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作曲家・岩代太郎の父さん 浩一さん:2

夢見つかれば 翼をつけてやるだけ

2011年1月18日

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 「わが校開びゃく以来、才能の無いお子さんです。退学をおすすめします」

 東京都立芸術高校に入学してわずか2週間で、「退学勧告」を受けた。

 同席する太郎(45)の横で、父の浩一(80)は担任に堂々と言った。「息子は英才教育は受けていないが、音楽はたっぷり体内に入っています。それに毎日、喜んで通学しています。入学試験に合格させて下さったのですから、まず教えてください」。だが教師は「今なら間に合います。普通高校へ」と言い張る。

 浩一はさらに反論した。「しかし、生きがいを感じて趣味の向上に励んでいるのですから」。「趣味? この学校はプロの養成を目指しているんです!」。教師は語気荒く言った。浩一は「たとえ趣味でも、親として夢をかなえさせてやりたい」と、音楽への信念を述べた。

 そのとき、職員室にいた声楽の教師が助け舟を出してくれた。「太郎君は、声が良いです。難しい曲でも楽譜の最初と最後で音をちゃんと合わせられます。途中がメチャメチャでも」。結局、温かい先生方の支援で、太郎だけの特別授業を設定してもらい、各科の音楽教師による熱心な個人指導を受けることになった。

 英才教育を施していないとはいえ、父親が作曲家だから、幼いときから太郎の周りにはクラシック音楽があふれていたし、ヘッドホンをつけてカラヤンのまねごともしていた。五線紙の裏に、お絵かきも好きなだけした。家の中はいつも、深夜から朝までミュージシャンたちであふれていた。

 太郎が6歳の時、浩一は「日々、創作による感動が大事だ」と妹眞菜(まな)(42)と一緒に絵画教室に通わせた。幼い頃からピアノの鍵盤を両手でたたき、その和音を両親に聴かせて「これ楽しいね」「これ悲しいね」と喜々として話した。百貨店でわざと迷子になり、慌てる親を見て楽しむといったやんちゃぶりも見せた。

 「ターちゃんにも言わせて!」が口癖だった。楽しく耳を傾ける綾子(73)。太郎は提案好きになっていった。自己主張が高じて、中学ではクラス内への漫画の持ち込み禁止をクラス委員として提案し、級友から猛反発を食らったことも。

 浩一も綾子も、気にしていたのは太郎本人が「何になりたいか」。「子どもが夢さえ見つければ、あとは、翼をつけてやるだけ」と浩一は思っていた。(敬称略・羽毛田弘志)

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