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アーティスト・日比野克彦さんに聞く

だれでも、天才になる機会はある

2011年3月29日

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写真:日比野克彦さん(52)日比野克彦さん(52)

 天才は自分で天才とは言わない。周りの人間が「あいつは天才だ」という。人間の価値観は、世の中とともに移り変わる。だから絶対的な「天才」はいない。

 百年前の天才が、いまの時代に生きていたとして、やっぱり「天才」と呼ばれて活躍できるかというと、違うと思う。逆に、いま能力を評価されていない人間でも、百年前、百年後なら、同じ能力で「天才」と呼ばれるかもしれない。どの時代にも万能な天才はいない。その時代時代にうまく歩調のあった能力を持った人が「天才」と呼ばれるだけのことだ。

 だから、親は「天才を育てよう」じゃなくて、その子の能力を最大限に伸ばし、自分に自信を持てるように育てることがもっとも大切だと思う。

 もう一つ、東日本大震災で思ったんだけれど、日本人のDNAを生かした生き方のできる人間に育てることも、これからの「天才」の要素かもしれない。

 現代の日本では、先端技術的能力があって、ビジネスとしての起業ができて、人々とのコミュニケーションにたけていて……というような人物が流行っぽく注目されてきた。これは明治以降の西洋文明に対する憧れの延長線上のもの。日本人が、西洋人に追いつけ、追い越そうと頑張ってきた姿である。それが日本の近代史。でも、その延長に、これからの日本人のめざすところはもうないと思う。

 停電、節電、電車も動かず、電話もつながらない。その時に忍耐しながらも、自分より被害の大きい人のことを思い、もうひとがんばりできる。周囲の気持ちを想像して、行動できる。日本の長い歴史の中で、噴火や地震や津波や、多くの災害に見舞われてきたからこそ成立してきた人格形成であろう。

 大学で教えていると、能力を持っている人間も見える。でも、その人間が、その能力を発揮できるかどうかは、その人が誰と出会うかであり、人との縁。能力を持っていても、自分を認めてくれる人、自分のことを「天才」と呼んでくれる人と巡り合えるかということである。

 それと、もう一つ。長い時間の尺度で物事を考えられる人間であることが、天才になるベースだ。いまは、だれからも評価されない。でも、いつか必ず自分の時代がやってくる。死んだ後かもしれないけれど、自分のしたことは役に立つ。そう思えれば、どんな時代にあっても、自分の能力を信じ続けることができる。

 情報を自分に巻き付けて、秒刻みで生きていくと、時間の思惑にはまってしまう。いつか自分は死ぬということを受け入れ、どーんとリラックスして、めざす生き方ができるかどうか。それができれば、だれでも、天才になる機会はある。

 昨年は「生物多様性」という言葉がよく使われた。人間も同じ。いまの時代に重宝な能力だけでなく、多様な才能の人が「いつか自分の時代が来る」と思える日本にすることが「天才」を生み出すことにつながる。(聞き手・宮坂麻子)

    ◇

 「心に残る名言集」(下)は、震災のため掲載を見送りました。「天才の育て方」は今回で終了します。

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