新しい教育のカタチを考える

異例のヒット「こども六法」、つくった思い 法律でいじめを止めたかった

2019.12.27

author
きたざわ あいこ
Main Image

人を殴れば暴行罪(刑法第208条)。多くの人の前で「バカ」や「ブス」などの暴言を吐けば侮辱罪(刑法第231条)。子ども向けに書かれた法律書「こども六法」が、発売から2カ月強で25万部を達成し、話題になっています。この本は、著者の山崎聡一郎さんが小学校時代に受けたいじめ被害の経験から着想を得て出版されました。いったいどのような思いが込められているのでしょうか。また、これからの社会に「こども六法」はどのように生かされていくのでしょうか。

話を伺った人

山崎 聡一郎さん

教育研究者

1993年、東京都生まれ。教育研究者、写真家、俳優。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。修士(社会学)。法と教育学会正会員、日本学生法教育連合会正会員、板橋区演奏家協会会員。
山崎聡一郎 Official Home Page : https://www.yamasow.com/

中学時代、六法全書を読んで「いじめは犯罪」だと気づいた

──そもそも山崎さんが法律に興味を持ったきっかけは何だったのでしょうか?

私は小学5~6年生の2年間、暴力や暴言といったいじめに遭っていました。中学生になり、図書館でふと手に取った六法全書を読んで、「自分が受けたいじめは犯罪なのだ」と知ることができたのです。それと同時に、いじめられていた当時に犯罪だと知っていれば、自分で自分の身を守れたかもしれないとも思いました。

それをきっかけに法律について勉強するようになり、大学では法律の知識を使って、いじめに対して何かできないかと考えるようになりました。

──なるほど。その方法として、なぜ子ども向けの法律書をつくろうと思ったのでしょうか?

中学生の自分が六法全書を読めたのだから、子どもでも法律書を読むことはできるだろうと考えていました。しかし、実際のところ小学校の図書室には六法全書が置かれていない場合が多い。子どもたちが法律にアクセスする機会がほとんどないのです。

いじめや虐待などで悩んだときに、子ども自身が法律の情報に簡単にアクセスできることが、現状を打開するきっかけになるかもしれない。そのためには、大人が子どもに手渡したくなり、かつ子どもも読みたくなるような法律書が必要だと考え、子ども向けの法律書をつくることにしました。

山崎聡一郎さんに聞く 「こども六法」で実現したい「法律」が子どもを守る未来

「こども六法」は子どもには難しい?

──「こども六法」はやはり子どもの読者が多いのでしょうか?

大人の方からは、「この本、難しいけれど小学生でも理解できるの?」と言われることも少なくないんです。でも本屋などで手に取ってくれる子どもを見ると、7~9歳くらいの子が多い。想定していた読者層は10~15歳でしたが、それよりも年齢が低い子も読んでくれているようです。表紙にひかれて読み始めたとしても、つまらなければ閉じてしまうと思うので、純粋に中身を面白いと感じてくれているんだと思います。

SNSに投稿される感想には、「うちの子どもの最近の流行語は『黙秘します』ですよ」とか、「子ども同士で『それは○○罪だよ』と言い合っている」といった反応もたくさんありますね。

子どもは法律に対して興味がないのかと言ったらそうではなくて、実際は面白いと感じるのではないかと想定していましたが、それが実証されてうれしく思っています。

──「内容が難しい」と言う大人がいるとのことでしたが、私も拝読して、たしかに少し難しい表現も多いなと感じました。それも子どもたちには受け入れられているのですね。

内容は、あえて難しくしている側面はありますね。もちろんかみ砕けるところはそうしていますが、専門用語などは解説を加えてそのまま使うようにしています。子どもって子ども扱いされるのを嫌がるじゃないですか。それに、繰り返し出てくる用語をかみ砕いて説明しすぎると、かえって読みにくくなってしまいます。SNSの反応では「子どもに『こども六法』を買ってあげたけど、大人向けの六法全書が欲しいらしい」という保護者の声もありましたよ。

例えば表紙についても、カバーを取るとかなりシンプルなデザインになっています。いかにも子ども向け風のカバーのままだと小学校高学年の子は持ち歩きにくいだろうと考えたからです。

山崎聡一郎さんに聞く 「こども六法」で実現したい「法律」が子どもを守る未来
カバーを取るとシンプルなデザインに

── デザインから内容の難しさまで、実は子ども目線になっているんですね。

そうですね。ただ、子どもがこの本をもとに大人に何か訴えたときに、「それは子ども同士の話だから」と言われてしまうようだと、大人を説得する材料にはならないので、「子ども目線でありつつも大人にも通用する内容」になっています。大人も子どもも、法律の下では同じ土俵に立てる。それが誰にでも伝わるようにつくることで、法律の本として効率的に活用されると考えました。

子どもの逃げ道を増やして、大人の逃げ道を塞ぐ

──読者層としては、子どもの他に親世代も含まれると思います。それぞれの年代の読者に対して、どのようなメッセージを込めて書いたのでしょうか?

