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外務省専門職員の採用数トップ 東京外国語大の人材育成の秘密
2019.09.25

外交官のなかで、対象地域の言語・文化や経済・条約等のスペシャリストである「外務省専門職員」。外務省が独自に実施する試験を経て採用される。その採用者数がもっとも多いのが、東京外国語大(東京都府中市)だ。(撮影/朝日新聞出版写真部・小黒冴夏)
専攻言語を28言語から選択
48人中17人。外務省専門職員の採用者数に占める、東京外国語大出身者の数は圧倒的だ。「本学の学生は、間違いなく外務省がぜひほしいと考える人材です」と、松隈潤副学長は自信をもって語る。
1次試験は必須科目の国際法、選択科目の憲法または経済学に加え、基礎能力試験、時事論文、記述式外国語試験。それを通過すると、2次試験では面接式外国語試験、個別面接、グループ討議などが行われる。外務省専門調査員として働いた経験をもつ松隈副学長は、専門職員の選考基準について次のように分析する。
「まずは高い語学力を有することが要求されます。そして、文化や宗教など多様な社会的背景をもち、価値観も異なる人々と交渉できるコミュニケーション能力や総合的な資質が問われます」
同大では専攻言語を28言語から選べる。なかにはチェコ語、ポーランド語、ラオス語、ベンガル語といった他大学では学ぶことが難しい言語もある。1、2年次は英語と専攻言語を徹底的に学ぶ。
「専門職員採用後も語学研修はありますが、基礎から勉強する人とは伸び方が違います。しかも、外務省の語学研修所では本学の教員が教えているケースも多いので、大学で学んだ先生に引き続き教わることもめずらしくありません」(松隈副学長)
また、世界中に200校以上の協定校を有し、留学制度も充実。1年以上の長期留学をする学生も多い。学生時代に語学だけでなく、各地域の文化や社会、歴史、政治、経済への理解を深めた経験が、採用試験でも評価されるのだろう。

OB・OG外交官も母校を訪問
外交官をはじめ公務員をめざす学生向けには、「外務省等公務員試験プログラム」も実施している。外交実務経験者が個別面接やグループ討議の対策を指導。さらに授業以外でも、OB・OGを含む大使や現役外交官が頻繁に大学を訪問し、学生たちにアドバイスを行う。
外務省主催の「外交講座」も年2~3回、キャンパス内で開催されている。OB・OGを中心とした若手職員が派遣され、自身のキャリアはもちろん、国際情勢についても講演。朝鮮半島担当者による北朝鮮の核開発問題、アメリカ担当者によるトランプ政権分析、中国担当者による尖閣諸島問題など、最前線から語られる外交のリアルは刺激的だ。
試験対策のみならず、国益と国際社会のために働く“気概”を目の当たりにし、仕事の内容を具体的にイメージできる。あまたの外交官が生まれる秘密がここにある。
国際機関の実像を知る
外務省職員として国際平和に貢献したい――。そう考える学生の多くは、国連をはじめとした国際機関も就職先の選択肢になる。そうしたグローバルな志をもつ学生を対象に、夏学期中に行われる5日間の集中講義が「国際機構論」だ。
講師は、同大大学院博士課程の出身者である、農林水産省国際交渉官の横井幸生さん。環境省、JICA(国際協力機構)、JETRO(日本貿易振興機構)、OECD(経済協力開発機構)への出向を経て、FAO(国連食糧農業機関)ローマ本部の国際植物防疫条約事務局長を務めた、幅広い経験をもつ。

「国際機関で働きたいと憧れる人は多いですが、実際どんなところなのかは働いた経験がないとわかりません。どんな仕事をしているのか、どんなスキルがあると役立つのか。そういった実像を伝えることがこの講義のミッションです」(横井さん)
講義はすべて英語で行われ、受講生は8人。GATT(関税貿易一般協定)の条文読解、貿易をめぐる国際会議のシミュレーション、ビデオチャットを通じたFAO本部職員へのインタビューのほか、実際に国際機関の求人に対して応募書類を作成するなど、実践的かつ高度な内容だ。
一方で、学生たちが発言しやすいように、ジョークを交え、リラックスした雰囲気づくりを忘れない。
「学生たちには外国語の学習だけでなく、いろいろな意味でコミュニケーション上手になってもらいたい。国際的な交渉では、嫌な顔をしている相手を少しでも味方に近づけられないかと戦略を立て続けることになります。人と近くなる練習が大切です」と、横井さんは語る。

世界に羽ばたく将来が身近に感じられる
学生の具体的な進路相談に応じることもある。たとえば、国際機関の正規職員として働くには、直接個人で応募するルート以外にも、国家公務員として国際機関に派遣されるルートや、一般企業で職務経験を積んだ後に外務省による派遣制度を利用するルートなどもある。それぞれのメリット、デメリットはなにか。自身の経験から知りえた情報を駆使し、具体的に答える。
国際機構論を受講した国際社会学部3年のエスプリン礼允仁さんは、「未来へのビジョンが鮮明になった」と言う。
「授業で国際機関の求人に応募する体験をすることで、数年後に応募する時は誰に推薦文を書いてもらおうかなと現実的にイメージできました。発展途上国の生活向上に寄与するのが夢。横井先生とお話しするなかで、経済協力には政治的な側面があるが、理想論だけでなく現実とも折り合いをつけつつ、挑戦してみたいと思いました」(エスプリンさん)
外務省や国際機関の職員として、世界に羽ばたく。その将来像を身近に感じられる環境が整っている。

メモ
東京外国語大学 1857年設立の蕃書調所が起源。1873年発足の東京外国語学校を前身とし、1949年、学制改革により東京外国語大学となる。本部所在地は東京都府中市。学部学生数3880人、大学院生数534人(2019年5月1日現在)。学部は言語文化学部、国際社会学部、国際日本学部の3学部。日本で唯一の国立外国語大学である。

<コラム> 国家公務員はどのように採用されるのか。大学卒では総合職、一般職に分かれ、各省庁で働く。総合職は幹部候補生として政策の企画、立案を担当する。いわゆるキャリア官僚だ。一般職は政策の運営、遂行を担う。いずれの試験も難関で、多くの大学で公務員試験対策講座が設置されている。このほか外交官には、高い語学力や専門知識を武器にスペシャリストとしての活躍が期待される専門職があり、外務省独自の試験によって採用される。