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(環境元年 第3部 政策ウオーズ:4)自然エネルギー、頭打ち2008年06月02日 ◆意欲なえる「抽選」・耐震基準 風車の新規建設、相次ぐ辞退 高倍率のクジに当たったのに、辞退が続出した。 九州電力が昨年、風力発電の新規事業を募ったときのことだ。発電した電気は九電が買い取る。計13万キロワットの募集枠に計187万キロワット、116の計画が殺到した。6月の抽選で順位をつけ、10計画が当選した。 ところが「建設できない」と辞退が相次いだ。20位くらいまで繰り上げ当選者を決めたが辞退は続き、今年4月の九電の発表では、結局、6計画で計4万7千キロワット分しか契約できなかった。枠の3分の1だ。 何が起きたのか。辞退したある事業者は「詳細に検討したら、ユーロ高で欧州製風車の値段が上がり、事業が成り立たないとわかった」。自前で作る送電線の建設費が足りないという事業者もあった。 九電お客様本部営業部の大賀茂さんは「入札参加者の事前の検討が甘い」と話す。 しかし、ある風力事業者は「そうなるのは当然」と反発する。「きちんとした準備や経済性の良しあしに関係なく抽選で決められる。クジは事業意欲をなえさせ、事前に大金をかけて検討しにくい」 風力の電気は変動し、電力会社の受け入れには限界がある。発電に適した風が吹く北海道や東北、九州では、電力会社がときどき募集する枠に多数の手が挙がる。 公平に選ぶため、安さを競う入札か、一定の買い取り価格での抽選のいずれかだ。だが、よい風が吹く場所での計画が選ばれるとも限らない。ドイツやスペインなどが採用している「固定価格での買い取り義務制度」を望む事業者が多い。 耐震基準の強化という逆風も吹く。4月末、風力事業者の団体、風車メーカーが国交省と懇談し、要請した。「風車は無人で地震で壊れた例はないのだから基準緩和を」 耐震強度偽装事件の影響で昨年、建築基準法が改正された。風車も高さ60メートルを超えると超高層ビルと同じ耐震審査が課せられるようになった。 審査費用や手続きが膨大になって新設計画の多くが止まり、困惑が広がっている。 「より安全になった」とも言えるが、実際の地震波を使い計算で揺らす「時刻歴応答解析」などは、60メートル以下ならば人が住むマンションにも適用されないものだ。 国交省が事業者や経産省の担当部署との調整なしで改正した結果に、事業者らの憤りは募る。 ◆技術・資本、進む海外流出 安全性証明が壁・国の補助打ち切り 風力事業者の展開の幅は狭く、技術や資本は海外へと流れ出している。 三菱商事や日本政策投資銀行が主要株主の風力発電事業会社「グリーンパワーインベストメント」(GPI)は、ポーランドで24万キロワットの風力発電所建設を決め、昨年9月、国営電力会社と20年間の売電契約を結んだ。欧州最大級の風力発電所で、総事業費は500億円。欧州の銀行融資などで建設し、2010年から発電を始める。 ただ、GPIの堀俊夫社長は複雑な心境だ。「日本企業なのだから本当は日本で大きな事業をしたい。しかし国内市場は小さく、事業者選びも抽選や過度の競争入札になっている」。ポーランドは10年までに電力の10・4%を自然エネルギーでまかなうことを法律で決め、風力を推奨しているという。 世界的に風力市場は急速に拡大している。風車メーカーの売り手市場だが、日本市場は事業規模が小さく、独自の安全性証明なども求められるために避けられつつある。 日本は05年、太陽光発電の設備導入量でトップの座から滑り落ちた。その背景には国の補助が05年を最後に打ち切られたことがある。 05年の補助額は1キロワットの設備で2万円。住宅に3キロワットつけるとして6万円、国全体の予算も26億円でしかなかった。わずかな費用だったが、それを節約した「負の効果」は大きかった。 太陽電池メーカーのMSK(本社・東京)は06年、中国の太陽電池メーカー「サンテック・パワー」と経営統合した。狙いは海外市場。MSKの笠原唯男社長は嘆く。「日本市場は勢いがなくなった。石油危機の後、いち早く国が後押しして太陽光を育ててきたのに残念だ」 住友商事はスペイン・カナリア諸島で出力9千キロワットの太陽光発電所を建設する。さらに1万キロワットを増設する予定。「電気は1キロワット時0・43ユーロ(約70円)で買ってくれる。日本でもしたいが買い取り制度が不十分なので難しい」(同社広報部) シャープはイタリアで電力大手エネルと提携し、11年末までに計16万キロワットの太陽光発電所を建設することを計画する。 ◆手放さない送電線、増やしたい原子力 「安定供給」盾に電力会社抵抗 日本の電力会社は、新エネルギー利用特別措置法(RPS法)で自然エネルギーから一定の電力調達をするよう義務づけられている。義務量は年々増えるものの、今は全電力の1%以下、10年度でも1・35%と低い。電力会社は超過達成が続き、超過分は翌年分に「貯金」する余裕さえある。