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卓球選手・石川佳純のお母さん 久美さん:2

7歳の誕生日、卓球人生の「号砲」鳴る

2009年8月11日

写真4歳のお正月、祖父母宅でお祝い

 久美さん(46)の猛練習を見ていた佳純さん(16)が「私にもやらせて」と言ってきたのは、小学1年生の11月、6歳のとき。どうやら、母親を待っている間の塗り絵や縄跳びより、卓球のほうがおもしろそうにみえたらしい。

 そのころ、久美さんは育児と家事でてんてこ舞いの時期だった。佳純さんの妹梨良(りら)さん(12)は2歳で、乳離れするかしないか。久美さんは正直こう思った。

 「困るなぁ、私の練習時間が減ってしまう。苦労してひねり出しているのに」

 久美さんは週に3、4回、近所の中学校の体育館で、夜2時間ほど練習をしていた。しかたなく、その最後の10分ほどを佳純さんのために使うことにした。

    *

 卓球を教え始めて見ると、佳純さんは上手に球をラケットに当てる。間合いというか、タイミングというか、リズミカルなのだ。もっと練習をせがむようになり、10分からどんどん増えていった。

 久美さんは言う。

 「卓球ほど、上達が実感できるスポーツはないのでは。昨日よりラリーが1回多くできる。フォアだけでなく、バックでも打てる。ゲームを1セット取る。遊び感覚なんです」

 子どもに卓球を教えたことがない久美さん自身、佳純さんのレベルが全然わからなかったが、周りから「この子はすごいよ」という声が出始めた。

 卓球仲間から言われた言葉を、久美さんはよく覚えている。

 「お母さん、自分の練習なんか、やっている場合じゃないよ」

    *

 佳純さんが卓球を始めた99年という年は、大先輩の福原愛選手(20)がジュニア卓球界に君臨。5歳で出場した全日本卓球選手権の「バンビの部」(小学校2年生以下)で最年少優勝を飾り、その後すべての部門を制覇していた。

 当然のように佳純さんは00年9月にある全国大会をめざすことになる。だが県から出られるのは上位2人だけ。

 父親の公久さん(46)と久美さんは、佳純さんの7歳の誕生日に赤いユニホームをプレゼントした。それは、佳純さんの卓球人生の「号砲」だった。

 県予選は3カ月後に迫っていた。(石川雅彦)

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