◇ののちゃん イカを包丁(ほうちょう)で切ったら、真っ黒な汁(しる)が出てきたよ。
◆藤原先生 それは、イカ墨(すみ)というのよ。
◇ののちゃん お習字(しゅうじ)の墨汁(ぼくじゅう)にそっくりだね。
◆先生 よく似(に)てるけど別ものよ。墨汁は、油(あぶら)などを燃(も)やしてできる黒い「すす」が主(おも)な成分(せいぶん)。イカ墨が黒いのは、すすじゃなくて、人間の黒い髪(かみ)と同じ「メラニン色素(しきそ)」のせいよ。
◇ののちゃん それじゃイカ墨で文字は書けないの?
◆先生 イカ墨も、墨汁のかわりに使ったり、木版画(もくはんが)を刷(す)ったりできるわ。ただ、イカ墨は栄養(えいよう)になるたんぱく質(しつ)を多く含(ふく)んでいるから、作品(さくひん)が虫に食べられやすくなるそうよ。
◇ののちゃん イカはどうして墨をもっているの。
◆先生 大きな魚などの敵(てき)に襲(おそ)われたとき、自分の身を守るのに役立(やくだ)てているの。タコも同じ役目の墨をもっているわ。
◇ののちゃん 墨を吐(は)くとどうして身を守れるの?
◆先生 忍術(にんじゅつ)のように敵の目をくらます作戦(さくせん)なの。ただし、イカとタコでは技(わざ)が違(ちが)うわ。例外(れいがい)もあるけど、一般にイカ墨は粘(ねば)り気(け)が強いので、吐き出したあとも黒い塊(かたまり)のままで海中を漂(ただよ)うの。魚などの敵は「もう一匹のイカが現れた」と勘違(かんちが)いするらしくて、このすきに逃(に)げるわけ。いわば「分身(ぶんしん)の術」ね。
◇ののちゃん おもしろいね。タコは?
◆先生 タコの墨は粘り気が少ないので、吐き出すと煙幕(えんまく)のように海中に広がるの。敵が何も見えなくなって困(こま)っているうちに、タコは逃げるのよ。
◇ののちゃん 体のどこに墨をためているの。
◆先生 イカやタコには「墨袋(すみぶくろ)」という器官(きかん)があって、ここで作った墨を体内に取り込んだ海水と混(ま)ぜて、「漏斗(ろうと)」という煙突(えんとつ)みたいな器官から一気に吐き出すのよ。漏斗は口のように見えるけど、本当の口は腕(うで)の真ん中にあるのよ。
◇ののちゃん ふーん。いつも口の先を尖(とが)らせてるのかと思ってた。
◆先生 イカとタコの墨の違いは、味(あじ)にも表れてるわ。イカ墨はスパゲティなど色々な料理(りょうり)に使われるけど、それは、タコの墨に比べてうまみ成分の「アミノ酸(さん)」が30倍前後も多いからなの。タコの墨はおいしくないので、あまり料理には使わないのよ。
◇ののちゃん イカやタコは、みんな墨を吐くの?
◆先生 いいえ、深海(しんかい)にすむタコの中には、墨袋が退化(たいか)したものもいるわ。真(ま)っ暗(くら)な深海では、黒い墨を吐いても意味(いみ)がないでしょ。深海のイカには、墨袋の中に発光細菌(はっこうさいきん)を飼(か)っていて、「光る墨」で敵の目をくらます種類(しゅるい)もいるそうよ。
(取材協力=国立科学博物館室長・窪寺恒己さん、東京海洋大助手・吉江由美子さん、構成=山本智之)
(朝日新聞社発行 3月12日付be)
◇調べてみよう
(1)メラニン色素があるのは髪の毛だけじゃないよ。体のどんなところにあるかな。
(2)イカやタコは「軟体動物(なんたいどうぶつ)」というグループに分類(ぶんるい)されている。軟体動物には、ほかにどんな種類の生き物がいるかな。