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慶応大学

学生の満足度高い「アカデミック・スキルズ」

2009年7月15日

写真基礎編の授業

写真応用編の授業

 慶応大学には、学生自ら自由な発想でテーマを選び、教員や仲間と議論しながら論文を完成させる「アカデミック・スキルズ」という授業がある。教員3人に学生は15人程度という密度の濃い関係で、「教養」や「学ぶ技術」を学んでいく。

    ◇

 これまで学生が取り組んだテーマを抜き書きしてみる。

【07年度】
・「わかるけど、わからない」/わかるとはなにか(法・政治1年)
・バカボンのパパはなぜバカでなければならないのか(文1年)
・国際ボランティア再考/すべてはつながっている(文1年)
・魔女はなぜ老婆なのか(法・政治2年)
・失敗学で斬る!医療ミスとその対策(医・1年)

【08年度】
・「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」から辿る匂いと記憶の系譜(法・法律1年)
・シンボルとしてのターミナル/駅の見えない意味〜阪急梅田駅を例に(商1年)
・歌え踊れよブギウギ/笠置にしかできなかったこと(法・政治1年)
・横須賀市民の基地意識(商2年)
・1990年代後半のキティブームを考える(法・法律1年)

 ほかにも、軍事、歴史、家庭、教育、金融など「何でもあり」という。

    ◇

 梅雨のさなか、この「アカデミック・スキル」の授業を見るため慶応日吉キャンパス(横浜市)を訪ねた。

 教員1人に対して、学生は5人程度。三つのグループに分かれて学んでいく。6月24日の基礎編(前期)の授業は、学生が突き詰めたいテーマを論文にするための技術を教員が教えていた。

 お手本になる論文を教員が示す。そのなかで使われている記号はさまざまにある。( )、『 』、〈 〉、「 」。引用する資料の本のタイトルは『 』を使い、とくに強調したい言葉は〈 〉を使う。学生が自分の論文づくりに必要な記号が次々を示されていった。

 別の教員は論文でとくに注意しないといけないこととして、感想文と批評文の違いを文章を示しながら説明した。「客観的、論理的、普遍的なのが批評文」。それだけではない。「冒頭の導入部分がおもしろくないとだれも読まない。このエッセンスは最後に書けばいい」「盗作の意味分かる? コピペ(コピー・アンド・ぺースト)のことだよ。これやると、先生はすぐわかるから。論文で盗作をすると単位は落とす。先生も盗作がわかるとクビ」

 ときにユーモアを交えながら引きつける。2時間の授業は密度が濃い。学生たちは、この授業が終わると、次回から具体的な論文の作成作業に入っていく。

 目の前にいた学生4人にテーマとアカデミック・スキルの授業について聞いてみた。

 「『会話のなかで意味もないことを互いに交換するのはなぜか』というテーマで論文を書くつもり。自分の疑問や表現したいことが授業を受けると具体的にわかってくるのがおもしろい」(文1年)

 「文系大学院のキャリアがあっても、オーバードクターでワーキングプアになる。就職問題とからめて書こうと思っている。論文の書き方、資料の探し方、勉強の仕方を授業で学び、まるで学者の疑似体験をしているようで、普通の学生ではできない。図書館を使いこなすことも覚えたし、自分で成長していけそう」(法2年)

 「フィンランドと日本の学力差がなぜ起きるのか、教育方法や学習指導要領、教科書の違いを小4の時点でみてみたい。友人にアカスキはおもしろいときいたので、受けました。自分で取り組んだことを先生や仲間がきちんと指摘してくれるところがいい」(経1年)

 「ほかの授業と違って、この授業はあいまいにしておくと、必ず突っ込まれる。数字をあげて納得させないといけない。それでも最も楽しみな授業で、刺激を受けて勉強しようという気になる。論文は『日本人の経済に対する意識が低いのはなぜか』というテーマです」(経1年)

 学生に共通するのは、「学ぶ・表現する技術」を学ぶことができる、少人数で教員や学生と話し合いながら学んでいける、論文のテーマが自由なのでふだんの疑問を掘り下げていけること、本格的な論文を提出できること、などだ。

 授業への満足度はかなり高いといえる。

 03年の教養教育の実験授業がきっかけで、「スタディ・スキルズ」と呼んだ時期もあった。本格的にいまの「アカデミック・スキルズ」としてのコースが始まったのは05年から。07年からは「応用編」が加わった。

