
「声の力」プロジェクト
2022年02月04日公開朝日新聞DIALOGが取り組む「声の力プロジェクト」は、視覚障害のある中高生が、プロの声優から声の表現方法を学ぶことで、自身の可能性を広げることを目指すプロジェクトです。2021年12月下旬、北海道札幌視覚支援学校(札幌市)で行われた特別授業に、「進撃の巨人」のクリスタ役で知られる三上枝織さんが登場しました。参加したのは中3と高3の計10人。終始明るい雰囲気に包まれた授業の様子をお届けします。(DIALOG学生部・小原悠月)
■「声の力」プロジェクト
文化庁の「令和3年度 障害者による文化芸術活動推進事業」として、視覚障害児が声による伝え方の多様性を学ぶことで、自分の可能性を再発見することを目指すプロジェクト。文化庁と朝日新聞社が主体となり、株式会社青二プロダクション/青二塾と株式会社主婦の友インフォス(「声優グランプリ」編集部)の協力を得て進めている。
「皆さん、初めまして」。持ち前の明るい声で登場したのは、「進撃の巨人」のクリスタ役や「ゆるゆり」の赤座あかり役で有名な三上枝織さん。憧れの声優さんを前に、生徒たちの顔には笑みがこぼれます。「『先生』と呼ばれるのは初めて。緊張しています」と話す三上さんでしたが、生徒たちの自己紹介を聞いた後は、一人ひとりの名前を呼んで個性を引き出し、心をつかんでいきました。
今回のメインイベントは、2限目の「はぁって言うゲーム」でした。お題のセリフを、声と表情だけで演じて当て合うカードゲームに着想を得て、三上さんがこの授業のためにお題とシチュエーションの選択肢を考えたもの。
あらかじめ渡された教材には、「いただきます」「そんな」などの14種類のセリフと、「A:腹ペコで、B:元気に、C:イケメン風に」といった3択のシチュエーションが示されていました。短い言葉を声だけで伝えることは難しく、言い方に「正解」があるわけではありません。いつもより感情を込めなくては相手に伝わりません。文脈がなく、短い言葉だけでどれだけ思いを込めて相手に伝えられるかがポイントになります。
生徒が一人ずつ、どのセリフを言うのかを決めて、みんなの前に立ちました。先頭を切った男子生徒は「がんばれ」というセリフを選びました。シチュエーションは「A:明るく、B:遠くに向かって、C:怒って」の3択で、答えを知っているのは本人と三上さんだけ。「はい、どうぞ」と三上さんが合図をすると、男子生徒は「遠くに言うぞ」。
あれっ? 答えを言っちゃった? 会場は笑いに包まれました。もしかして引っかけ? 仕切り直して、「がんばれー!」。力強い声が会場の奥まで響き渡りました。答えは「B:遠くに向かって」でした。
上々の滑り出しで、会場の雰囲気がさらに和やかになりました。「明日は明日の風が吹く」というセリフを選んだのは、この日を心待ちにしていたという女子生徒。長いセリフで難しそうです。
選択肢は「A:えらそうに、B:なぐさめて、C:長老っぽく」の三つ。最初に言ったとき、A、B、C、バラバラに生徒たちの手が挙がりました。うーん、あんまり伝わらなかった様子。そこで三上さんが、女子生徒に何かを助言しました。納得した表情を浮かべ、もう一度チャレンジ。
「明日は、明日の、風が吹く」
さっきよりも低い声で、一語一語、大切にゆっくり、はっきり言葉にしました。
三上さんが「Cの長老だと思う人?」と聞くと、会場中、たくさんの手が挙がりました。そうです、正解はCの「長老っぽく」でした。お見事! 女子生徒はみんなに伝わって、うれしそうな表情を浮かべました。
三上さんのアドバイスは「自分のおじいちゃんをイメージしてみて」でした。
授業後、どのような助言をしていたのか質問すると、「身近なシチュエーションや気持ちを想像するようアドバイスしていました。“慰める”であれば、『もし、近くで友だちが泣いていたらどうする?』と」。分かりやすい身近な場面を想像させることで、生徒たちがよりイメージしやすいよう意識していたそうです。
短い時間でぐっと距離が近づいた三上さんと、あっという間にお別れの時間です。生徒たちは名残惜しそうな表情を浮かべています。三上さんはこう締めくくりました。「今日はゲーム感覚でしたが、一つのセリフでも感情を込めると、また違って聞こえることを経験してもらいました。われわれ声優も、常にセリフに感情を込めてお芝居しています。皆さんも『気持ちを届ける』ことを意識して、普段から友だちとコミュニケーションを取ってほしいです」
■コミュニケーションが変わる 夢に近づく
・高等部3年 村川成菜さん 普段の会話で、感情を込めて話すことが苦手だったのですが、授業を通して、声に感情を込めることでコミュニケーションが変わることを学びました。これからは、どのような熱意を持っているのかを伝えられる話し方を意識したいです。
・高等部3年 藤木柚安さん 感情が伝わったときに「あっ、伝わったな」という、何とも言えない感情を味わうことができました。将来、ラジオに関わる仕事がしたいので、この経験を生かして「伝わる話し方」をしていきたいです。
■学生に戻った気分 学び、癒やされた 三上さん
学生に戻った気分で、生徒さんたちと楽しんでいたらあっという間に終わってしまいました。ゲームで私が「こうしたらどう?」と話したことを、すぐにのみ込んで表現が変わっていく姿を見て、柔軟性が高いと思いました。生徒さんたちの表現方法から、声優としての瞬発力や表現の仕方を学びました。明るい環境に癒やされ、皆さんの明るさに助けられた一日でした。自分の気持ち、心が動く瞬間を大切に生きていってほしいです。
真っ白な雪に覆われた、氷点下の札幌。外とは打って変わって、終始和やかで、会場全体が明るい雰囲気に包まれていたのが印象的でした。それは積極的に挑戦する生徒たちと、一人ひとりと向き合い、温かく見守る三上さんが、しっかり“声の力”でコミュニケーションを取り合って、ゼロから作り出したものでした。声に気持ちを乗せれば、その思いは必ず届きます。
もしかしたら今までの私は、感情を伝えるのに表情やジェスチャーに頼っていたかもしれない——。そう思いました。これからは思いを声にしっかり吹き込むことを意識したいです。
授業後、三上さんに「夢に向かってがんばっている人たちへのメッセージ」を聞きました。「心が動く瞬間を大切にしてほしい」という言葉に、ハッとさせられました。私自身が、SNSで見た「大学生がやっておくべきこと5選」などを義務感から始め、好きなことが分からなくなった時期があったからです。
ある日、昔好きだった野球中継を見ました。久しぶりに心が動いた瞬間を感じました。そのとき、私はスポーツに関わりたいのだと気づきました。やりたいこと、好きなことは人それぞれ違います。心の動く瞬間を信じて進んでいきたいです。