
「声の力」プロジェクト
2023年03月30日公開朝日新聞DIALOGのシリーズ企画「声の力」プロジェクト。視覚に障害のある高校生が声による表現方法を学び、自分の可能性を広げることを目指すプロジェクトです。
1、2月に計3回行われた集中講座には、筑波大学附属視覚特別支援学校高等部(東京都文京区)と筑波大学附属高等学校(同)の生徒5人ずつ、合わせて10人が参加。生徒たちがそれぞれの世界を共有し、ベテラン声優からの指導を受けて、オーディオドラマ『ラスボス』をつくり上げました。講師はアニメ『ドラゴンボール』のピッコロ役などでおなじみの声優・古川登志夫さんと、『美少女戦士セーラームーン』の大阪なる役などを担当した柿沼紫乃さんです。日増しに打ち解けあう生徒たちの、3日間にわたる授業の模様をお伝えします。(DIALOG学生部・森青花)
■オーディオドラマ『ラスボス』前編/後編
神に仕える有翼の天馬・聖獣ペガサスが悪魔・ルシファーにさらわれ、伏魔殿に幽閉されてしまう。神は3人の戦士を選び、ペガサス奪還を命じる。そして「功為(な)したる勇者に、《永遠の命》を与える」と約束する……。
今回制作したオーディオドラマ『ラスボス』はみんなで大声を出したり、逆にささやくように表現したり、いろいろな技法を使って表現する作品になっています。
1日目は発声法などの技術を学びました。2日目は役ごとにセリフを練習。3日目はスタジオで収録に臨みました。
日を追うにつれて和気あいあいとした雰囲気になり、セリフの読み方の癖や声質といった個性を楽しみながら、一つの作品をつくっていきました。そうした背景に思いをはせながら、生徒たちの声の演技を聞いてみてください。
授業前には、視覚に障害のある生徒たちを席に誘導する方法について、教員から説明がありました。誘導する側の生徒たちは戸惑いを覚えながらも、自分の肩やひじにつかまってもらって誘導し、床に段差やケーブルなどの障害物があったら声をかけることなどを学んでいました。
そして始まった1時限目。古川さんが自己紹介も兼ねて、過去に務めた役のセリフを読み上げるとどっと沸く生徒たち。最初は緊張した面持ちだったものの、場が和んでいきました。
次に生徒たちの自己紹介です。演劇部に所属している生徒が多く「プロから話し方を学ぶ機会を大切にしたい」という生徒もいれば、「表現することが苦手なので、そこから学びたい」という生徒もいました。
「どのようなことを学びたいか」という質問に対して、視覚特別支援学校2年の山宮叶子(かこ)さんは「目配せができないなど、視覚障害があるために相手との感情の共有が難しいと普段から感じることがある」と話します。そして「今回の授業で自分がどんな表現ができるのか、それから周りとどんな表現を一緒に楽しみ合えるのかを考えたい」と積極的な姿勢を見せていました。
ここからは、基礎練習の体験です。プロの声優になるために学ぶのと同じ内容を、古川さんが教えてくれます。
まず「腹式呼吸」と「胸式呼吸」。呼吸は普段、自然にやっていることですが、キャラクターのセリフを言うためには普通の呼吸では息が足りないときがあるため、腹式と胸式の呼吸法を使い分ける訓練が必要だと生徒たちは学びました。
次に発声法を教わりました。
教室には「あ、い、う、え、お」の声が響きます。
古川さんは「きれいにそろって、安定していていいですよ」と生徒たちを褒めます。だんだん「声」の授業らしくなってきました。生徒たちも授業に集中していくように見えます。
そして、1時限目の最後は感情を乗せてしゃべるためのセリフ術についても学びました。特に生徒たちが日常生活で生かせるかもしれないと感じていたのが「卓立法」です。
「この本をあなたに貸してあげる」
このセリフを「この本を/あなたに/貸してあげる」の三つに分けて、強調したい言葉を意識するように古川さんは指導します。
同じセリフでも、強調したい言葉を強く発音することで、発信者の伝えたい意図が全く異なってくることがよくわかります。
2時限目は応用編で、実際にセリフを使った感情表現の授業です。講師は柿沼さんです。「書かれた文字に感情を乗せると、平面の台本が立体的なドラマに膨らんでくるんです。日常生活のなかでもコミュニケーションツールとして使えます」
