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桜美林大学

学びの礎を築こう

2009年11月27日

写真井下千以子教授

 大幅なカリキュラム改革をして07年度からリベラルアーツ学群を発足させた桜美林大学(東京都町田市)。なかでも、学びの基礎を担当する基盤教育院は、「建学の精神」「理解力と表現力を高める」「学問の意義と学び方を学ぶ」「視野を広げて行動力を磨く」の4つの柱がプログラムを貫いている。コミュニケーションや外国語能力などをみっちりと学んでもらい、専門分野につなげようという試みである。この基盤教育院も含めたリベラルアーツ群の学びのプロセスを訪ねた。

 11月26日、アカデミックキャリアガイダンス・ディレクターの井下千以子(いのした・ちいこ)教授による心理学の授業。テーマは「職業選択におけるアイデンティティーの変容について、ビデオを観て考えよう」と名づけられていた。2年生ら約90人が受けた。

 授業では、就職活動のビデオが映し出された。

 ある国立大学の女子学生が有名企業を中心に会社回りを続ける。なぜ有名企業を回るのかときかれ、女子学生は「安定した人生をつかむため。将来が約束されている」と答える。しかし、一つも内定が得られず、女子学生は悩む。「ボランティアもせず、資格も取らずに実績もあげてこなかった。部活動で力を注いだチアリーディングは役立たない」。実家は、不況にあえぐ町工場。父親から工場を継いでほしいと言われる。そのころ、先輩に悩みを打ち明けると、本当に自分が何をやりたいのかきかれ、「身近な人から元気にしたい」という考えに至った。有名企業回りをやめて、町工場の支援をする中小のベンチャー企業に照準を合わせた。「会社を選んでもらうのではなく、自分のやりたいことをする」と、自分の職業選択の考え方が変わったことに気づく。ビデオはもう一人の東大の男子学生の就職活動を映す。アメリカの公認会計士になる目標をたて、早くから就職の準備をして、次々と内定を得て、その中から選ぶつもりで、「楽しく就職活動をやっている」と男子学生は話す。

 ビデオが終わると、井下教授はマイクをもって教室を回った。「女子学生はなぜ挫折感を感じたのか」「大学生活をどう振り返っていたのか」「なぜ、最後は考え方が変わったのか」。そうきくと、学生が次々と答えた。そのあとで、ワークシートを配り、「女子学生と男子学生の職業選択の違いはどこか」「なぜ女子学生は挫折感を抱いたのか」「何が有名企業志向だった女子学生の価値観を変化させたのか」「女子学生と男子学生を比べて、自分と照らして考えましょう」という問いに、学生が書き込み、互いに討論した。

 井下教授によると、心理学では、4つのアイデンティティーの地位があるという。危機を経験したあとの「達成」、危機を経験しない「早期達成」、方向性を定めていない「拡散」、「モラトリアム」。そのカテゴリーにビデオの女子学生と男子学生をあてはめるとどうなるのかも学生に発表させていた。

 授業の感想を学生にきくと、2年の女子は「マイクで先生がきいてくるので、自分も授業に参加しているという積極的な気持ちになる。ビデオもためになる」と話した。別の2年の女子は「いずれ自分も就職活動するので参考になる。私はビデオに出てくる女子学生のタイプだと思う」と話した。

 授業のねらいについて、井下教授は「発達心理学をもとに、他者との関係で自分に照らし合わせて考える。知識の再構造化と呼んでいますが、アイデンティティーのカテゴリーが自己形成でどんな意味をもつのか確認してほしい。自分の問題として考えることが、他者の自己実現を考えることにもなる」と語る。

 専門分野の授業ではあるが、専門の知識を教えるのではない。専門的な要素・知識をもとに、自分と向き合い、自分を相対化して、生きていく意味を見つけるということにつながってくる。初年次教育でも、学習技術の習得で終わらせずに、それに続く専門も含めて自分の中で、知識を獲得(再構造化)するという意味で、専門分野を生かした高度な教養教育といってもいい。さらに、このテーマは就職を扱っている。キャリア教育や、大学教育と職業の関係をも考えさせる構成になっている。

 桜美林大学のリベラルアーツ学群ではとくに18言語プログラムを用意している「外国語」に定評があるが、基盤教育院のプログラムのなかでは選択必修の「大学での学びと経験」という授業も井下教授が受け持っている。ここでは、「自分を見つめる」「仲間を理解する」「批判的に考える」「表現する」という4つの学びの礎を育むことがねらいだが、大きくいえば、他人と関係づけながら自分を統括する力をつけることを目標にしている。この授業でも専門の心理学の考え方が生かされている。

 その基盤教育院が発足したのは07年。「学生一人ひとりが主体的な学びを可能にする基盤を身につけるための教育を施す」場という位置づけだ。この理念に基づき、大学生活に入る前の入学生に学問する態度を養う「ブリッジ・カレッジ」が設けられた。AO入試や推薦入試で合格した学生を対象に、「ガイダンス」「英語コミュニケーション」「学問の世界へようこそ」の3つのプログラムを編成している。2〜3月に、2日間で、どんな学問があるのかをわかりやすく教える。「主体的に考える、問いがある、発見がある、仲間を知る、楽しい」という視点を盛り込むように基盤教育院の教員が教えている。

 井下教授は4年間の学士課程を通して、「書く力」「考える力」の重要性を強調する。著書の「大学における書く力考える力 認知心理学の知見をもとに」(東信堂)からみてみよう。

 《書くという行為を通して、自分は何に関心があるのかを考え、自分が明らかにしたいことあるいは明らかにしたことは何かとか、自分が伝えたいことや主張したいことは何かなど、「知識を自分に引き寄せて意味づけし直し、学んだこと学んでいることを自分のことばでいかに表現できるか」というところにねらいがある。なぜなら、そこにこそ「大学での学び」の本質があると考えるからである》

 そのためには、書くだけでなく、議論を深めて、再び書いて議論することも必要になる。しかも、4年間のプログラムを意識すると、専門分野を生かしつつ、教養も加えて、常に学びと教えを見直すことが重要になってくる。井下教授は「4年間を通したプログラムデザインは転換点を迎えている。専門分野(ディシプリン)と教養が発展のカギ」と話す。

 大学教育の質保証とは、結局は日常的なカリキュラムや教員と学生の関係のやりとりの中で高めることそのものといえる。桜美林大学に芽生えたリベラルアーツ学群の取り組みは今後、どう維持発展していくか見守りたい。

プロフィール

山上浩二郎

山上浩二郎(やまがみ・こうじろう)/朝日新聞編集委員

 愛媛県生まれ。1984年、朝日新聞社入社、横浜、青森支局に勤務。90年から東京社会部。教育班・文部省担当を4年間、2000年から大阪社会部次長、企画報道部次長、論説委員(教育担当)などを経て2005年に東京社会部次長。「子どもを守る」やいじめ問題などのキャンペーンを手がける。2008年4月から編集委員(同)。

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