現在位置:asahi.com>教育>小中学校>教科SHOW> 記事 中学校の歴史 「仁徳天皇陵」改め「大仙古墳」2008年03月27日 日本で最も規模が大きい古墳といえば「仁徳(にんとく)天皇陵」と習った人も多いはず。この古墳の名称が10年ほど前から、「大仙(だいせん)古墳」などと表記されるようになった。 この古墳は堺市大仙町にあり、宮内庁は現在も「仁徳天皇陵」として管理し、立ち入り調査を認めていない。一方、考古学研究者らは仁徳天皇が埋葬されているか確認されていないとして通常の遺跡と同様、所在地名に由来する「大仙古墳」などと呼ぶようになった。この動きにあわせ東京書籍の表記も変更された。 大仙は前方後円墳で5世紀ごろに造られたらしい。周囲に47基ある百舌鳥(もず)古墳群の中心的な存在。墳丘の長さ486メートル、前方部の幅305メートル、高さ約30メートルあり、当時の技術で造るには16年かかるとの試算もある。 大仙は考古学や歴史学の16学会が宮内庁に立ち入り調査を求めている古墳の一つ。宮内庁は今年、神功(じんぐう)皇后陵とされている「五社神(ごさし)古墳」(奈良市)への立ち入り調査を認めたため、大仙も認められるのでは、という期待が高まっている。 調査が入ったとしても、この古墳が再び仁徳天皇陵と表記されるかどうかはわからない。「この時代、天皇の称号はまだ用いられていないし、宮内庁が指定する人物と被葬者が一致するか、確認されなければならない」(富山大の高橋浩二准教授)という。 |