新しい教育のカタチを考える
算数を苦手にしないため保護者にできること 「数学のお兄さん」に聞くスキルの磨き方
2020.02.03

算数は数的処理力だけでなく、論理的思考力や表現力などが身につく大切な教科です。「数学のお兄さん」として活躍し、算数がもっと楽しくなる場づくりを行う「math channel」の代表も務める横山明日希さんに、家庭でできる算数スキルの磨き方を伺いました。
(よこやま・あすき)
早稲田大学大学院数学応用数理専攻修了。2008年から、数学の楽しさを伝える「数学のお兄さん」としての活動をスタート。18年、体験型算数ワークショップなどを行う「math channel」を立ち上げる。数学×恋愛など、数学と異分野を掛けあわせた独自の切り口で、より数学を身近にする授業や講演を実施。著書に「サクッとわかる! 中学数学 キャラ図鑑」(KADOKAWA)ほか多数。
幅広い世代に数学の魅力を伝える「数学のお兄さん」
――横山さんは「数学のお兄さん」として、2008年から活動をされています。始めたきっかけは何ですか?
子どもの頃、「数学って面白い」と感じた原体験がありました。そんな感覚をほかの人にも体験してほしい、そのための場づくりをしようと思ったことがきっかけです。
幼稚園の頃から数の積み木で遊んだり、通園バスの中でずっと数を数えたりするなど、算数の魅力にひかれていました。でも、中学に入ってから数学に限らず、勉強をしない時期が続き、高校生になってある日「そろそろ勉強しなきゃ」と、頭がいい人のまねをしようと、図書室に行くことにしました。そんなときに、ふと図書室の数学の書棚を見たら、数学に関する本が100冊近くあることに気が付いたんです。「数学って教科書に書かれていることだけじゃない。こんなに広い世界なんだ!」と驚きましたね。その中の一冊に書かれていた「数字の暗号」にひかれて、高2の課題研究では「暗号」をテーマにしました。数学というと、「計算」などの四則演算的なイメージを持ちがちですが、数学は携帯のセキュリティーとしても使われています。「数学って、日常にひもづいているんだ」と気付いた瞬間でした。
その後、大学は数学科に進学。周りには研究者を目指す人が多かった中、自分自身は数学とどう向き合おうかと考えた先に、数学の魅力を楽しく伝える「数学のお兄さん」を名乗るようになりました。
――数学に関する驚きや感動を広めるために、イベント開催やオンライン上での発信など精力的に活動されていますね。
お笑いと数学を切り口にした「日本お笑い数学協会」、体験的な学びを重んじた算数講座などを行う「math channel」の運営などを通して、子ども向けに算数コンテンツを提供しています。ほかにも、数学の教員向けオンラインサロンの主催、YouTubeの生配信やTikTok、Twitterでの発信などもやっています。学校のテストや受験で役立つものから、エンターテインメントまで幅広く携わっています。
僕は、高校生のとき図書室でたまたま面白い本に出会って、数学を専門に大学院まで進みました。いつ、どこで算数・数学の面白さと出合うかは、誰にもわかりません。だから僕は情報が手に入る機会を、さまざまな方法でたくさん作りたい。そうすることで、子どもから大人まで幅広い世代に「数学は面白い・楽しい」、そして「自分にもできそう」という自信を持ってもらいたいんです。

算数で培われる「問いに向き合う力」
――子ども向けのワークショップなどを通して横山さんが感じられた「子どもに必要な算数体験」とはどういうものでしょうか?
「数を体で覚える時間」を作ることですね。僕が代表を務める「math channel」では、数学的な感覚を体験しながら身につけていきます。具体的には、積み木を100個、多い時は1000個並べて、俯瞰してみたり、真横や斜めから見たり。密度の違いや量的感覚から「数の概念」を養います。ほかには、ひもを使って「1mのもの」を部屋中で探しまわることもあります。後者は、学校の教科書にも載っている方法ですが、学校では授業の進度を優先させるために時間が取れないことのほうが多い。そうすると、子どもは1mという単位だけを覚えて、数量感覚を身につけることができないまま、大人になってしまいます。だから「math channel」では体験する時間を大切にしたワークショップを開いているんです。
――今、算数に期待している力は、どんなものでしょうか?
「問いに向き合う力」は、教育関係者の間で注目されていますよね。算数でも必要性を感じます。例えば九九は9の段までしかありませんが、10の段や11の段がない理由を考えたことはありますか? 子どもの中にはそこまで考える子がいます。その子たちには、10の段、11の段を自分で作ってもらうことだけサポートし、なぜ9の段以上の九九は必要ないのかを考えてもらいます。両方の段を計算してみてしばらく考えたあと、「そうか、10の段は1の段に0がついただけ。11の段は、10の段と1の段を足しただけ。だから九九は9の段までしかなくてもいいんだ」と問いの答えを自分で導き出すことができます。そうやって、教えてもらったことに対して受動的にならず、自分で問いを立てて納得するまで追いかける力が、算数では身につきます。それは中学・高校と年齢を重ね、いつか社会に出たときに「答えのない課題に取り組む力」として成長していくと思います。
――そんな力を伸ばすために、保護者は子どもと一緒に、どのように算数に向き合えばいいのでしょうか?
保護者と子どもは、教える側と教えられる側になりがちですが、それだけではありません。大人は子どもの「仲間」となり、ときには「伴走」することもできると思うんです。「仲間」は、子どもと同じ目線で進むこと。「伴走」は、先を見据えつつ一緒に進むこと。さきほどの九九の話でいえば、「10の段を私が作るから、11の段は作ってみてね」と声をかけることが伴走につながります。保護者がすべてを教えるのではなく、子どもに解を出してもらう付き合い方です。
子どもと向き合うときには、「仲間」「伴走」「教える」の3つをうまく使い分けることが大切です。算数のゲームを子どもと一緒に「仲間」として楽しんで、ちょっと難しいことに関しては「伴走」する。解に近づいて難しくなったら「教える」立場になる、というのが理想だと思います。

