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夢の中で子どもの頃の自分に…

2008年5月1日

  • 筆者 兵藤ゆき

 ニューヨーク(NY)を拠点に大活躍しているアーティストの林世宝さん(「愛にあふれたアーティスト林世宝さん(1)(2)」の回参照)から、5月2日から20日間ほど日本に行くとメールが届いた。

 林さんは、2005年に愛知県で開かれた「愛・地球博」に、ボランティアの人たちと一緒に30万本ものペンを日本やNYから集めて、平和の大切さを訴える、「平和行進曲II 知恵の門」を制作し、出展。

 その「知恵の門」は、今、愛知県津島市片岡町にあるヨシヅヤ津島北テラス(ショッピングセンター)に展示してある。

 30万本のペンのうち、まだ10万本が残っていたので、それを知恵の門にくっつけるために林さんが日本にやってくるというのだ。

ならば、久しぶりに日本で会いましょうと約束したのだが、実は、このメールの前にも、 林さんから面白いメールが届いていた。

 林さんの子どもの頃のことなどをここにもいろいろ書かせていただいたが、それは林さんがそれを読んだ後に起こった出来事についてだった。

 林さんは、「愛にあふれたアーティスト林世宝さん(1)(2)」を読んだ後、昔のことが次々とよみがえってきて、故郷、台湾に住む彼のお母さんにNYから国際電話をかけたのだそうだ。

 豆腐屋のおじさんのことから、村に住んでいたあの人この人と話題が広がり、お母さんと2時間あまりも話し込んでしまったという。

 林さん家族が住んでいた村には、村人は100人もいなかったので、みんな親戚みたいな感じだったとか。

 しかし、時の流れの中でさまざまなことが変わってしまっていた。

 林さんが大好きだった豆腐を、若いころからずっと毎日休まず作り、売り歩いていたあのおじさんは、遠の昔に亡くなってしまったとお母さんから聞かされた。

 台湾の田舎でも、若者はみんな都会に出てしまい、豆腐屋を継ぐ人がいなくなり、おじさんのおいしい豆腐の味も途絶えてしまったという。

 「残念だなあ、なんか寂しいねえ」

 林さんが言うと、

 「あのおじさんは毎日同じ仕事を何十年も続けていたんだから、相当の信念がないとできないことだよ。おじさんはそれで幸せだったと思うよ」

 とお母さんに言われたそうだ。

 毎朝5時半に自転車に乗って、

 「豆腐、豆腐(タウフー、タウフー)」

 と叫んでいたおじさんの声は、遠くまでよく響くいい声だったそうだ。

 その声が聞こえると、林少年は皿や鍋を持って道に出て、当時1丁5円の豆腐を毎朝2丁買った。

 おじさんは、いつもニコニコ笑顔で売ってくれた。

 懐かしいねえ、お母さん…、

 林さんとお母さんの話はまだまだ続きそうだったが、そのときNYはもう夜中の3時を過ぎていた。

 話の続きはまた今度、ということで、林さんは電話を切って寝ることにした。

 寝ると、林さんはすぐに夢を見た。

 子どもの頃暮らした、台湾の田舎の夢だ。

 それも、それまでお母さんと話していていた、あの頃の田舎の夢だ。

 そして、

 なんと林さんは、当時の自分、そう、子どもの頃の自分に会えたのだ。

 林さんは思わず彼に声をかけた。

(次回に続く)

   ◇

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兵藤ゆき プロフィール

兵藤ゆき

兵藤ゆき(ひょうどう・ゆき)

名古屋市出身。血液型O型。東京・名古屋・大阪で深夜ラジオのパーソナリティーを皮切りに個性的なキャラクターでテレビ番組に登場し、その後エッセー、脚本、作詞、歌手、小説等ジャンルを超えて幅広く活躍。1996年に長男誕生後、ニューヨークにで11年余り生活。2007年に日本に帰国。

主な著書に、「子どもがのびのび育つ理由」(2008年4月 マガジンハウス)(対談集)「頑張りのつぼ」(05年7月 角川書店)…ニューヨークで活躍する日本人8人の方との書き下ろし対談集(宮本亜門・千住博・宮本やこ・野村尚宏・平久保仲人・河崎克彦・高橋克明・小池良介)、(翻訳本)「こどもを守る101の方法」(06年7月 ビジネス社)などがある。

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