がガラッと変わる出来事が起こりました。「みけねこ みつけた まみむめも」の部分を音読したいと手を挙げた女子生徒がこんなふうに読んだのです。「みけねこニャー! みつけた まみむめもっ」
静かな体育館に、可愛らしいみけねこの鳴き声が響き渡りました。一呼吸おいて、水田さんは「聞いた? みけねこ見つけちゃったよ! だって『ニャー!』って聞こえたもん。スーパーオリジナル作品、きました。しかも、あのみけねこ可愛かった~」と弾む声で生徒たちに呼び掛けます。体育館じゅうから自然と温かな笑い声が起こりました。
みけねこの登場を皮切りに、他の生徒たちも思い思いの読み方で音読を披露しました。「どんな読み方で読んでもいい」という安心感のもと、和気あいあいとした雰囲気で授業が進み、あっという間に終わりの時間を迎えました。
水田さんにとって「声の力」とは。授業の後に聞きました。「声を発することで、人は感動したり元気になったりして、より伝わることってあると思う」
プライベートでは母親でもある水田さん。どんなに忙しい朝でも、歯磨きの途中でも、娘さんには玄関まで行って「行ってらっしゃい」と直接伝えるようにしているそうです。「言霊が伝わるので、『声の力』は絶対にあると思います」と教えてくれました。
・高校3年 大澤孝樹さん 一番面白かったのは、自己紹介で「あついもの」や「あったかいもの」を順番に言っていったこと。後輩に「あったかいものは、先輩たちの優しさです」と言われて本当にびっくりしました。
・高校1年 田島健太さん 声優さんは声を自由自在にコントロールして、声だけで相手にイメージや楽しさや世界観を伝えることができてすごいです。今日はその声のコントロールに一歩近づける活動ができて、とても楽しい2時間でした。
・高校1年 小林颯良さん すごく楽しかった。リモートだとタイムラグがあるので、リアルタイムで話せたり聞いたりできて良かった。学校内の作業学習の放送に生かしたいし、YouTubeでゲーム実況もやっているので、教わったことを役立てていきたいです。
私が一番楽しんでいたかも——水田さん
「楽しかった」の一言に尽きます。私が一番楽しんでいたかもしれない。みんなのおかげです。感覚が鋭い。その温度とか、みんな私よりも敏感に感じて生活していると思いました。それが一文字一文字に表れていたと思います。
「みけねこニャー! みつけた まみむめもっ」という言葉を聞いたとき、私は一瞬にして鳥肌が立ちました。言葉に命が吹き込まれた瞬間に立ち会ったのです。
事前にこの教材を手にしていた私は、自分だったらどんなふうに読むか、こっそり練習をしていました。しかし、読み方に工夫を凝らしても、まさか言葉を新たに足すという発想までには至りませんでした。完全に、教材に書かれている言葉に縛られていたのです。「思ったことを自由に発して」という水田さんのメッセージが自分の中で輪郭を持ったものに変わりました。
授業を通して、生徒たちそれぞれの「声の力」はどんどん個々の色を持ったものに変化していきました。そして、授業が進むにつれ、次第に顔も明るくなり、生き生きとした声が響くようになりました。
自由に、思うままに声を発すれば生きた言葉が生まれる。コロナ禍で人と直接会話をする機会が減った今だからこそ、一つひとつの会話で生きた言葉の交換をしたい、そんなふうに思えた授業でした。