2008年9月4日
お兄ちゃん(前回参照)が出ることになったクラスは「3部アマチュア」で、今回、弟くんが挑戦する「4部―G1アマチュア」から比べると、ぐっとレベルが上がり、犬を伏せさせて待たせたり、ダンベルを投げて取って来させたり、障害物を飛ばせたりと、服従訓練の中の難しいものが全部入っているのだそうだ。
お兄ちゃんはこれまでにも何回か挑戦したが、まだ納得できる成績は残していなかった。
でも、今回は弟くんの初挑戦もあり、ぜひとも良い成績を残したいと思っていた。
試合当日、お父さんとお母さんは競技会の準備の手伝いをするため、会場の新舞子には朝6時過ぎには到着している必要があった。
新舞子は家から比較的近くだったが、それでも朝5時過ぎには家を出た。
お兄ちゃん、弟くん、かい、モニカは、会場に着いてからもしばらくは車の中で眠っていて、活動し始めたのは朝8時過ぎだった。
会場には、すでにぞくぞくと参加者が集まって来ていた。
お兄ちゃんと弟くんは、それぞれ、かいとモニカを連れて、ボール遊びなどでウォーミングアップをすることにした。
お兄ちゃんは、すいぶん競技会にも慣れてきていたので、いつものようにリラックスしてかいと遊んだ。
問題なのは弟くんだった。
今までは、お兄ちゃんが出るのを見守る立場だったが、今回は違う。
自分がモニカと一緒に競技会に出なくてはならない。
弟くんは緊張でドキドキしていた。
そんな弟くんの気持ちはモニカにも伝わっていたのか、モニカもいつもと様子が違っていた。
弟くんがボールを投げてもじっと見ているだけで、一向に取りに行こうとしないのだ。 弟くんはあせった。
「モニカ、ボールだよ、取っておいで!」
弟くんがいくら叫んでも、モニカは動こうとしなかった。
「モニカ、大丈夫だよ、心配しなくていいよ」
弟くんはモニカのそばに駆け寄り、モニカをしっかり抱きしめ言った。
それは、自分に向けての言葉でもあった。
この競技会は、弟くんとモニカにとって最後の競技会でもあった。
モニカはもともと訓練所の犬。
お兄ちゃんの犬のかいが、臭気選別の訓練のためにしばらく訓練所に行っている間だけ、モニカは弟くんの家にホームステイにやって来ていたのだ。
そのかいも、すでに訓練を終え、家に帰って来ている。
訓練所の所長さんとの約束通り、モニカは訓練所に返さなければならない。
そして、この競技会が終わったら、モニカは訓練所に帰ることになっていたのだ。
最初で最後になるかもしれない、弟くんとモニカの競技会。
いよいよ開始の時間になった。
弟くんはまだ緊張でドキドキしていた。
お兄ちゃんが競技しているときは、ぜんぜんドキドキしなかったのに、いざ自分がやることになったらこんなにドキドキするなんて想像すらしていなかった。
でも、やるっきゃない。
「モニカ、行くぞ!」
弟くんはモニカにそう声をかけると、スタートラインに立った。
まず最初は、モニカにリードを付けて10歩ほどまっすぐ歩き、次に直角に右に曲がる。
ところが、
弟くん、ピーンチ!
緊張のあまり顔を上げられずに、下ばかり向いてしまっている。
モニカと一緒に曲がるところでは、意思疎通がうまくいかないのか、お互い少しずつずれてしまう。
このままの調子ではまずい……
お父さん、お母さん、そしてお兄ちゃんは、ハラハラしながら弟くんを見守っていた。
(次回に続く)
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名古屋市出身。血液型O型。東京・名古屋・大阪で深夜ラジオのパーソナリティーを皮切りに個性的なキャラクターでテレビ番組に登場し、その後エッセー、脚本、作詞、歌手、小説等ジャンルを超えて幅広く活躍。1996年に長男誕生後、ニューヨークにで11年余り生活。2007年に日本に帰国。
主な著書に、「子どもがのびのび育つ理由」(2008年4月 マガジンハウス)、(対談集)「頑張りのつぼ」(05年7月 角川書店)…ニューヨークで活躍する日本人8人の方との書き下ろし対談集(宮本亜門・千住博・宮本やこ・野村尚宏・平久保仲人・河崎克彦・高橋克明・小池良介)、(翻訳本)「こどもを守る101の方法」(06年7月 ビジネス社)などがある。公式ブログは、「子育ての話を聞かせてください―I‘m proud of you―」
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