電力業界にとって、自然エネルギーを増やさなければならないと焦る必要はない。 13日、政府は英系ファンド「ザ・チルドレンズ・インベストメント・マスターファンド(TCI)」が電力卸最大手Jパワーの株を20%まで買い増す計画に中止命令を出した。理由は「電力会社は原発や送電線などをもち、電力の安定供給、我が国の秩序維持に欠かせない」だった。 この外資から保護する理由は、同時に、自然エネルギーを抑える原因につながる。 欧米で先行した電力自由化の特徴の一つは発電部門と送電部門の分離だった。すべての発電会社の電気を公平に扱うには第三者が送電線を持つか運用するという発想だ。 しかし、日本の電力業界は02年の自由化論議で、安定供給を掲げて「発送電分離」に大反対し、押し切った。 地域で独占的な発電会社が送電線をもち運用する形が残った。風力などの電気を送電線に入れるかどうかも主に電力会社の判断になる。本来の自由化された電力市場では珍しいものだ。 小売り部門の自由化も進んだ欧州では、各家庭も電力会社を選ぶことができ、自然エネルギーを選べる。日本では「消費者側が選択する力」も働かない。 4月22日。首相直轄の温暖化に関する有識者会議。東電の勝俣恒久社長は「温暖化問題の解決に向けた見解」を発表した。「1兆円を原発建設に充てた場合の二酸化炭素削減効果は、太陽光に1兆円を充てた場合の17倍」という数字をあげ、「原子力は最大の有効策」と主張した。 欧州では原発が減り、建て替えが必要な旧式火力も多い。不足する分を自然エネルギーで埋めている。 一方、日本の電力業界は新鋭の発電所が十分にあり、原発も増やしたい。温暖化対策も、自然エネルギーを多く受け入れるより、原発や既存の発電所を効果的に動かすことで対応したい――。電力業界のこうした意向が、政府の政策に強く反映されている。 しかし、その陰で環境技術を育てる国内市場が縮みつつある。50年後を考えれば、今のコストだけで考えない自然エネルギーの支援策が必要だ。電力会社も積極的に使う仕組みができれば本物だ。 ◆風力、世界8位から13位に 太陽光、かつて日本の独壇場 風力、太陽光、バイオマス、地熱などの自然エネルギー(再生可能エネルギー)による発電は世界で約2%(05年)でしかない。化石燃料が67%、水力が16%、原子力が15%。まだ少ないが、国際エネルギー機関は30年には12%になる可能性があるとの予測を公表している。 自然エネルギーの中心は風力だ。世界全体の設備量は07年末で9300万キロワット、10年で12倍になった。07年だけで米国は日本の設備総量の3・7倍も増やした。スペインは2・5倍、中国は2・4倍。日本の伸びは鈍く、設備量では04年には世界8位だったが13位に後退した。 太陽光発電は、かつて日本の独壇場だった。早い時期に始めた政府の設置補助が国内市場とメーカーを育て、01年の設備量は一国で世界の46%を占めた。ドイツは04年に高値で買い取る制度を始め、05年に日本を大きく抜いた。07年1年の新規導入量(暫定値)ではスペインも日本を抜いた。 日本は10年度の目標として風力300万キロワット、太陽光発電482万キロワットを掲げているが、06年末でそれぞれ139万キロワット、170万キロワットと達成は難しい。 自然エネルギーを増やす政策は主に二つある。日本や英国は、電力会社に義務量を課すRPS制度(Renewables Portfolio Standard)。義務量は確保されるが、それ以上には伸びにくい。日本の06年度の実績はバイオマス(ごみ発電)が最も多くて44%、次いで風力33%、小型水力14%、太陽光8%となっている。 もう一つは、電力会社が自然エネルギーによる電気を「固定価格で買い取る義務」をもつ制度だ。ドイツやスペインは、これで風力や太陽光を急増させている。 ドイツの太陽光発電の買い取り価格は日本の3倍ほど。その自然エネルギー促進コストは電気料金に薄くのせられて消費者が負担する。電事連によると、家庭の電気料金月額9千円のうち500円(5・5%)を占める。日本でもRPS法を守るためのコストがあり、家庭では月額6300円のうち約30円がその負担分という。(編集委員・竹内敬二) 【風力発電】 ■設備容量全体の国別割合 ドイツ 23.6% 米国 17.9 スペイン 16.1 インド 8.5 中国 6.4 デンマーク 3.3 イタリア 2.9 フランス 2.6 英国 2.5 ポルトガル 2.3 日本 1.5 その他 12.3
■07年に増えた容量の国別割合 米国 26.1 スペイン 17.5 中国 17.2 インド 8.6 ドイツ 8.3 フランス 4.4 イタリア 3.0 ポルトガル 2.2 英国 2.1 カナダ 1.9 日本 0.03 その他 8.6 (新エネルギー・産業技術総合開発機構海外レポートから)
(5月21日付け朝刊32ページ 特集)
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