生徒たちに渡された教材には「笑い」「泣き」「怒り」「恐れ」という感情が表れる場面のセリフが書かれています。
最初に挑戦したのが最も難しいと言われる「笑い」です。
柿沼さんは「もんぜつするくらいの笑いで」とリクエスト。視覚特別支援学校1年生で演劇部の小松愛陽(まひる)さんがセリフと笑いが入り交じった笑いを表現するなど、全員が迫真の演技。「みなさん、完璧ですね」と柿沼さんは絶賛しました。
「泣き」「怒り」「恐れ」についても、柿沼さんは次々とアドバイスしていきます。
泣き 「最初は泣くのをこらえて、我慢できなくなって最後に泣くほうが伝わります」
怒り 「話しているうちに、だんだん怒りが増していく」
恐れ 「ドラマでも多い表現。最後は泣きの表現と同じで、息をいっぱい吸ってから叫んでください」
柿沼さんは「失神しちゃうような悲鳴で」「絹を引き裂くように」などと、独特の表現で生徒たちの背中を押します。
古川さんは授業で「声を出すって楽しいな、セリフって楽しいな、そう思っていただければ、成功だと思っています」と話していましたが、生徒たちからは「楽しかったね」という声が漏れ聞こえてきました。
2日目は二つのグループに分かれ、別の部屋で古川さんと柿沼さんのアドバイスを受けながら授業が進んでいきました。
一つ目のグループは『ラスボス』に登場する戦士、悪霊、ラスボス役などの生徒たち。授業が始まる前から「戦士3人の差別化が難しいね」などと話しています。演劇部の生徒が多いこともあり、それぞれが「こうしたほうがいい?」とキャラクターごとの声のイメージをお互いに教え合うなど盛り上がっていました。
このグループでは、神殿や、悪霊のすむダークエリア、ラスボスが控える伏魔殿など話のかたまりごとにセリフを読み進めていきます。
古川さんが「まずは自分の感性で、私だったらこう読むだろうな、という感じでやってみてくだい」と助言して、セリフ読みが始まりました。
「2人とも、剣は抜き身にしておけ……近くに誰かいる……」
「うわ~っ!」
「ブランチ、どうした!」
「か、体が、動か……ない!!」
「ブ、ブランチ~!!」
「出たな! 悪霊~!!」
古川さんは「みなさん、いい感じですね。声が出ていて滑舌もいい。それぞれのキャラクターもつかんでいます」と練習の成果をたたえます。「悪霊が潜むダークエリアなので、初めは抑え気味に話す、内緒話のように話すといいかもしれませんね」
2度目のセリフ読みが始まりました。シーン1はモノローグ(独白)です。古川さんは「このセリフはモノローグ、心の声なので、息が半分交じったようなイメージでやってみましょうか」などと心がける点を指摘します。
シーン2以降は、まず古川さんが「ここはちょっと緊迫感がありますので、セリフを読むときは急がなくてもいいと思います」などと感情表現を説明したうえで、古川さん自身が読み聞かせてくれました。生徒たちはその話し方を参考にしながら練習しました。
もう一つのグループは、柿沼さんが講師です。ナレーション、神役などの生徒たちがセリフ読みの練習をしました。
授業前、生徒たちは「視覚に障害のある人は、どのように『見えて』いるのか」といったことを話していました。視覚に障害のある生徒たちの中には、全盲で白杖を持っている人もいれば、ぼんやりとは見える人もいるなど、障害の程度に幅があることを実感できたようです。
このグループの「聞きどころ」の一つは、生徒2人が漫才コンビのようにテンポよく掛け合うシーン。セリフを読み終えると、柿沼さんは「非常にいい感じですね。2人の息が合っているうえに差も出ているし、ちょっとチャラさも出ていて。明るければ明るいほど、軽ければ軽いほどいい感じです」。
ほかの生徒からも「息がぴったりで、本当にこんなキャラクターがいそうだと思いました」「息がめちゃ合っていて、すっげえと思いました」との声をもらっていました。
全員のセリフ読みが終わると、最後に古川さんが登場してきました。
「みなさん、すごくよくて、もうやることがないんじゃないかと。でもまだ時間が余っていますので、僕がこのセリフを読んでみたらどうなるのかをやってみます。イメージトレーニングのように聞いてみてください」
