「非行を通して見えるもの」の題で講演する藤川洋子教授=兵庫県伊丹市、日置康夫撮影
藤川教授の著作
脳機能の障害から「反省」の難しい子がいる。私たちの理解が必要です。
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6.3%の子どもに発達障害の可能性。支援なく親も苦しんできました。
京都ノートルダム女子大の藤川洋子教授(57)は家庭裁判所の調査官時代、自分の犯したことについて「反省しない」のではなく、脳機能の障害のため「反省することが難しい」子どもたちの存在に気づきました。その子たちが社会に適応するよう支援するためには、発達障害に対する私たちの理解が何より必要だと説きます。
世間では、子どもの犯罪が凶悪化、低年齢化していると受け止められているようですが、誤解です。
犯罪白書によると、20歳未満の殺人(未遂を含む)の検挙人数は40年前までの300〜400人から昨年は65人に激減。校内暴力もピークの83年の2125件から1124件に半減しています。
現場の感覚から言うと、非行の中身も変わりました。
かつては金属バットとかヌンチャクとか、殺傷能力のある凶器を使った集団犯罪だったのが、最近の殺傷事件では単独犯が目立つ。子どもたちが群れなくなったのです。
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データ上、少年非行は落ち着きを見せているのに、世間は「最近の子どもは何を考えているのかわからない」という考えに支配されている。
なぜでしょうか。
90年代以降、暴力団対策法施行や道路交通法改正で、暴走族などアウトローを自認する「ワル」が目に見えていなくなりました。彼らの減少が、一見、犯罪とは結びつかない「ふつう」の子どもたちによる突発事件を際立たせた。私にはそう思えてなりません。
そうした「いきなり型」の犯罪が関心を集める中で、従来の解釈では説明のつかない非行について、新たな要因が浮かび上がってきました。
私は非行の要因を(1)家庭崩壊や被差別体験に伴う社会的要因(2)家庭での虐待、学校でのいじめによる心理的要因(3)脳機能の障害による生物的要因に分類しています。
「ワル」が非行の主役だったころは、要因を(1)(2)で説明してきたのですが、それだけではなぜ非行に走るのか説明の難しい事例が一部にありました。それが(3)、すなわち発達障害=キーワード〈1〉=が関係していることを念頭に置くと、「そうだったのか」と合点がいったのです。
「これをしたら嫌がられるかもしれない」などと、他人の視点を想定した恥ずかしさや恐れを認識できず、思い立ったら強いこだわりを示し、軌道修正がききづらい。そうした特徴を示す発達障害は、脳のある領域の異常のために起きる障害であると、国内外の多くの研究により検証されています。障害ゆえに社会に適応しにくく、不登校や引きこもりの子どもの中にも、発達障害の子が相当いると言われています。
しかし、それが司法や教育界でようやく認知されるようになったのは、90年代の後半からでした。支援の制度の谷間にあった彼らを救おうと発達障害者支援法=キーワード〈2〉=が施行されたのは05年です。
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02年の文部科学省の調査では、小中学校の通常学級の子どもの6・3%が発達障害の可能性があるとされています。相当な割合でいると思われる人たちが、これまで「空気が読めない」「落ち着きがない」といったネガティブな評価のみを下され、支援の手を差し伸べられなかったのです。批判は子育てに悩む親にも向けられ、苦しめてきたのです。
次回は発達障害を抱える子どもたちの支援のあり方について話します。
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藤川洋子(ふじかわ・ようこ) 京都ノートルダム女子大教授。臨床心理士。家庭裁判所調査官として大阪、京都、東京など各地で勤務し、06年から現職。発達障害のひとつ、アスペルガー障害に着目し、少年非行との関連で日本初の研究報告をした。著書に「発達障害と少年非行」(金剛出版)など。
《記者から》
発達障害の子どもと接するとき、してはいけないことを教わりました。「横を向くな」という否定形の命令はだめ。その子はどうしていいかわからず、きょろきょろするばかり。「前を向きなさい」とストレートに伝えるべきだそうです。「何回言ったらわかるんだ」という回答不能な問いかけもだめ。これって、どの親にも通じる戒めではないでしょうか。教えは私の胸に突き刺さりました。否定されたのは、わが子に向けて口にしてきた文言ばかりだったからです。(大出公二)
◆キーワード
<〈1〉発達障害> 自閉症、アスペルガー症候群、注意欠陥多動性障害(ADHD)、学習障害(LD)などの総称。生まれつきの脳機能の障害で、低年齢時から症状が現れる。心の病気ではない。言動などが周囲から異質とみられがちで、いじめなどを受けて心理的ストレスやトラウマを抱える例が少なくない。
<〈2〉発達障害者支援法> 発達障害の早期発見、学校や就労、生活における支援、障害に関する啓発、支援センターの設置など、発達障害者の自立と社会参加に向けた国と自治体の責務を定めた法律。05年施行。乳幼児検診などで障害の可能性があれば専門機関で診断、支援が受けられるようになった。
◇受講のみなさんへ宿題
子どもが人間関係のトラブルを起こしたとき、親の責任はどこまで問われると思いますか。親として悩んだことはありますか。周辺で見聞きしたことでも構いません。具体例を交え500字程度で記してください。
藤川教授によると、子どもの問題行動はその子を取り巻く環境のせいだとして、とりわけ親の責任を問う傾向が日本では強いそうです。答案の一部を1月12日の紙面で紹介する予定です。
◆宿題への投稿は、〒530・8211 朝日新聞大阪本社教育班へ。ファクス(06・6201・3958)、メール(o−syakai2@asahi.com)。住所、氏名、年齢、電話番号を。掲載分は電子メディアに収録します。
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