わが子の受験適齢期

海城、浦和明の星女子、成城…完全一貫校化でどう変わった? 校長らに聞く

2020.03.13

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柿崎明子
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首都圏で先んじて完全一貫校化した学校は、なぜ高校募集をやめたのでしょうか。どんな成果が出たのでしょうか。3校の校長らに聞きました。(写真は海城中の第1回入試=2月1日、山本倫子氏撮影)

2019年から高校募集を停止した成城(東京都新宿区)。1885年に創設された男子校で、臨海学校などの伝統行事も多い。都立小石川中等教育学校の校長も務めた栗原卯田子(うたこ)氏が2013年に校長として赴任し、着任初年度から中学入試の回数増に着手。学校独自のグローバル教育も展開した。現在は志願者が2500人に迫る人気校になっている。

栗原校長はこう話す。「本校は人間形成を教育目標に掲げており、勉強だけでなく行事やクラブ活動も活発。特色ある成城教育の質を上げるには、6年間一貫教育がふさわしいだろうと先生方とも意見が一致しました」

高校募集停止をきっかけに、新学習指導要領に合わせて学校設定科目を新設した。一つが中3の「国語表現」。テーマ別探究学習を行い、発表によりプレゼンテーションスキルを養う。もう一つが数学と情報をコラボレーションさせた中1の「数学統計」。ビッグデータ時代に対応できる統計学の基礎を学ぶ。「完全一貫校の良さは、中学の学びを高校につなげられること。6年という時間を生かして、学びを深めていきたいですね」

浦和明の星女子(さいたま市)は、カナダの聖母被昇天修道会が母体。青森明の星高校(1937年開校)の教育が高く評価されたことから、67年に浦和に高校を、2003年には中学校を開校し、中高一貫教育を始めた。3年後の06年には高校募集を停止している。

島村新(しん)・校長はこう振り返る。「新しい風を入れるため高校募集は続けたほうがよいとの意見もありましたが、6年間かけてより丁寧に『明の星教育』を行うことに意義があると考えました。それは、生徒一人ひとりが、ほんとうの自分になることの手助けを、丁寧に温かく、ということです」

近年、国公立大や医学部などの合格実績を伸ばしている。その理由を島村校長はこう話した。「ほんとうの自分になることは、生涯をかけて目指すことです。生徒一人ひとりが明の星での生活のなか、最善の私であろうとした一過程であると考えます」

生徒数減少しのぎV字回復

海城(東京都新宿区)は、東大に50人前後の合格者を出す首都圏有数の男子進学校だ。

1990年代から教育改革に取り組み、受験偏重の指導から脱して、思考力・表現力を養う「社会科総合学習」や「プロジェクトアドベンチャー」などの体験学習を採り入れてきた。

高校募集を停止したのは2011年。その理由を入試広報室の中田大成室長はこう説明する。「本校には、異質な者が集う多様性の高い学習環境で生徒を育てようという教育理念があり、高校からの募集を続けてきました。しかし、徐々に高校入学生と中学入学生に差異がなくなり、意義が薄れていったのです」

決定打となったのが、01年に導入された都立高の進学指導重点校制度だ。日比谷、戸山、西など7校が指定された。かつては都立高と併願して両方合格すると海城を選ぶ生徒が多かったが、05年に日比谷が東大に2桁台の合格者を出してから、都立高へ流れる生徒が増えていったという。「高校募集を存続させたいという教員も多かったのですが、合格者の上位層が多く抜ける現実を突き付けられ、苦労して高校募集を続ける必要があるのか、中止もやむなしという結論に達しました」

高校募集停止とともに、中学入試に帰国生枠を設けることで、教育理念である多様性を維持した。完全一貫校になったことで高校入学生に配慮する必要がなくなり、効率的なカリキュラムを組めるようになったという。

中田室長はこう振り返る。「移行期は想像以上に大変でした。高校募集をやめたことで14年から16年まで卒業生が一時的に減り、見かけ上の進学実績が低下しました。また総生徒数も一時的に減少する期間が生じ、経営上も厳しくなった。そこを持ちこたえ、現在はV字回復を果たしています。高校募集停止はリスクを伴う大きな決断でしたが、間違っていなかったと思います」

※関連記事「都内で相次ぐ高校募集停止 中学受験シフトに拍車?」はこちら

首都圏の主な完全中高一貫校

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