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河合隼雄が残したもの 京大・皆藤教授が講演

写真:河合隼雄氏の写真を映しながら語る皆藤章教授。臨床心理学に触れて、「人はどこから来て、どこへいくのか。人間にとって生きるとか死ぬとかは何なのか。こんなことを考えている私って何者か……」という疑問を持つようになったという拡大河合隼雄氏の写真を映しながら語る皆藤章教授。臨床心理学に触れて、「人はどこから来て、どこへいくのか。人間にとって生きるとか死ぬとかは何なのか。こんなことを考えている私って何者か……」という疑問を持つようになったという

写真:淡々と深い話を語る皆藤教授の話に聴衆はじっと耳を傾けていた。講演終了後には質問が相次いだ拡大淡々と深い話を語る皆藤教授の話に聴衆はじっと耳を傾けていた。講演終了後には質問が相次いだ

写真:1993年、米国ロサンゼルスの臨床心理学者で河合隼雄氏の師匠でもあるマーヴィン・シュピーゲルマン氏(左)に3カ月にわたり指導を受けた=皆藤教授提供拡大1993年、米国ロサンゼルスの臨床心理学者で河合隼雄氏の師匠でもあるマーヴィン・シュピーゲルマン氏(左)に3カ月にわたり指導を受けた=皆藤教授提供

写真:米国ハーバード大学教授のアーサー・クラインマン氏(右)と。貴重な出会いとなった拡大米国ハーバード大学教授のアーサー・クラインマン氏(右)と。貴重な出会いとなった

 京都大学が東京・品川の「京大東京オフィス」で開く連続講座「東京で学ぶ 京大の知」(朝日新聞社後援)のシリーズ10「教育を考える」。2月20日に第2回の講演があり、河合隼雄氏の教え子だった皆藤章・教育学部教授が、「臨床の知 心理療法の実践から」と題して、自分史を絡めながら、京大の臨床心理学の伝統から「たましいとは何か」までを語った。

■たましいのお世話をすること

 「この人を知っている方はおられますか?」

 会場の多くの人が手を挙げた。

 皆藤教授が示したスライドには、おだやかそうなお年寄りが映っている。河合隼雄・京都大学元教授である。ユング派の臨床心理学者として知られ、文化庁長官も務めたが、2007年に79歳で亡くなった。

 「この方は私の恩師。命の恩人、心の命の恩人といってもいいでしょう。日本の臨床心理学は、河合隼雄を抜きに語ることはできません」

 皆藤教授が河合氏と出会ったのは京都大学3年のとき。講義を受けた。河合氏は第1回の講義で、黒板に「臨床」の文字を漢文風にレ点を入れて書き、「床ニ臨ム」と読んだ。それからこう語った。「床は死の床。死にゆく人の傍らに臨み、そのたましいのお世話をすることが『臨床』です」。長身で、遠くを見つめながら堂々と語る姿が印象的だった。

 だが、それを聴いた皆藤青年は「非常な違和感を覚えた」という。

 「科学は、たましいを捨てるところから始まります。たましいなんて非科学的なものは研究の対象にならない。そんなうさんくさい言葉を大学で聞くとはよもや思わなかった」

 皆藤教授は、高度経済成長のまっただ中に育った。「鉄腕アトム」や新幹線開業などの影響を受けて「科学者になって人類の幸せに役立とう」と決意し、テクノロジーを学ぶために京大工学部に入学した。科学少年だったのである。

■「おかんどこや!」と母親を殴る中学生

 「しかし、科学は本当に人間を幸せにするのか、疑問を感じる出来事がありました」

 皆藤教授は大学2年のとき、不登校の中学生の家庭教師をしていた。とても仲がよかったが、ある日、家庭教師に行くと、その中学生が運動靴を履いて居間を徘徊(はいかい)していた。目が据わり、「おかんどこや!」と家中を探し回っている。やがて押し入れに妹と一緒に隠れていた母親を見つけると、殴る蹴るの暴行を加え、電話線で首を絞めた。

 「それは凄惨(せいさん)な現場でした……。で、『皆藤は何してたんや?』という話ですけど、あぜんとして恐怖も感じていました。それでも、このままではお母さんが殺されてしまうと思い、必死に『やめろ!』と後ろから羽交い締めにしました。ところがお母さんは『先生、止めないでください。私が悪いんです』とおっしゃるのです」

