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千葉大学

「持続可能な福祉社会」に向け、新たな公共拠点目指す

2009年7月31日

写真子どもに大学を開放する「子ども大学」=7月31日、山上写す

写真広井良典教授

写真倉阪秀史教授

 全国の大学から世界に通用するトップクラスの研究拠点を選ぶ、文部科学省の「21世紀COEプログラム」に、千葉大学の研究チームが04年度に選ばれて、今春で研究活動期間の5年を終えた。

 千葉市の千葉大・西千葉キャンパスに研究チームの拠点、公共哲学センターがある。COEにかかわる教職員の意見交換の場で、関係者が入れ替わり机の前で議論をかわす姿が見られた。隣室では、千葉市内で介護や福祉のボランティア活動をするNPOなどが曜日ごとに活動をする。研究と市民活動の融合というコンセプトがわかる。

 チームの名称は「持続可能な福祉社会に向けた公共研究」。社会保障と環境問題を調和させながら長期にわたって存続できる社会像「定常型社会」を示しながら、併せて市民が大学にかかわることで新たな公共拠点になることを目指した。この活動から、理念的には公共哲学という考え方が具体的に発展し、市民との対話も深まっている。

 研究班のリーダーは広井良典・法経学部教授(社会保障論、公共政策)で、ほかに小林正弥・同(政治哲学)、倉阪秀史・同(環境政策)らが活動してきた。

 このCOEのねらいを広井氏にきいた。

 まず、プロジェクトの目的は、「持続可能な福祉社会」という社会を理念、具体的な政策とともに構想して、社会に示すことだった。具体的にいえば、環境、福祉、経済というバランスのとれた社会を目指すことで、高度経済成長以来、肥大化してきた経済だけでなく、社会のリスク要因を低くしていくために人間に必要な福祉や環境とも連携することに研究の力点が置かれている。

 もう一つ、研究の重要な視点は、公・共・私の役割分担を考えることだった。広井氏は、このうち、「共」の原理は、地域レベルでは足下のコミュニティーが原型となり、国家レベルでは大きな共同体の国家というコミュニティー、地球規模(グローバル)レベルでは新たな「地球共同体」という考え方を提示した。「公」の原理は富の再分配をする政府の位置付けとして、地域では地方政府(自治体)、国家では公共性の担い手としての中央政府、地球規模では福祉を行き渡らせる世界政府の構築を考えた。最後に、「私」(市場)の分野では、地域だと地域経済のことを意味し、国家レベルだと国内市場のことを、地球規模だと世界市場と各レベルに応じて役割を規定した。

 この考え方を基軸に今後の社会のあり方や政策を考えることが必要と広井氏は考えている。たとえば、伝統的なコミュニティーが中心の農村社会の段階から、会社中心の社会に移り、核家族化が始まる。現在の日本社会のように、都市化のなかで、個人がばらばらになっていくときにどうつないでいくかが、持続可能な福祉社会をつくるうえで、重要なポイントとなるということだ。

 広井氏は「日本は市場などの『私』の領域は力をもっていた。一方で、経済成長のための政府の介入という意味での『公』は強かったが、富の再配分としての社会保障は弱かった。個人が共同体に埋没するようなムラ社会ではなく、独立した上でつながるという都市型コミュニティーが成立していくことが最大の課題だ。この場合、個人が外との関係をもつ中間集団が必要になるが、この集団とはたとえばNPOや市民団体のことで、『私』と『公』をつなぐ『共』がこれからのコミュニティーの中心になるのではないか」と言う。

 研究チームが示した理念をもとに、プロジェクトでは、政策研究だけでなく、新たな公共づくりという視点から、大学が拠点となる地域連携も姿を見せ始めた。

 「大学発・若者仕事おこし 大学・NPO地域連携プロジェクト」として、08年8月にはコミュニティーの中心としての大学として子どもに大学を開放する「子ども大学」を始めている。

 今年は7月31日に開かれた。「いえ」「かぞく」「まち」などの講義のほか、学生とのまち探索などもあった。千葉市内の会場には小学生が100人近く集まった。最初に「いえ」を講義した木下勇・千葉大学教授(都市計画学)は「いまの街は子どもの好奇心や遊びを刺激する場が少なくなってきている。大学の専門家が子ども向けにやさしく教えるのは大変だが、大学が新たな公共を担う意味がある催し。ドイツでも盛んに行われている」と話す。木下教授の話を聞いていた小5男子は「アニメキャラクターを使い、わかりやすく説明してくれた」、小6女子は「呼びかけるように話しかけてもらい、親しみがもてた」と話していた。

 昨年は、大学そのもので開かれた。このときの報告をもとに、もっと詳しく見てみよう。

 一面的な大学見学や開放とは異なるのが特徴だ。大げさに言えば、子どもがこれからの人生のなかで暮らす、住まう視点でコミュニティーを考える経験の場を提供することが目的だ。さらに街づくりや大学を核としたコミュニティーの形成、世代間交流も想定した。

