「勉強するぐらいなら本を読みたい子」
斉藤(35)は、母喜美子の思い通りに育つには育った。だが、読むのは筒井康隆などのSF小説ばかり。喜美子は眉をひそめた。
「なんでダメなの?」
だが、喜美子はうまく説明できない。
反抗にならない反抗期が始まった。「中学に入る前から、母の言葉は聞き流していました」と、斉藤は振り返る。
弁当箱に母がなにかを入れている やきそばパンと牛乳を買う
有名国立中学に入ったと、ほっとしたのもつかの間、学校帰りに友達と雀荘(じゃんそう)へ入り浸るようになった。高校に内部進学したもののファミリーレストランでアルバイトし、小遣いを稼いだらまた遊ぶ。
「まさかそんなことをしているとは、私も家内も知りませんでした。有名中学に入ったし、塾に通わせなくても成績が下がらなかったので安心していた」
弘毅(72)は、家庭は妻に任せ、外の遊びに熱中していた。
おこたから一歩も出ずに「わからん」と言ってのける父になんか負ける
見かねた斉藤が喜美子に言った。
「母さん俳句でもやってみたら」
すると、これまでに見たこともないほど、寂しそうな顔をした。
お母さん母をやめてもいいよって言えば彼女がなくなりそうで
大学受験の直前、事件は起きた。斉藤が「進学しない」と言い出したのだ。
「大学へ行かなくても本は読めるし勉強もできる」
喜美子は絶叫した。弘毅は母子の間にわって入り、「これからの時代は大学にいかなきゃダメだ」と説得した。
母さんがわたしのほうへなんなの、なんだったのと息をした朝
1浪して、有名私大の文学部に入学した。弘毅は、ほっとした。
「大学にいくよう説得したことが、唯一、親らしいことをしてやれたことだと思っています」(敬称略・宮坂麻子)