国語のチカラ ~読解力アップの教科書~

「普通はこう読む」という力をつけるための学習法(1)

2019.04.25

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南雲 ゆりか
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前回、中学入試の国語では、「普通はこう読む」力が問われていると、ご説明しました。それは、どんな力なのか? 南雲国語教室での子どもたちとのやりとりをご紹介しながら、まずは、イメージをお伝えしたいと思います。
5年生の授業のときのことです。次のような例文を使って「心情語(気持ちを表す言葉)」を考えてもらいました。

南雲さん4月26日

文章を読むには、自分の知識や経験と照合しながら行間を埋め、情報を整理していきます。そのため、主観を0%にすることはできません。それでも、文章読解ではできるだけ主観を排除して「客観読み」をすることが求められます

生徒Cは、「自分だったらどう思うか」を尺度にしてしまっています。「自分」が前面に出てしまうと、本文に書いてあることが二の次になってしまい、いつのまにか自分流の話ができあがってしまいます。

私が小学校の教員だったころ、国語の指導書に「自分だったらどう思うかを発表させる」などと書かれていましたが、これは「自分の考えを発表する学習」であって、書いてあることを客観的に読む学習ではありません。

生徒Aはどうでしょうか。文章を読むうえでのいろいろな「約束事」が、まだ十分に身についていないといえるでしょう。 

そのときの心情や雰囲気によって食べ物の味が違って感じられることは、物語のみならず、日常でも起こりうる、いわば「常識」のようなものです。

また、傍線部が「お母さんにうそをついたことで生じた心情」の間接表現であることに気づいていなかった可能性があります。あるいは気づいていたとしても、その心情をなんと表現すればいいのか語彙がなかったのかもしれません。

国語でいうところの「論理力」とは 

生徒Bは、本が大好きで、かなりよく読んでいます。「お母さんにうそをついた」→だから、「罪悪感を覚えた」→だから、「お菓子がおいしく感じられなかった」という筋道をすぐに立てることができました。こういう力が、国語でいうところの「論理力」です

ちなみに、金子みすゞの詩「お菓子」という作品には、この例文と同じような心情がうたわれています。また、こうしたパターンを知っていれば、うしろめたい心情ゆえに、「遊んでいてもつまらない」「授業に身が入らない」など、いろいろな間接表現に応用がききます。

次回は、「普通はこう読む」力をつけるための、家庭でできるサポートをご紹介します。

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