 現在は、基礎編I(前期)、同II(後期)、応用編III(前期)、同IV(後期)という柱立てになっている。

 対象学年や学部はとくに決めてはいない。基礎編も応用編も20人が定員で、15人を超える学生が学んでいる。内容も、基礎編Iこそ提出論文が4000字だが、ほかは8000字に増えてプレゼンテーションも課されている。

 アカデミック・スキルズを導入した背景について、横山千晶・慶応大学教養研究センター所長(法学部教授)は「入試を受けて入学してきても、リポートをどうかけばいいのか分からない学生が少なくない。書く文章も大学生になると違ってくる。データの使い方や図書館の利用方法などの学習技術を身に付けてもらう必要が出てきた。学生は磨けば光る。自由に学生がテーマを選び、純粋な疑問を考えてみる。『幸せとは何か』『やりがいとは』『人を笑わせるには』。テーマをまとめることによって時間の使い方もわかる。自分がどの方向を向いているのか生き方を見つけることにも通じてきます」と話す。意外に大学には真剣に話し合う場がない。アカスキは、学び合いながら意見を戦わす場にもなっているという。「アカスキを受けた学生は3、4年のゼミでも抜きんでているという評判です。卒業生への追跡調査では、社会人になっても役立ったという人が多かったのです」と横山所長は言う。

 一方で、教える側も学部の垣根を越えて集まってくるので互いにいい刺激になっている。学部によって教え方にも特徴があり、アンケートの質問の作り方や数字による証明方法など、教員が教える手法を学ぶ場にもなっている。

    ◇

 応用編ではどんなことを学生は学んでいるのか。

 応用編を貫くシラバスのテーマは「人文科学知を究める 知の在り方、文学の読み方、歴史の見方の徹底指導」となっている。一流のテキストを読んで、知や言語、思考、人間の営みなどの根源的な問題への深い思考を学生に育むのがねらい。4月9日から始まり、論文の締め切りは7月9日。学生はやはり学部、学年ともさまざまだ。

 6月18日の授業を見ると、ちょうど学生が論文のあらすじをレジュメにして教員や仲間の批評を受けているところだった。

 ある学生は、押井守監督のアニメーション映画「スカイ・クロラ」を論文のテーマに選んだ。この映画は、戦争にかり出され、大人にならない子どもたち「キルドレ」の物語。「もとになった小説のキルドレと映画のキルドレを手がかりにまとめては」「映像としての描き方の分析は必要だろう」などの意見があった。

 また、宮崎駿監督の「風の谷のナウシカ」を取り上げた学生もいた。「登場人物の役割を整理する」「ナウシカの内面描写をまとめる」などの意見が次々と出された。ほかにも、トーマス・マンの「魔の山」の読み解き、「分断期の東ドイツ国民の意識調査から見た東西ドイツ統一の謎」「カンデンスキー」という硬派のテーマもあった。

 まとめようとしている素案についてみんなが意見を言って、教員が指導していく、それも本人の個性を生かして楽しく、授業は進んでいった。

 印象としては基礎編も応用編も基本は同じ。参考文献の探し方では図書館の利用方法を、文章のまとめ方や意見交換では論理性を、テーマ設定では自分の問題意識を、それぞれ確認していくことになる。

 「アカデミック・スキルズ」は、大学教育のなかで、教養教育、初年次教育、学習技術の習得などの分野をうまくまとめたものといえる。効果を上げているとすれば、全学部の必修科目となる日がくるのかもしれない。

 大学は外部評価が義務づけられ、学習効果をどう測るかという問いが盛んになっている。この「アカスキ」も授業の特徴を生かした効果測定、評価がされることを期待したい。

プロフィール

山上浩二郎

山上浩二郎(やまがみ・こうじろう)/朝日新聞編集委員

 愛媛県生まれ。1984年、朝日新聞社入社、横浜、青森支局に勤務。90年から東京社会部。教育班・文部省担当を4年間、2000年から大阪社会部次長、企画報道部次長、論説委員(教育担当)などを経て2005年に東京社会部次長。「子どもを守る」やいじめ問題などのキャンペーンを手がける。2008年4月から編集委員(同)。

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