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犬と少年(20)―兄弟それぞれの頑張り

2008年10月30日

  • 筆者 兵藤ゆき

 弟くんはわかっていた。

 所長さんに、自分でモニカの話をしなければならないことはわかりすぎるくらいわかっていた。

 でも、話さなければならないことがいっぱいあり過ぎた。

 まず、僕がちゃんと世話をしますから、モニカをうちの子にしてください、それから、来年の2月にお兄ちゃんの受験がすむまで家族はみんな大変なので、モニカをそこまで預かっておいてください、モニカのお金は僕がお小遣いを貯めて払います……。

 あー、大変だ、こんなにたくさんのことを言わなきゃならないなんて、大変だー、そう思うと、どんどん言葉が出てこなくなった。

 その代わりに出てくるのは、涙、涙、涙。

 ふっとモニカに目をやると、涙でモニカが霞んで見えた。

 「自分で言わないと、誰も言ってくれないぞ」

 見かねたお父さんがそう言いながら弟くんを前にうながした。

 「う、うん……、わかってる、わかってるんだけど……」

 弟くんはまだ言い出せないでいる。

 頑張れ!

 お兄ちゃんはもう一度心の中で弟くんにエールを送った。

 「あのお……、モ、モニカを……」

 よし、そうだ、その調子だ、行け、そのまま一気に言ってしまうんだ!

 お兄ちゃんは弟くんに熱い視線を送った。

 「あのお、モ、モニカを……」

 ふと見ると、モニカが心配そうな顔で弟くんを見つめていた。

 そうだよね、僕がはっきり言わないと、モニカはうちの子になれないんだよね。

 わかったよ、モニカ、僕、モニカのためにもしっかり言うよ。

 弟くんは心新たに切り出した。

 「あのお……、モ、モニカを、うちの子に、してください……。それと、お兄ちゃんの受験が終わる来年の2月までは、お父さんもお母さんも大変なので、それが終わるまでモニカを預かっておいてください。僕が迎えに来るまで、絶対にモニカを他の人に売らないでください、モニカのお金は僕がお小遣いを貯めて払いますからお願いします」

 弟くんはそこまで一気に言った。

 よし、よく言えた、

 お父さんもお母さんもお兄ちゃんも、そして何より、弟くんもそう思った。

 ところが、

 「ん? モニカを弟くんちの子にしたいの?」

 そう言う所長さんの声が暗い。

 まずい、やっぱり、ダメ、って言うのかもしれない。

 弟くんは絶望的な気分になった。

 「お兄ちゃんの受験が終わるまでモニカを訓練所に預かっておくのは構わないけれど、それより、弟くんちには、くうとかい、もう2匹も犬がいるじゃないか。あと1匹増えたら、お父さんやお母さん、世話が大変だぞ」

 ここだ、ここではっきり言わないといけない。

 弟くんはもうモジモジしたり涙が出たりはしない。

 さっき所長さんに一気に自分の気持ちを言えたことで自信がついたのだ。

 「モニカの世話は僕がします」

 弟くんはきっぱりと言った。

 「えー? 弟くん、ほんとに世話できるの?」

 所長さんはちょっと疑り深い声で言った。

 「大丈夫です、ちゃんと僕がします」

 弟くんはもう一度きっぱりと言った。

 所長さんはちらっとお父さんとお母さんを見た。

 2人は、ニッコリ所長さんに微笑んだ。

 「わかった、弟くんがそこまで言うのなら、モニカは君に任せよう!」

 とうとう所長さんはそう言ってくれた。

 やったー!  これでモニカはうちの子だー!

 「ありがとうございます」

 弟くんは所長さんにお礼を言うと、モニカをギューッと抱き締めた。

 「来年の春からは、うちには3匹のラブラドールレトリバーが一緒に暮らすことになるので、そりゃあいろいろ大変だとは思いますが、でも何より息子たちが犬たちがいることによって様々なことを勉強し、成長していってくれるのを目の当たりにしているので、私たちもしっかり協力していこうと思っているんですよ」

 お父さんとお母さんは目を細めながらそう言っていた。

 只今、小学校6年生のお兄ちゃんは、中学受験に向けて猛勉強中。

 小学校4年生の弟くんは、くうとかいの世話のお手伝い。

 来年の春に向けて、兄弟はそれぞれ頑張っているのである。

 (「犬と少年は」は今回でひとまず終了ですが、連載はまだまだ続きますので次回もお楽しみに)

    ◇

〈編集部から〉兵藤ゆきさんが公式ブログ「子育ての話を聞かせてください―I‘m proud of you―」を開始しました。読者の方からのお便りも書き込めますので、どうぞご参加ください。もちろん、このエッセーに関するお便りもどうぞ。

兵藤ゆき プロフィール

兵藤ゆき

兵藤ゆき(ひょうどう・ゆき)

名古屋市出身。血液型O型。東京・名古屋・大阪で深夜ラジオのパーソナリティーを皮切りに個性的なキャラクターでテレビ番組に登場し、その後エッセー、脚本、作詞、歌手、小説等ジャンルを超えて幅広く活躍。1996年に長男誕生後、ニューヨークにで11年余り生活。2007年に日本に帰国。

主な著書に、「子どもがのびのび育つ理由」(2008年4月 マガジンハウス)(対談集)「頑張りのつぼ」(05年7月 角川書店)…ニューヨークで活躍する日本人8人の方との書き下ろし対談集(宮本亜門・千住博・宮本やこ・野村尚宏・平久保仲人・河崎克彦・高橋克明・小池良介)、(翻訳本)「こどもを守る101の方法」(06年7月 ビジネス社)などがある。公式ブログは、「子育ての話を聞かせてください―I‘m proud of you―」

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