間違った解答に、子どもの成長がある
――子どもに算数の得意・不得意がある場合、それぞれで声かけは変えるべきでしょうか?
基本的には同じです。算数の得意・不得意に関係なく、できたところに対して「すごいね」と褒め、できなかったところは「がんばったね、こういう風にしてみるといいよ」とアドバイスしています。僕が意識しているのは、得意な子には、少し先にある余地の部分を与えてあげることですね。例えば「3個の場合ができたね。じゃあ、4個の場合もできるのかな?」と声かけをすると、「やってみる!」と子どもはやる気を出してくれます。対して、苦手な子は、「ちょっと前までは2個までしかできなかったのに、3個の場合もあと少しというところまでできるようになったね! すごいじゃん」とできたことを褒めて、「この分野はできるようになった」という自信をつけさせることが大切です。かといって、もっとできそうだからと、どんどん問題を与えるとやる気を失ってしまう場合があります。それぞれ「もうちょっとできそう」という余力があるところで止めることで、子どもの「またやりたい!」という意欲につながるんです。
その見極めが難しい場合は、子どもをよく観察すること。僕たちは教室に来ているときの子どもしか知ることができませんから、一番の理解者は保護者の皆さんですよね。まずは算数を学びやすい場所に子どもを連れて行ってあげてください。「math channel」などの算数の教室は、問題の与え方や子どもに向き合う大人の距離感なんかが違います。学びやすい環境で子どもがどういう反応をしているか、よく観察してみてください。自分の子どもが一番学びやすい場所が見つかったら、それに近い環境を家庭で作っていくといいですね。
――算数が苦手になるきっかけってどういうところに潜んでいるのでしょうか?
算数は解答をマルかバツかで判断し、間違った解答は否定しがちです。でも不正解の場合は「なぜその答えになったのか」という裏側を考えることがとても大切です。まずは、どうしてそう考えたのかを子どもに尋ねたうえで、「この問題では、こういう考え方をする必要があるんだよ」とサポートする。間違った解答の中にこそ、子どもの成長があるんです。

――算数で苦手な分野がある場合、どのようにアプローチしていけばいいのでしょうか?
算数で身につく力は、数的処理力(計算力)、数量感覚、図形処理力のほかに、最近では論理的思考力と表現力も加えて5つあると言われています。
計算ドリルは数的処理力が身につくわけですが、ドリルを楽しめる人は大人でも多くはありません。そういう場合は、子どもに合う要素を取り入れてあげるんです。ドリルは反復作業ですから、それをゲームに置き換えてあげればいい。おすすめは、計算すごろくです。数の書かれたすごろくと2つのサイコロを準備し、サイコロを振って出た目の数を足したり引いたりしてその答えがある隣のマス目に進むというルールです。ゴールするには、足し算と引き算のどちらをすればいいのかを考える。それをゴールまで繰り返せば、何度も計算していくことができます。
なかには、計算は得意だけど、それ以外の分野は苦手という子もいるでしょう。それは、これまでの学習で数的処理力にしかアプローチしてこなかったことが理由です。こういう場合は、単純にほかの能力を伸ばす学習をすればいいだけ。図形が苦手なら図形パズルなどに挑戦することで空間認識を身につけることにつながります。数量感覚が身についていないのであれば、電車の車両は歩いて何歩くらいなのか測ってみるのもいいですね。論理的思考力は説明することで身につきます。簡単なところで、「リンゴが3個あって、2個買ってきたら全部でいくつになるか」という問題文から図に起こし、式にする作業。順序だてて考えることで論理的思考力の一番基本的な部分が育ちますし、表現力の育成にもつながります。
――なるほど。子どもをよく観察し、一人ひとりに合ったサポートを大人が考えるべきですね。
そうです。勉強は必ずしも、プリントやドリルを使い、机に向かう必要はありません。たくさんのやり方があるんです。そういう提案をしていくのも、僕たちの役目であると思っています。
先日、公益財団法人日本数学検定協会が認定する「幼児さんすうシニアインストラクター」の資格を取得しました。小学生だけでなく、これからは幼稚園や保育園に通う子どもにも指導していく機会を増やしていきます。年齢に関係なく、いろいろな人に「算数は楽しい」と感じてほしい。そのためにも、学びの場をもっと増やして、皆さんと出会える機会をたくさん作りたいなと思っています。
(撮影:辰根 東醐 編集:阿部 綾奈/ノオト)