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北極の水銀放出に懸念

2009年1月14日

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 痛ましい水俣病が世間の注目を浴びてから60年ほどたち、地球規模の水銀汚染に対する国際的な行動が熱を帯びている。

 2月、各国政府は国連環境計画(UNEP)の管理理事会(グローバル閣僚級環境フォーラム)で、この悪名高い重金属への国際的な対応を中心議題にあげる予定である。

 少なくとも、増大する石炭燃焼と金の需要に関連した排出に伴って、水銀汚染のレベルは、減少するどころか上昇する懸念が高まっている。

 また、北方の湖沼堆積物や北極地域のような影響を受けやすい領域に閉じ込められた水銀に対する気候変動の影響についても心配される。

 温室効果ガスの増加に関連した気温の上昇は、水域が暖かくなり、氷が減少するために、水銀や高い毒性のある複合物―メチル水銀―が放出される引き金となるだろう。

 大気中への排出、あるいは海洋、湖、河川システムへの再放出により、この汚染物質は何百、何千マイルにわたって広がることが可能となり、例えば魚を介して食物連鎖に入り込み、そして世界中の消費者の夕食に食卓に上がることになるのである。

 魚の消費に関する摂食勧告は、多くの国において適切になされているが、それは妊婦と乳児を含む、危険にさらされている人々を対象としている。

 例えば、スウェーデンでは、おおよそ5万カ所の湖で国際的な健康基準値を超えたレベルの水銀を持ったキタカワカマスがいる。妊娠中の女性はキタカワカマス、スズキ、カワミンタイ、ウナギを一切食べないように、そしてその他の人々も1週間に一度しか食べてはいけないと、注意喚起がなされている。

 これは水銀とメチル水銀が若くて成長中の脳に、神経障害を起こし得るからである。

 米国の女性に関するある研究によれば、約12人に1人、あるいは500万人弱の女性が、米国環境保護庁により安全と考えられているレベルを超えた水銀レベルにあることが明らかとなっている。

 米国で生まれた6万〜30万の新生児が危険にさらされており、地球規模ではその数は何百万人という数になりうる。

 その他の潜在的なインパクトは、老いも若きも似たり寄ったりだが、正常に機能しない甲状腺や肝機能、過敏症や震え、視覚障害や記憶障害を含んでいる。水銀暴露と心血管障害のつながりを示す最近の科学的証拠も存在する。

 科学者やNGO「シャークプロジェクト」は、別の不安材料を示している。それは世界中のいくつかの地域で見られるサメ肉の消費の増加である。ある予測では、これらの食物が含む水銀量は、推奨される食物安全基準と比べ40倍、あるいはそれ以上にものぼる。

アザラシやシロイルカが取り巻く北極地域の水銀レベルは、カナダやグリーンランドの各地で、過去25年のうちに4倍にまで増加した。これは海洋の哺乳類(ほにゅうるい)が食生活の重要な部分を形成する場で、野生生物に関する影響だけでなく、人間の健康にも示唆を与えているのである。

 2月の会議は、UNEP本部があるナイロビで開かれるのだが、国際的な水銀問題に対する最善の解決策について、約7年にわたり行ってきた集中的な討論を継続するものだ。この会議では、水銀排出に関して、現実的で協調的な削減を可能にする決断のための機会を提供することになる。

 よい知らせとしては、欧州と米国がここ数カ月で、欧州連合(EU)とともに水銀の輸出禁止と2011年の期日設定を支持したことである。

 一方、水銀に依存してきた広範囲にわたる製品と製造過程は、今や費用効率が高く、よく検証された、そしてより安全な選択肢がある。これには温度計や高輝度の自動車用放電ランプ、塩素アルカリの化学工程が含まれている。

 他の場合に関してはおそらく明白にはいえないが、少なくとも製造業者や経済には当てはまるだろう。自動車業界以外で使われている高輝度放電ランプ、液晶ディスプレーユニットや中国でのある種のプラスチック生産などが思い浮かぶ。

 柔軟性だけでなく、何らかの視覚性が示されることも必要である。明確な低水銀の将来像を設定することによってのみ、各国政府は革新的なものや費用効率が高い代替製品と代替製造工程へと進んでいけるのである。

 小規模な金採掘はおそらく特殊なケースであろう。その犠牲者は世界でも最貧困層にあり、彼らは実際には、もしあるとしてももはや直接的には工業用ではほとんどないような製品を作っているのである。

 推定で1千万人の鉱山労働者とその家族がブラジル、ベネズエラからインド、インドネシア、パプアニューギニア、ジンバブウェにかけての地域で被害にあっている。実際の例では、フィリピンのミンダナオ島にあるディワタ山近くの金採掘のエリアがある。研究によれば、労働者の70%が慢性的な水銀中毒にかかっていた。水銀を使った製錬に直接的にかかわるこうした労働者に関しては、その割合は85%よりもさらに高い数値であった。直接的に雇用されていない人々の約3分の1は、そのエリアに住んでいるのだが、その人たちもまた慢性的な水銀中毒の兆候が見られた。

 小規模採掘で水銀に代わるものは実に全く無いが――あるとすればそれはシアン化物である――それゆえに代わりになる生活手段が早急に見いだされなくてはならないのである。

 私は、(このコラムで)UNEPの「グリーン・エコノミー・イニシアチブ」について書いたことがあるが、それについてはきっとまた書くだろう。水銀は確実にその議論の一部である。

 毎年、環境に入っていく約6千トンの水銀のうちで、おおよそ2千トンは発電所や家庭での石炭燃焼からのものである。それゆえに、燃料効率の改善とより素晴らしい再生可能エネルギーの展開による、化石燃料の使用の減少によって気候変動と戦うことは、地球温暖化に対処するだけでなく、水銀汚染を減らすことにもなるのである。気候変動の防止で、私たちは例えば北極地域に閉じ込められた水銀の再放出を減らすことが出来るのである。

 より幅広い経済上の議論も積み重ねられている。環境から出される水銀1キログラムごとに、その価値は社会的にも環境的にも人間の健康上の利益としても、12,500USドルにも上り得るのである、とUNEPは推定している。

 20世紀半ばにひどい慢性的水銀汚染の被害にあった水俣湾内と周辺地域に暮らす人々は、重金属中毒の本当の恐ろしさを知っている。奇形は、汚染の過酷さだけでなく、数年にわたって本当の理由を否認してきた結果として、その苦痛の証拠を示すものだ。

 世界の人々は現在のところ、一般的には、1932年から1968年までに熊本県で被曝(ひばく)した人々よりもずっと低いレベルとされているが、実際、被曝しているのは事実である。

 今日では、だれ一人としてどんなレベルの水銀汚染からも逃れられず、結局、安全基準はないのだと、世界保健機関(WHO)は主張している。

 したがって、地球規模の水銀への対応について否認や活動しないことは、もはや選択肢ではない。南北を問わず妊婦と胎児に対しても、炭鉱労働者やその家族に対しても、負うべき義務がある。おそらく、なかでもとりわけ過去に世界中で起こった重金属汚染事故の被害者と犠牲者の記憶に対し、私たちには責務があるのだ。

プロフィール

アヒム・シュタイナー

 61年、ブラジル南部の町カラジーニョ出身、国籍はドイツ。ロンドン大学で開発経済学の修士号を取った後、複数の環境保護団体で活動。01年から06年まで絶滅の恐れがある野生生物の一覧表(レッドリスト)をつくっている国際自然保護連合(IUCN、本部・スイス)の事務局長を務め、06年6月から現職。趣味は映画鑑賞やノミの市での買い物。2児の父。

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