この本は「子どもの逃げ道を増やして、大人の逃げ道を塞ぐ本」だと思っているので、それが読者に伝わればいいなと思っています。

たとえば、子どもが保護者や先生に訴えても、大人側が対応の方法を知らなかったり、「大したことない」と思ってしまったりすると、その子を守れない場合がある。それらが原因で起きた悲劇も実際にたくさんあります。そういうときに、子どもが根拠を持ってSOSを発信できるように、そして大人が訴えに対して「ちゃんと対応しないとまずい」と認識できるようにしたいです。

それから、相談相手は親や先生など身近な大人になる場合が多いですが、彼らが対応できなかった場合にも、相談できる人はたくさんいるということを伝えています。警察や弁護士、児童相談所など、実際にはさまざまな窓口がありますから。

──法律の知識を持つことで、子どもも大人も対処の仕方や重要性をより強く認識できるということですね。しかし、一方で教育の環境に法律を持ち込むことが最善なのか、と考える人もいるのではないでしょうか。

たしかに、法律だけで判断するのではなく、加害をしてしまった子どもについても発達段階なのだから、弾力的に対応した方が更生の可能性が高いという教育的配慮の考えも根強くありますね。

もちろんその考えが悪いわけではないし、当事者である子どもが救われるのならいいことだと思います。しかし、それが「救いにならない」と被害者が感じるケースもある、ということが重要です。

先生が「こう対応した方が教育的には効果がある」と考えたことに対して、被害者の子どもが「自分の気持ちが置き去りになっている」と感じてしまうことは多々あります。そういった場合に「先生は何も対応してくれなかった」という遺書を残して亡くなる子が出てくるのではないかと思います。学校の先生に頼れないなら、他の大人を頼れるように、本の中では証拠の残し方や法的な訴え方などをわかりやすく解説しました。

──そこまで被害者の子ども目線になれたのは、やはりご自身の経験があるからなのでしょうか。

これは私の所感ですが、いじめに関する本は「自分は昔いじめに遭っていました。でもいまは幸せに暮らしています」といった成功体験について書かれているものが多いと感じていました。でも、自分の過去を振り返ってみると、見えない未来に対する励ましが欲しかったわけではないなと。

たしかに、子どものときは、いじめに耐えて勉強を頑張って社会的に成功すれば、加害者とは違う世界で生きていける、という希望がなかったわけではありません。でも、やっぱり一番に思っていたことは「いじめ止まれ」だったわけです。だから、いじめを止めるための方法を具体的に提示することにこだわれたのかもしれませんね。

山崎聡一郎さんに聞く 「こども六法」で実現したい「法律」が子どもを守る未来

約束の重要性を認識することから「法教育」は始まる

──書籍発売から2カ月強で25万部を達成。SNSなどでの反響も大きいですが、子どもたちの間に「こども六法」のメッセージは浸透してきていると感じますか?

日本の小・中学校の数が3万校なので、売れ行きから考えると、一校に一冊は行き届いているのかなとは思っています。ただ目標は一校に一冊ずつではなく、全ての教室に一冊ずつ置かれることなので、そこに向けてまだまだ頑張っていきたいという気持ちです。

メッセージが届いているかという点では、「こども六法」によって救い出せた子どもがいるのかどうか、その声が聞こえてくるのはまだ先になると思っています。そのときまで、この本を広める活動は続けていくつもりです。

──今後さらに「こども六法」を広めるため、どんな活動をされていくのでしょうか?

一つは、書籍の導入事例の収集を行っています。先生が教室に「こども六法」を置いたらこんな反応があった、クラスにこんな変化があった、という事例を「こども六法」のWEBサイトで誰でも閲覧できるようにしようと考えています。

二つ目は、授業パッケージの開発と運用です。法教育そのものは学習指導要領でできることになっているのですが、すべての学校で十分に実施されている状況ではありません。もっと法教育を取り入れやすい仕組みをつくっていきたいと思っています。

──家庭でも法教育を取り入れることはできますか?

まずは、約束の重要性を認識することが大事だと思います。親子の間で約束をして、そのルールをお互いに守る、守っていることを証明する、というのも十分「法教育」と言えます。約束をするということは契約を守ることですから、民法の基本になります。

たとえば、夜の●時までに宿題を終わらせる約束をして、終わらせなかった場合にはこういうペナルティーがあるという取り決めをしてみる。もちろん、親が勝手に決まりをつくって子どもに守らせるのではあまり意味がありません。親子で話し合って一緒に家族のルールをつくることから始めてみてはいかがでしょうか。

(撮影:辰根 東醐 編集:阿部 綾奈/ノオト)

新着記事