 プログラムは多彩だ。40分の講義がいくつか用意された。

 「なぜ環境を守るのか 温暖化ってなんだろう」
 「なぜ友愛が必要なのか 地球人の哲学」
 「なぜ投票するのか 民主主義はなんだろう」
 「子ども・大人・老人 人間の一生ってなんだろう」
 「なぜ、ヒトは、人になったのか」

 大人でも聞きたくなる講義だ。

 このあとには、千葉大学探検・体験ツアーとして、ゼミ体験、研究室訪問。対象は千葉市内の小学4〜6年の100人。

 参加は小学生だけではない。大学からも学生を含めてスタッフ約100人が参加した。探検などのフィールドワークでは学生が子どもを引率したほか、8人の子どもに2人の学生がついて子どもを案内した。

 公共研究センターの研究協力員、田村光子さんの報告では、学生が加わった意味は大きく、子どものいる空間を和やかにしていた。教授や研究員では受け止めることができなかった疑問などを学生が受け止めたという。長い時間、学生が子どもとふれ合うことを通じて、これまでなじみの薄かった大学の研究や施設、スタッフに触れて、「いままでより千葉大が好きになった」という声を耳にしたという。

 地域と大学、教員と学生と子ども、これらのお互いの交流が新たな大学の存在意義を確認させたといえる。これは都会のなかでの新たな公共空間づくりという意味でも、大学が「持続可能な福祉社会としての拠点」になりうる可能性を示した。

 このCOEの一環では、「永続地帯」という新たな考え方が、倉阪氏から提案されている。

 ある区域で得られる再生可能な資源によって、その区域でのエネルギーと食糧の需要のすべてをまかなうことができる地帯を「永続地帯」と名付ける。実際に、その区域で自給自足を進めるという意味ではなく、潜在的な永続可能性をエネルギーと食糧でみるという試みである。

 たとえば、再生可能な自然エネルギーを利用した発電設備としては、太陽光、風力、地熱、小水力(ダムではない)などがある。現在の発電量を倉阪氏が推計したところ、小水力発電が日本の再生可能な自然エネルギー電力の約6割をしめて、他を引き離していた。

 都道府県でみると、大分、秋田、富山、岩手が民生用電力需要の15%以上を再生可能な自然エネルギーによって供給していたことがわかった。市町村別では62が民生用エネルギー需要の100%以上を自然エネルギーで賄うエネルギー永続地帯だった。

 この研究をもとに倉阪氏は小水力発電など日本に適した自然エネルギーに注目すべきだと指摘する。また食糧の自給率も合わせて永続地帯の具体化を進め、地方自治体が主体的に永続地帯を目指せるようにすべきだと提言する。永続地帯は地方に多く、都市部に少ない。国際的にみても、人口が少なく、従来は未発展・低開発とされてきた地域を、持続可能性から先進的と評価し直すことが可能とみている。

 倉阪氏の発想は一気に都市と地方の機能性を変える可能性をもっている。これも持続可能な社会づくりに貢献しそうだ。

 倉阪氏は一方で、市民の政策づくりへの参加という観点から、法案作成講座というユニークな学習機会を設けている。05年度から毎年11月に4回にわたって参加者と議論しながら1法案ずつ作成し、参加者に法案の作成方法を教えてきた。1回目は、容器包装リサイクル法案。次に、環境アセスメント法改正案、化学物質政策基本法案。08年度は再生可能エネルギーの導入の促進に関する法案。法案は、参加する市民が主体的にアイデアを出してつくられる。作成された法案のなかには、関係する市民団体がその実現に向けて運動を始めたものもある。

 倉阪氏は、環境庁に勤務していたころに、環境基本法案の作成にもかかわった。「意外に簡単に法案はつくることが可能です。市民が法案をつくることが社会参加にもつながる」と話している。

 ここでは紹介できないが、千葉大COEの活動はこれだけではない。プロジェクトの理念を説明すれば、以下のようになる。

 これからは、経済成長を前提にする社会ではなく、持続可能な、永続的な、循環型の社会に変えていくために新たな公共のあり方を提言し、一般市民にも積極的に参加を求める社会になる。

 そんな新たな社会づくりの理念として注目したいプロジェクトである。

プロフィール

山上浩二郎

山上浩二郎(やまがみ・こうじろう)/朝日新聞編集委員

 愛媛県生まれ。1984年、朝日新聞社入社、横浜、青森支局に勤務。90年から東京社会部。教育班・文部省担当を4年間、2000年から大阪社会部次長、企画報道部次長、論説委員(教育担当)などを経て2005年に東京社会部次長。「子どもを守る」やいじめ問題などのキャンペーンを手がける。2008年4月から編集委員(同)。

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