『ドラゴン桜2』桜木建二が教える 2020教育改革

福岡伸一さんが語る理科の暗記物の攻略法 フェルメールと科学の不思議な関係

2020.01.06

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桜木 建二
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前回、「理系の研究分野において、その知を特徴付けているのは、数学ではなく、『理科』であること」や、「数学が苦手だからといって理系の進路を諦めることはない」というお話を、生物学者の福岡伸一さんに聞いた。今回も引き続き、「理科のおもしろさ」について語ってもらうぞ!

「自分」を探究するのが生物学の基本

桜木:長年にわたって生物学を研究してきた福岡さんに、さらに、「理科のすすめ」を大いに語ってもらおうではないか。

福岡:はい。

理科、とくに生物学を学ぶというのは、本当におもしろいことなんです。

人がなぜ脈々と、時代を超えて理科を研究してきたのかといえば、私たちを取り巻く世界、すなわち自然の成り立ちを知りたいからです。自然というと夏休みに行く海や山を思い浮かべるかもしれないですね。それらはもちろん大自然ですが、そんな遠出をしなくたって、じつはだれの近くにも自然は存在します。私たちに最も身近な自然は、私たちの身体です。

自分がいつ生まれていつ死ぬかは、だれにもコントロールできませんよね。いつどんな病気になるかもわかりません。考えてみれば私たちの身体や生命は、自分ではまったく予期せぬかたちで、勝手に動きうごめくものとしてそこにあります。

そんなすぐそばにある自然のうごめきの、しくみや理由をよりよく理解するために、私たち人間は、勉強や研究を重ねています。生物学というのは、人が生きているとはどういうことかという「生命観」を明らかにするもの。

自分自身のことをもっと知るために、この学問はあるのだといえます。

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「ドラゴン桜」パート1から (C)三田紀房/コルク

桜木:自分の身体を省みれば、それが自然をとらえることになり、生物学の探究にもつながるというわけだ。そう考えれば楽しそうではあるのだが、実際のところはいざ理科の勉強をするとなれば、あれこれ細かいことを覚えなくてはいけない。とくに生物は、暗記しなければいけないことが、やたらたくさんある印象なのだが……。

福岡:そうですね。まずは学問への入口として、用語などを頭に入れる必要がどうしても出てきます。そこは基礎トレーニングとして、なんとか取り組んでいただくしかありません。

教科書には最低限覚えるべきことが書いてある

桜木:うむ。

福岡:生命を理解するために人がしてきたのは、基本的にたったひとつのこと。それは、分解です。ラジオのしくみを知るには分解してみるのがいちばんわかりやすいでしょう。それと同じように、生命も細かいパーツに分ければしくみがわかるはずだと人間は考えてきました。

それで細かく観察していくと、人間はどうやら無数の細胞が集まってできているとわかった。細胞の内部をさらに詳しく見てみると、たんぱく質や遺伝子、DNAといった要素でできているらしい。DNAのかたちはどうか。どうやら二重螺旋構造をしている……などなど。分解して調べるというアプローチは、近代科学の始まった17世紀あたりからずっと、積み重ねられてきました。

そうした手法によって明らかになった成果が、教科書にはまとめて書いてあり、私たちはそれらを覚えさせられてきたわけです。生物の教科書には、生命にかかわる部品の名前がカタログみたいに羅列してあって、ひと通りそれを覚えなくちゃいけないことになっています。

桜木:何事も基礎は大切だから、年代に応じた教科書レベルの内容は、マメに覚えていくしかなさそうだな。ただ、そうはいっても、理科の用語はミトコンドリアだとか何だとか、覚えづらくてややこしいものが多いし、無味乾燥に思える面もある。

基礎を覚えるにあたって、何かいい方法はないものだろうか。

福岡:ひとつあります。用語を無理やり覚えようとするのではなくて、生物学そのものの歴史を知ろうとすればいいんです。

理科を得意にしたいなら、科学史を学べ

桜木:どういうことだろうか。

福岡:だれかのことをよく知ろうとしたら、その人が過ごしてきた過去を教えてもらうとわかりやすいですよね。学問も同じ。その分野のことをしっかり学ぶには、学問としての足跡をたどるとわかりやすくなります。科学の歴史、すなわち科学史をひもとくのです。

たとえばミトコンドリアは、教科書的な説明でいうと細胞の中にある小器官で、細胞内の呼吸を司っているということになります。これを生物学史的に見ていくと、ちがう姿が浮かび上がります。

そもそも人はミトコンドリアなどという存在を、かつてはまったく知りませんでした。いまから100年ほど前のこと、研究者が細胞を顕微鏡でのぞいてみると、細胞内に糸くずみたいなものが散らばっているのを見つけた。

でも糸のように見えたのは、細胞の断面を観察していたから。断面を脳内で3D化して立体的にとらえてみたところ、どうやらこの糸には厚みがあり、きしめんみたいなかたちをしていると判明しました。

それでもしばらくは、なぜ細胞内にきしめんがあるのかは謎のまま。ですが多くの人が考えを尽くした結果、これは細胞内の狭い空間に多くの面積を持つ何ものかを収めるため、折り畳まれて巧妙に収納されているのだろうとされました。