 母親は失明寸前の大けがを負い、救急車を呼んだ。妹も蹴られた。中学生はしばらくして我に返ると、「お母さんどないしたん? 誰にやられた?」と聞いたという。

 衝撃的な体験談に会場はシーンとなった。皆藤教授は続けた。

 「解離性障害、二重人格みたいな感じですね。このとき、私が心の底からわかったことがありました。それは、『どれほど科学を学んでも、このお母さんと息子の間にある複雑な関係を解き明かすことはできないだろう』ということです。人間と人間の関係は科学を学んだだけではわからないんだ、という問題提起を受けた気がしました」

■「心はどこにあるのか」に徹底的にこだわる

 この“事件”をきっかけに、皆藤教授は工学部に魅力を感じなくなってしまい、教育学部へ転部したという。

 とはいえ、テクノロジーの世界にいた人間だ。いきなり「たましいのお世話」と言われても、ピンと来ない。「たましいのお世話」をするには、いったいどんな学問が役に立つのか悩んだ。哲学? 宗教学? 医学? どれも違う……。

 そこで浮上してきたのが臨床心理学、それも京大の臨床心理学だった。「心はどこにあるのか? このことに徹底的にこだわり続けてきたのが、京大の臨床心理学です。悩む人に役に立つ専門的な対応・支援はいかにして可能か、を考えることが伝統です」

 皆藤教授は、「河合氏についていけば、自分が体験して解けなかった謎が解けるのではないか」と考えたという。

 では、皆藤教授は、たましいをどうとらえているのか。

 「人間存在のもっとも深層にあって、自分自身を根底において支えてくれる何か、でしょうか。自分を見失いそうなときに立ち止まらせてくれるもの、でもあります」

 皆藤教授によると、学問はこれまで世界を理解するために、ふたつの知を見いだしてきた。ひとつは「科学の知」。普遍性・客観性・信頼性、つまり誰がどこで何度やっても同じ結果が得られることを重視する。もうひとつは「臨床の知」。皆藤教授が選んだ道だ。

 「非常に苦しい道でした。論理的に理解できる道筋はない。人間は100人いたら100通り。何度繰り返しても同じ結果が出る世界を生きているのではない。そんな人間を理解するために繰り広げられるやりとりが、心理療法です。なぜそういう悩みを抱えるようになったのかを、その人の歴史から丁寧に聞いていきます」

■ボストンの45分間

 皆藤教授は長年、糖尿病患者の心理療法に関わっている。

 糖尿病には遺伝の要素もある。「親が糖尿病だから」と覚悟していた人でも、実際に糖尿病になると、「何で弟ではなく自分がなったのか」と悩み、そう問いかけてくる。

 「答えようがありません……。ただ、自分の運命を語っている、その人の語りを聞くことが、ものすごく大事です。なぜか? 科学はこの問いに何も答えてくれないからです。でも、聞くという形でこの問いに向き合ってゆくことが、京大の臨床、心理療法です」

 米国ハーバード大学教授のアーサー・クラインマン氏は、いわゆる終末期の人にインタビューして、彼らの物語を作り上げ、そこから人間とは何かを考える「医療人類学」という分野の世界的権威だ。クラインマン氏の著作を読んだ皆藤教授は、どうしても聞きたいことが出てきて、たった45分間会うために、ボストンまで行ったことがある。

 疑問はひとつ。「余命3カ月の人にインタビューして貴重な時間を奪ってどうするのか? それは暴力的なことではないのか?」だ。

 クラインマン氏は皆藤教授の質問に喜び、「答えはこの本を読めばわかる」と別の著作を薦めた。後に日本で出版されことになるその本には、こう書かれていた。「危機や不確かな状況こそが人生を意義あるものにするのです。そうしたテーマのただなかにあって、人間として自分自身の人生を生きようとしてきた人びとの物語から、真にかけがえのないものとは何かを、われわれは学ぶことができるのです」(皆藤章監訳「八つの物語」誠信書房刊)

■死ぬことを人生観に取り入れる

 帰り際に、クラインマン氏はこう言った。「私も同じことが疑問で、40年前に東京まで行って、(『甘えの構造』で知られる精神医学者の)土居健郎氏に尋ねたんだ。40年後に日本人のあなたが来て私に同じことを尋ねるとは、人生は面白い。わっはっは」。皆藤教授は狐(きつね)につままれたような気分になったという。

 「クラインマン氏の語りは河合隼雄とほとんど同じです」と皆藤教授。「村上春樹 河合隼雄に会いにゆく」(岩波書店/新潮文庫)から河合氏の言葉を紹介して講演を終えた。

 「人間だけは自分が死ぬということをすごく早くから知っていて、自分が死ぬということを、自分の人生観の中に取り入れて生きていかなければいけない。それはある意味では病んでいるのですね。……だけど、ほんとに人間のことを考えたら、死のことをどこかで考えていなかったら、話にならないですよね」

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