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犬と少年(19)―お兄ちゃんからのエール

2008年10月23日

  • 筆者 兵藤ゆき

 いよいよ、訓練所の所長さんにモニカのことをお願いする日がやって来た。

 よく晴れた日曜日のお昼前、お父さんが運転するバンに乗って、お母さん、お兄ちゃん、そして弟くんは訓練所に向かった。

 家から車でおよそ30分のところに訓練所はある。

 車の中で弟くんは、久しぶりに会うモニカのことを考えていた。

 モニカは元気かな? 

 元気じゃなかったら、きっと訓練所から何か言ってきてくれるだろうから、きっと元気だな、モニカは僕のことを忘れていないかな?

 だって、もう1カ月以上も会っていないんだもの……。

 でも、モニカが僕のことを忘れるなんてことはないさ、だって、僕がモニカのことを忘れていないんだし、第一、僕たちはあんなに仲良しだったんだから。

 弟くんはなんだかワクワクしていた。

 でも、ちょっとドキドキもしていた。

 所長さんにモニカをうちの子にしてください、って言ったら、なんて言うだろう……。

 って、言う前から心配していてもしょうがないか。

 弟くんがあれこれ考えているうちに、車は訓練所に着いた。

 今日も犬たちが訓練士さんと一緒に練習をしている。

 ひょっとして、モニカもいるかな?

 弟くんはちょっと見渡してみたが、モニカの姿は見当たらなかった。

 「やあ、こんにちは」

 そこへ所長さんが現れた。

 「こんにちは」

 お父さん、お母さん、お兄ちゃん、弟くんも、元気にあいさつをした。

 「やあ、お兄ちゃん、かいは元気?」

 「はい、元気にしてます」

 「練習、やってる?」

 「はい、やってます」

 「そっか、頑張ってるねえ」

 お兄ちゃんと所長さんの話がはずむ。

 弟くんは、どうやってモニカの話を切り出していいかちょっと戸惑っていた。

 「モニカは元気ですか」

 よっ、さすがお母さん、モニカの話を所長さんに切り出してくれた。

 弟くんは、ちょっとホッとした。

 と、ワンワン ワンワン ワンワン!

 あっ、モニカだ!

 訓練士さんが持っているリードがちぎれそうな勢いでモニカがやって来る。

 「モニカー!」

 弟くんとお兄ちゃんも急いでモニカのところへ走って行った。

 「モニカ、元気だった?」

 二人はしっかりモニカを抱きしめた。

 元気だったよ!

 そう返事をしているように、モニカも思いっきり尻尾を振った。

 お父さんもお母さんも、モニカをしっかり抱きしめた。

 会いたかった!

 モニカは目を細めてお父さんとお母さんを見つめた。

 しばらくみんなは再会の喜びに浸っていたが、お母さんは弟くんがモニカの話をいつ所長さんに切り出すのかなあと思っていた。

 でも弟くんは、モニカを抱きしめたり撫ぜたりしているばかりで、なかなか話し出しそうとはしなかった。

 お母さんはちょっと弟くんに水を向けてみた。

 「ねえ、今日はモニカのことで所長さんに話があって来たんだよね」

 「ん? あれ、そうだったの?」

 所長さんは驚いて言った。

 弟くんはドキッとした。

 「あっ、はい……」

 でもそう言ったきり、弟くんから次の言葉が出てこない。

 まずい、お父さんやお母さん、お兄ちゃんにはちゃんと言えたのに、所長さんを前にしたらなんだか言えなくなってしまった……、だって、所長さん、モニカはやっぱり訓練所に置いておくって言うかもしれないし、ほかに欲しいという人が現れたって言うかもしれないし、僕がちゃんと面倒を見ることができないから、ダメ、って言うかもしれないし……。

 そんなことが次から次へと頭の中を駆け廻り、弟くんはとうとう涙が出そうになって、お父さんの後ろに隠れてしまった。

 「あれ、どうしたんだい?自分でちゃんと話をするって言ってたんじゃないか?」

 お父さんは弟くんに言った。

 頑張れー、ここでちゃんと自分で言わないと、モニカはお前の犬にならないぞー。

 お父さんの後ろで涙ぐんでいる弟くんに、お兄ちゃんは心の中で思いっきりエールを送っていた。

(次回に続く)

    ◇

〈編集部から〉兵藤ゆきさんが公式ブログ「子育ての話を聞かせてください―I‘m proud of you―」を開始しました。読者の方からのお便りも書き込めますので、どうぞご参加ください。もちろん、このエッセーに関するお便りもどうぞ。

兵藤ゆき プロフィール

兵藤ゆき

兵藤ゆき(ひょうどう・ゆき)

名古屋市出身。血液型O型。東京・名古屋・大阪で深夜ラジオのパーソナリティーを皮切りに個性的なキャラクターでテレビ番組に登場し、その後エッセー、脚本、作詞、歌手、小説等ジャンルを超えて幅広く活躍。1996年に長男誕生後、ニューヨークにで11年余り生活。2007年に日本に帰国。

主な著書に、「子どもがのびのび育つ理由」(2008年4月 マガジンハウス)(対談集)「頑張りのつぼ」(05年7月 角川書店)…ニューヨークで活躍する日本人8人の方との書き下ろし対談集(宮本亜門・千住博・宮本やこ・野村尚宏・平久保仲人・河崎克彦・高橋克明・小池良介)、(翻訳本)「こどもを守る101の方法」(06年7月 ビジネス社)などがある。公式ブログは、「子育ての話を聞かせてください―I‘m proud of you―」

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