では細胞内で折り畳まれたものは、いったい何をしているのか。解明のために、きしめんの上に載っているものをつぶさに調べる人が現れた。するとそこには、酵素という化学反応を司るたんぱく質分が、順序正しく並んでいるとわかりました。私たちが摂取した栄養素を効率よく分解し、エネルギーに変える生産ラインが、きしめん上には並んでいたのです。そこは生命がエネルギーを生み出す工場だったということですね。

桜木:そうか、こうして時間軸に沿って、知識が積み重ねられてきた歴史をたどると、ミトコンドリアがどういうものかよく理解できるな。教科書でいきなり「ミトコンドリアとは」と定義だけ教えるのとは、記憶に定着する深さがまったくちがってきそうだ。

個人や民族の過去をたどる歴史はそれ自体がひとつの教科を成しているが、理科にだって歴史はある。科学史は、これからもっと注目されるべき存在だな。何かを知ろうと思ったら、その学問がどう展開してきたか足跡を追っていくと、深い理解にいざなわれるものだぞ。

福岡さんの話にはご自身の手がける生物学への愛情に満ちているが、ときに、福岡さんは理科の勉強にどう取り組んできたのだろう。理科の成績がよかったであろうことは予想できるのだが、特別な勉強法でもあったのか。

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「ドラゴン桜」パート1から(C)三田紀房/コルク

好きなことを学ぶと「人生の宝物」になる

福岡:小さいころは、いえ、いまだって何ら変わりませんが、とにかく虫が大好きでした。ときは昭和の時代で、インターネットもスマホもありませんから、蝶の標本ひとつつくるにも、図鑑で調べたり、あれこれ本を読んだりしなければいけませんでした。それが自然と理科の勉強になっていたところはありますね。

ですから、理科の勉強でさほど苦労したことはありません。好きこそものの上手なれという言葉の通り、対象に関心を持ってみずから探索していくと、勉強は楽しくなるものです。

桜木:学びの対象になるものは、学校の教科にあてはまらないものだって、いっこうにかまわないということだろうか。

福岡:好きなことがあるのなら、いろんな角度から調べ続けていくといいですね。そのうちそれが人生の宝物になっていくことでしょう。

たとえば大好きな小説があるとする。なぜ自分がその小説にそれほど「ハマる」のか考察を深めてみる。または著者はどういう人なのか、詳しく調べてみる。どこに住んでいたのかわかるなら、その土地に行ってみるのもいい。そこからまたいろんな発見が生まれますよ。

自分のひかれるものをよくよく観察し、どこにおもしろさを感じているかを考え、そこを手がかりにものごとを探究していくと、芋づる式にいろんな学びを得ることができるはずです。

桜木:うーむ。奥が深いぞ。

「学び」は無限に広がっていく

福岡:自分の経験からいいますと、私はかねて17世紀の画家フェルメールという画家が大好きです。すべての作品を観にいく旅を長らく続けてきました。このフェルメールという「夢中になれる対象」との出合いは、小学生のときでした。

先ほど述べた通り虫が大好きだった私は、その虫を観察するための顕微鏡にもたいへん興味を持っていました。そこで顕微鏡の歴史をたどっていましたら、17世紀にオランダで活躍したアマチュア科学者・レーウェンフックという人に行きあたりました。

その人の生きた時代をさらに調べていると、同じ町にはフェルメールという画家も住んでいたという。そうか、こんな人もいたのかと認識はしたものの、そのことはすぐに忘れてしまっていました。

のちになって米国へ留学していたとき、美術館へ足をのばしてみると、実物のフェルメール作品と出合えました。小さくて写実的な絵の画面から科学者的な視点が感じられて、強くひかれました。聞けばフェルメール作品は世界に37点しか現存しないという。まあ諸説ありますが。ともかくこれは全部観てみたい。世界中を訪ね歩こうと決意を固めました。37というのは素数ですしね。そういうところにもつい、美しさと宿命を感じてしまうんです。

20年ほどかけて全点を見て回りました。フェルメールは知れば知るほど謎が深まっていく不思議な存在です。いまだ魅せられ続けていますが、こんな楽しみだって、小さいころのちょっとした興味・関心を持続してきた結果ということになりますね。

桜木:みずから学び続けることが、福岡さんの人生をつくり、彩ってきたことがよくわかる話だ。その姿勢から感じ取れることは、たくさんありそうだ。

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(ライター・山内 宏泰)

※この連載の最新版は、LINE NEWS「朝日こども新聞」(月、水、金 8:30配信)で読めます。

160x宝槻泰伸さん

話を伺った人

福岡伸一さん

ふくおか・しんいち 1959年9月29日、東京都生まれ。生物学者。青山学院大学総合文化政策学部教授。京都大学大学院で学んだ後、米国・ロックフェラー大学、同・ハーバード大学で研究活動をおこなう。京都大学などで教鞭を執り、現職。おもな著書に、『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)、『動的平衡』(木楽舎)などがある。写真は©阿部雄介

『ドラゴン桜2』
作者は、漫画家・三田紀房さん。中堅校に成長したが、再び落ちぶれつつある龍山高校が舞台。弁護士・桜木建二が生徒たちを東大に合格させるべく、熱血指導するさまを描く。教育関係者らへの取材をもとに、実用的な受験テクニックや勉強法をふんだんに紹介している。雑誌「モーニング」(講談社)や「ドラゴン桜公式マガジン」(note)で連載中。

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