2008年9月11日
このままの調子ではまずい……、(前回参照)
と思っていたのは、お父さん、お母さん、お兄ちゃんだけではなかった。
弟くん本人が、誰よりもこのままの調子ではまずい…と思っていたのだ。
「心臓はずっとドキドキしてたんですけど、なんとかしようとモニカのリードをぎゅっと自分に引き付けてみたんです。そしたら、モニカと気持ちがスッと一緒になったような気がして、よし、仕切り直しだ、しっかりやろうと心に言い聞かせました」
そこから弟くんは頑張った。
スタートラインまでモニカと一緒に戻り、今度はリードなしでモニカと歩く。
よし、いいぞ、その調子、
落ち着け、いつものようにやればいいんだ、
弟くんは踏ん張った。
そして、最後の難関、モニカを座らせ、自分だけ離れる。
大丈夫、モニカは弟くんをじっと見つめ座っている。
「モニカ、来い!」
弟くんがそう呼ぶと、モニカは一目散に走って来て、弟くんの前に座る。
よし、これもきれいに決まった。
最後は、もう一度モニカを立たせ、弟くんの横につけ、座らせる……。
「フー、終わったー」
お兄ちゃんがやっているときは、あそこはもっとこうしたらいいのに、あっ、ちょっと遅れたなあ、とかいろいろ思っていたが、いざ自分がやってみると、ものすごく難しいということが弟くんはよーくわかった。
弟くんは、競技が終わったあと家族のところに来ると、気が抜けてヘナヘナっとその場に座り込んでしまった。
そんな彼にお兄ちゃんが言った。
「なっ、緊張しただろ? やってみると大変さがわかるだろ?」
さて、そのお兄ちゃんの競技もそろそろ始まる。
お兄ちゃんは、弟くんより上のクラスでの参加。
犬を伏せさせて待たせたり、ダンベルを投げて取って来させたり、障害物を飛ばせたりと、かなり高度なことをしなければならない。
お兄ちゃんは、自分と同じクラスで参加する人たちの競技を注意深く見つめていた。
ひとり、年配の女性でとても上手な人がいた。
犬は、その女性のことが大好きで、一緒に競技をするのが楽しくてしょうがない、という感じだった。
でも、ちょっと女性に犬がくっつき過ぎているような気がした。
これは減点の対象になる。
お兄ちゃんはそれを見て、そっか、それ、気をつけなきゃなあ、と思っていた。
いよいよ、お兄ちゃんの番になった。
お兄ちゃんは落ち着いていた。
弟くんは初めてだったけど、緊張でドキドキしていたけど、頑張った。
お兄ちゃんはもう何回も競技会に出ている。
練習も、かいとたくさんした。
それに、さっき素晴らしい競技も見た。
そんなことが全部お兄ちゃんの動きに反映し、伏せも、ダンベルを投げて取って来させるのも、障害物を飛ばせるのも、みんなうまくいった。
今回はいけるかもしれない……
競技を終えると、お兄ちゃんは心の中で秘かにそう思った。
お昼ごはんを家族で食べていると、訓練所の所長さんがやって来た。
そして、お兄ちゃんと弟くんの健闘をたたえ、こう言った。
「二人ともとってもよくできたね。もし、二人とも優勝したら、12月の中旬にあるラブラドールだけの競技会に出てもらいたいなあ」
弟くんは驚いた。
「ってことは、もし優勝したら、モニカはもうちょっとうちにいられるってこと?」
「もしできたら、そのほうがいいよねえ、いつでも練習できるからねえ」
ニッコリ微笑んで所長さんは言った。
結果発表は午後2時過ぎとのこと。
もし、優勝できたら、もう少しモニカと一緒に暮らせる……
弟くんは祈る気持ちで発表を待った。
(次回に続く)
◇
〈編集部から〉兵藤ゆきさんが公式ブログ「子育ての話を聞かせてください―I‘m proud of you―」を開始しました。読者の方からのお便りも書き込めますので、どうぞご参加ください。もちろん、このエッセーに関するお便りもどうぞ。
名古屋市出身。血液型O型。東京・名古屋・大阪で深夜ラジオのパーソナリティーを皮切りに個性的なキャラクターでテレビ番組に登場し、その後エッセー、脚本、作詞、歌手、小説等ジャンルを超えて幅広く活躍。1996年に長男誕生後、ニューヨークにで11年余り生活。2007年に日本に帰国。
主な著書に、「子どもがのびのび育つ理由」(2008年4月 マガジンハウス)、(対談集)「頑張りのつぼ」(05年7月 角川書店)…ニューヨークで活躍する日本人8人の方との書き下ろし対談集(宮本亜門・千住博・宮本やこ・野村尚宏・平久保仲人・河崎克彦・高橋克明・小池良介)、(翻訳本)「こどもを守る101の方法」(06年7月 ビジネス社)などがある。公式ブログは、「子育ての話を聞かせてください―I‘m proud of you―」
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