古川さんが台本を読み始めます。戦士たちの息づかい、戦闘シーンの迫力と緊迫感……。まるで会場がダークエリアになり、生徒たちがその場にいるかのようです。
生徒たちの表情は真剣そのもの。プロの技術をできるだけ吸収しようとしていることが伝わってきました。最後まで読み終えると、生徒たちから自然と拍手が湧き起こりました。「すごいなぁ」とつぶやく生徒もいます。
「これは僕の例なので、みなさん、好きにやって構いません。緊迫感のようなものが出れば、それでいいかなと思います」と古川さんは語ります。
3日目はオーディオドラマ『ラスボス』の本番収録です。青二塾の地下にあるスタジオで行われました。
ダークエリアに進入した戦士たちの会話。本番前のリハーサルを聞いて、古川さんはこう指摘します。「台本にはない笑いを入れたところがいいですね。『うわーっ』というところだけ、なるべく大きな声でやってもらえればいいかな。殺される!みたいな感じでね」
こうして収録は順調に進みました。難しい戦闘シーンについても、古川さんが「戦士たちに危機感が出ていて、とてもいい」と驚くほどです。
収録では難しさも。スタジオが静かすぎて、台本のページをめくる音もマイクが拾ってしまうのです。古川さんは「自分のセリフとかぶらないよう、ゆっくり時間を取って台本をめくってください」とアドバイスします。
こうして完成したオーディオドラマ。古川さんから「完璧」との評価も出ました。
最後に古川さんがモニター画面から生徒たちに「みなさん、楽しかったですか」と問いかけると、生徒たちは手を上げて「イエーイ!」と応じました。また、柿沼さんは「みなさん、今日が一番よかったです。よかった、よかった!」とうれしそうに声を掛けていました。
■3日間の授業を終えて 生徒たちは
・小林彩月さん「できるかどうか不安だったんですけど、先生の講義のおかげで声の使い方がわかりました。本番では緊張しながらも今まで以上、声の力を使って演じることができてよかったなと思います」
・上杉琉聖さん「普段、感情を入れて文章を読むことがなかなかないので、すごく刺激的で楽しかったです」
・城間久斗さん「声で表現することは楽しいなって思えるようになりました。自分の声を使って何かを人に届けるということに、すごく魅力を感じました」
プロジェクトも4年目を迎えて、生徒たちの持って生まれたいいものを引き出す面白さ、楽しさをますます感じるようになりました。年を経るごとに教材をどんどん難しくするんですが、それでもちゃんとついてきてくれる。驚いています。しかもみんな楽しんでやってくれるのがすごいなと思いました。このドラマは稽古を1日しかしないで本番を迎えたのですが、それでもここまで仕上がるんだなと、みなさんに聞いていただければと思います。
みなさんやる気が強くて、自分でこういうところを伸ばしたいとか研究したいとか、課題をもって挑んできています。すごく前向きで講義しやすかったです。私が「こうしたら?」と提案するとその2、3倍大きなものが返ってきました。初対面の生徒さん同士も、なじむまでにはもう少し時間がかかると思っていたのに、いきなり2人で相談し始めて「こうしてみよう!」というのがすぐに返ってきたのが、すごく印象的でした。
「目配せができないなど視覚に障害があるために、相手との感覚共有が難しいと普段から感じることがある」という生徒さんの言葉が印象に残っています。視覚に障害のある方が、世界をどのように感じているのかに私は想像を巡らせたことがあったのだろうか、と自分に問いたくなるような取材でした。
声のプロフェッショナルである声優と、いろいろな個性を持った生徒たちのコラボレーション。声の表現に正解があるのではなく、それぞれの声に力があると感じました。
演劇部で活動し、自信を持って演技をしていた生徒だけでなく、自分の声や、声による表現力にコンプレックスを抱いている参加者もいました。スマホやパソコンで動画を見るのが当たり前になり、配信へのハードルが下がった私たちにとって、容姿と並んで声はコンプレックスを抱きやすいものだと思います。声も個性のうちの一つであり、それぞれの声に表現の可能性があることを忘れずにいたいと感じました。