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卓球選手・石川佳純のお母さん 久美さん:4

快進撃もたらした「卓球のおうち」

2009年8月25日

写真小学3年生のとき、完成したばかりの自宅卓球場で、妹の梨良ちゃん(右)と

 世の親は嘆く。

 「どうして、お父さんの悪いとこばかり遺伝したのだろうか」「お母さんのここだけは、似てほしくなかったのに」

 石川家の場合は、結果オーライである。佳純さん(16)の「負けん気」は久美さん(46)譲り、そして父親の公久さん(46)が伝えたのが、「なんとかなるさ」という楽天的な性格である。

 佳純さんが小学3年生、8歳の夏に完成した「卓球のおうち」も、この公久さんのいい意味での「場当たり的」な気楽さがあったからこそ出来上がった。

    *

 6歳から卓球を始め、7歳から本格的に練習に取り組んだ佳純さんには、すぐさま「難題」が持ち上がった。練習場がない。久美さんは、当初は車で1時間ほどかけて山口県防府市のスポーツセンターに通っていたが、だんだんとその往復2時間がもったいなくなってきた。

 そんな時期と、家の建て替えの時期が重なった。公久さんが言い出した。

 「じゃ、自宅を卓球場にしちゃえば」

 「夫はいつも、先のことをあまり考えない。行動してから、考える。大きく出ておいて、そのために努力するんです」

 自宅1階に完成した40畳の卓球場には、2台の卓球台、更衣室、トイレがある。当時の佳純さんの練習は午後7時半から午後9時まで。小学4年生のときには週1回の休みがあったが、5年生になるとなくなってしまった。

 そして佳純さんの快進撃も、「卓球のおうち」とともに始まった。4年生のときは全日本卓球選手権カブの部(小学校4年以下)でベスト16、5年生ではホープスの部(小学校6年以下)でベスト8、そして6年生では優勝である。久美さんに初勝利したのも5年生である。

    *

 公久さんの性格は、佳純さんのゲーム運びにも表れている。久美さんは話す。

 「佳純は、緊張しないんです。全日本選手権などの大舞台でも、まったく普段と同じプレーができる。それに、リードされていても、まるで大差で勝っているように、のびのびと打ってくる」

 公久さんと久美さんが、佳純さんを中学校から大阪に送り出したのも、そんな「イージーゴーイング」な性格だからこそ、であった。(石川雅彦)

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