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京都大学が東京・品川の「京大東京オフィス」で開く連続講座「東京で学ぶ 京大の知」(朝日新聞社後援)のシリーズ9「身近なナノテクノロジーの世界」。2012年12月6日に第2回の講演があり、「自然界に学ぶナノテクノロジー」と題して、京都大学工学研究科の平尾一之教授が講演した。葉やチョウなどが備えているナノテクノロジーの不思議から、ナノ技術を利用した宇宙往還エレベーターやがん治療まで、幅広い話になった。
●電子顕微鏡が見せてくれるナノの世界
「自然界には、いろんなナノテクノロジーでつくられたものがあります。我々が新しい技術を生み出す場合、実は自然界から学ぶことが多いのです」
平尾教授の講演はそんな話から始まった。最先端分野の研究であるナノテクノロジーの分野でも、アイデアの泉は自然界にあるというのだ。
ナノは、10億分の1。地球の直径に対して1円玉ぐらいの比率だ。人間の大きさを地球の直径に置き換えてみれば、どれだけ小さいかが想像できる。平尾教授によると、電子顕微鏡の発達のおかげで、極小の世界がどうなっているかがわかってきた。
●魚のウロコと人間の角膜の共通点とは
たとえば、魚のウロコ。電子顕微鏡を使い、ウロコの断面をナノメートルの大きさで見ると、竹の皮のように縦縞の部分と砂粒を敷き詰めたような部分が交互に並ぶ。これによって針などを刺されても身を守れる構造になっているという。人間の目の角膜も同じだ。
「よく『目からウロコが落ちる』などと言いますが、目とウロコは構造も同じなのです」
さらりと言って、平尾教授は笑いをとった。
植物の葉も、電子顕微鏡で見ると、ナノの世界では構造が違うことがわかる。ハスの葉はナノチューブ、サトイモの葉はナノプレート、ユリノキの葉はナノコイル。それぞれ、チューブ状、プレート状、コイル状の繊維がもとになっている。「人間の血液型の違いのようなものでしょうか」と平尾教授。
●ミステリアスなチョウの羽の秘密
続いて、会場前方のスクリーンに、鮮やかなブルーの羽をもつチョウが映し出された。
中南米に生息しているモルフォチョウだ。平尾教授はこのブルーを「ミステリアスな」と表現し、意外なことに、色素は一切使われていないことを明かした。その秘密もナノテクにある。
「チョウの羽の多重構造です。たとえば大阪大学の木下修一名誉教授らが観察した電子顕微鏡の写真では、表裏両面の羽の表面(鱗粉)に、筋が200ナノメートル間隔で並んでいます」
その並んでいる筋に光が当たると、青の波長の光だけが反射・強調される構造になっているのだ。このように、色素を使わずに発色する仕組みを「構造色(構造発色)」という。光の波長もまた、数百ナノメートルというナノの世界である。
奈良県斑鳩町の法隆寺に伝わる国宝「玉虫厨子」の玉虫も構造色だ。色素が使われていないから、1300年の時を超えても色あせることはない。平尾教授は言った。「この色は、玉虫をたたいて構造を壊さない限りは、永遠に残ります」
宝石のオパールも同じだ。「こうした構造色は、人間も作ることができますが、自然界ほどに繊細なものはできません。この仕組みを利用したネクタイも売り出されましたが、残念ながらヒットしませんでした……」と平尾教授は語った。
●2050年、ナノテクで宇宙往還エレベーターができる!?
平尾教授は続いて、ナノテクノロジーを利用した製品を挙げた。まずは、ナノファイバーという超極細の繊維を利用した製品。
ナノファイバーの特徴は、強くて軽いことだ。欧米では、たとえば、弾丸を跳ね返す兵士の服がある。さらに米国では、ナノファイバー(ナノチューブ)を用いた繊維をとても長くつなぎ、宇宙ステーションから垂らして、宇宙と地球を往還するエレベーターをつくろうという構想がある。日本でも大林組が2012年2月に、2050年の実現を目指して、上空10万キロの宇宙と地球をつなぐ宇宙エレベーター構想を発表している。
「『ジャックと豆の木』が現実になるかもしれません」
ナノファイバーは物質を吸着する性質が高い。これを利用してセシウムを吸着するマスクをつくれば、原発事故のときなどの放射性物質対策になる。ただ、現実には、使用済みマスクをどう処分するか、という問題が残る。
ほかにも、ユニクロのヒートテック、新幹線に付いている煙を吸収する装置などにも利用されている。「今後、携帯電話にナノファイバーが入ると、熱や光や音を取り入れてそれを電気に変える、ということが可能になります」
携帯電話が単なる通信機器ではなく、エネルギーを生み出す装置になるというのだ。このように身近な小さなエネルギーを集めて電気にして活用することを「エネルギー・ハーベスティング(環境発電)」といい、多くの企業で研究が始まっている。
●ナノ粒子が開く新たながん治療の可能性
平尾教授が次に紹介した技術は超微小の金属粒子、すなわちナノ粒子だ。融点が低い、抗菌性が高い、などの特徴がある。
金箔をどんどんたたくと、赤くなる。これは、金の粒子が数百ナノメートルのサイズまで小さくなり、青や緑の光を吸収してしまうからだという。実はこの技術を使っているのが、1520年に完成し、「フランダースの犬」にも登場するベルギー・アントワープの聖母大聖堂のステンドグラスだ。科学が発達していなかった時代にも、ナノの技術が活用されていたのだ。
現代では、がんの治療への応用も期待できる。カドミウムのイオンとテルルという金属を化合してカドミウムテルル(テルル化カドミウム)というナノ粒子をつくる。このカドミウムテルルにたんぱく質を混ぜて人体に入れると、特定のがん細胞の部分だけを明るく発光させる。そこに向かって放射線を当てると効果的な治療になるという。もっとも、平尾教授によると、日本では、カドミウムテルルは毒物として服用を禁じられている。
ほかに、ナノシリコンを使って窓ガラスを太陽電池にする、という研究もある。
京都大学では、ナノ技術を積極的に公開して、企業との連携も進めている。
「私の研究に関わる京セラ、村田製作所、堀場製作所、島津製作所、オムロン、ロームなど、京都はベンチャー企業が育つ風土を持っています。物作り、とくに微細加工の大切さを強調したいと思います」
平尾教授は、そんなふうに結んで講演を終えた。