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帰国後の学校選び(1)

2008年3月20日

  • 筆者 兵藤ゆき

 久しぶりに裕美ちゃん(「ママ仲間」の回参照)に会ってきた。

 裕美ちゃんとは息子がまだ2歳の頃、マンハッタンで知り合った。

 彼女にも2歳の娘がいて、子ども同士も、ママ同士もすぐに仲良くなり、互いの家に遊びに行ったり、公園に行ったりと、よく遊んだ。

 彼女は夫の転勤でニューヨーク(NY)に来ていたので、それから6年ほどして、また日本に帰ってきた。

 ちょうど、裕美ちゃんの娘がNYのエレメンタリー・スクール2年生(日本で言う小学校2年生)を終えた頃だった。

 マンハッタンで暮らしているときも、裕美ちゃんは娘のことをとてもよくみていた。

 リトミック(音楽教育法)やピアノ、バレーなど、娘が興味を示したものをいち早くキャッチし、リサーチし、習い事の教室に連れて行っていた。

 裕美ちゃんは英語が堪能だったので、娘の学校の父母たちとも積極的につきあっていた。

 いつかは日本に帰ることが決まっているので、せっかくNYにいるのだから、いろいろなものを娘に吸収してもらいたいと、ほんとうにいろんなことを娘に体験させていた。

 そういう本人も、英語のレベルをもっと上げるのだと、家庭教師をつけて英語の勉強をしていた。

 お母さんがNYを目いっぱい楽しんでいたので、娘もとてものびのびと育っていた。

 面白いことを見つけると、思いっきり笑っていたし、何より、学校の勉強を面白がってやっているのが頼もしかった。

 彼女はマンハッタンの現地校(現地で使われている言語《英語》を使って授業をする学校を通常このように呼ぶ)に通っていたのだが、勉強もよくできて、クラスの子どもたちの勉強のサポートを先生から頼まれるほどだった。

 家に帰ってくると、日本語の勉強もちゃんとやっていた。

 いつ日本に帰ってもいいように毎日少しずつでいいから、日本語の読み書きになれていたほうがいいかなと、裕美ちゃんと一緒に勉強していた。

 彼女が日本に帰って来るときには、人気者がいなくなってしまうので、先生もクラスの子どもたちもとても残念がったそうだ。

 それは私もよくわかる。

 彼女のような女の子がクラスにいたら、周りがパーッと明るくなるだろう。

 彼女のケラケラ笑う声を聞いているとこっちも楽しくなってくるのだ。

 でも、しょうがない、彼女は日本に帰ってきた。

 さて、ここからも裕美ちゃんは頑張った。

 なにせ、NYで通っていた小学校はとても自由な雰囲気だったし、娘は勉強を楽しんでやっていた。

 日本に帰ってきてからは、今度は日本の現地校に入ることになる。

 家で日本語の読み書きの勉強をしていたとはいえ、英語ばかりの環境の学校から日本語ばかりの学校に転校するのは、娘にかなりのストレスがかかるだろう。

 いくら朗らかな子だといっても、そこはまだ8歳。

 周りの大人がちゃんと考えてあげないと、辛い経験をしなければならなくなるかもしれない。

 裕美ちゃんたちは東京に帰ってくることになった。

 ところが、住む場所がなかなか決まらない。

 社宅に入るため、希望通りのところになるのか、これがなかなか決まらない。

 決まらなければ、娘の学校も決まらない。

 帰国ぎりぎりまで、裕美ちゃんはやきもきしていた。

(次回に続く)

兵藤ゆき プロフィール

兵藤ゆき

兵藤ゆき(ひょうどう・ゆき)

名古屋市出身。血液型O型。東京・名古屋・大阪で深夜ラジオのパーソナリティーを皮切りに個性的なキャラクターでテレビ番組に登場し、その後エッセー、脚本、作詞、歌手、小説等ジャンルを超えて幅広く活躍。1996年に長男誕生後、ニューヨークにで11年余り生活。2007年に日本に帰国。

主な著書に、「子どもがのびのび育つ理由」(2008年4月 マガジンハウス)(対談集)「頑張りのつぼ」(05年7月 角川書店)…ニューヨークで活躍する日本人8人の方との書き下ろし対談集(宮本亜門・千住博・宮本やこ・野村尚宏・平久保仲人・河崎克彦・高橋克明・小池良介)、(翻訳本)「こどもを守る101の方法」(06年7月 ビジネス社)などがある。

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