編集長コラム

東大合格発表、コロナで掲示中止 思い出すのはまさかの「合格見逃し騒動」

2020.03.10

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柏木 友紀
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新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、休校や大学入試の中止など、教育界でも影響が広がるなか、東大や京大の合格発表の学内掲示が中止になりました。受験シーズン終盤の風物詩にもなってきた合格発表。受験生はもちろん、高校や予備校などの教育関係業界のみならず、週刊誌などのメディアにも「がっかり感」が広がっています。毎年この時期になると、頭をかすめるのはまさかの「合格見逃し騒動」です………。

今年も3月10日に、東大の合格発表が行われました。高校別合格者数ランキング1位は開成だの、今年こそ女子学生比率が2割を超えるかだの、相変わらず話題には事欠きませんが、いつもと違うのは、コロナウイルスの影響で、本郷キャンパス内での合格発表掲示が見送られたこと。

例年、合格者の番号が掲示されると、ラグビー部やアメリカンフットボール部などが合格者を胴上げ(近年は危険防止のため禁止)したり、応援部による演舞やエールが披露されたりとお祭りムードいっぱいの「イベント」でもありました。今年はそれらもなくなります。

かつては氏名を張り出し、週刊誌などが速報合戦

そもそもいつから合格者の掲示が始まったのでしょうか? 東大新聞などによると、本郷キャンパスで合格発表の掲示が始まったのは1972年度入試とされます。当初はキャンパス内の別の場所でしたが、75年度入試からは弓道場前に落ち着きました。80年代にはキャンパス内の工事のため、東京都目黒区の駒場キャンパスで掲示したこともあったといいます。また、東大本部広報課によると、2013年3月の合格発表からは掲示と併せてインターネットでの発表も始まり、一方でキャンパス内の工事のため14年度入試から3年間は構内掲示は取りやめていました。17年3月に掲示が再開された後は、掲示場所が変わり、正門と安田講堂の間のイチョウ並木に掲示板が立てられました。

「個人情報保護」などの概念があいまいだった時代、かつては掲示板に受験番号だけでなく、合格者の氏名も張り出されていました。東大新聞をはじめ、各週刊誌などは「東大合格者・高校別全氏名!」などと銘打って速報でその氏名を掲載し、受験生や家族、教育関係者らも記念にとこぞって手にしたものでした。「東大合格発表」は受験シーズンの終わりを告げる季節の風物詩でもあったわけです。

1991年3月10日、東京大学の合格発表。(朝日新聞社撮影)
1991年3月10日、東京大学の合格発表。(朝日新聞社撮影)

毎年この季節、私の頭をかすめるのは、仲良しの同級生のまさかの「合格見逃し騒動」……。かれこれ30年ぐらい前の話になりますが、今も母校の高校では語り継がれています。

当時、掲示板には合格者の氏名が張り出されていました。同級生は、ごった返す掲示板の前で緊張しながら自分の名前を探していました。アイウエオ順に並んだ名前を探したところ、自分の名字の文字がないことを知り、うなだれました。傍らでは名前を見つけて叫ぶ合格者。胴上げやら雑誌の取材やらでにぎわう中、赤門を後にしました。

彼女は家族や親戚に連絡し、私にも「東大はダメだったよ……」と電話がありました。「残念だったね。でも頑張ったよ」。彼女の頑張りをそばで見てきた私は、こう声をかけたのを覚えています。既に早稲田大には合格していたこともあり、彼女の両親はこの結果をもって、すぐさま早稲田に初年度納付金を納めました。そして、彼女は高校に「不合格」を報告する電話を入れたのです。

「おめでとう! えっ? 落ちた! えっ? 何を言っているの! 合格していますよ。週刊誌の記者さんから、合格者として高校在籍確認の電話がありましたよ!」

驚いたことに、担任の先生は興奮してこう話しました。さすが週刊誌、既に高校へ問い合わせの連絡が入っていました。「合格? どうして? 名前はなかったのに………」。彼女はすぐには事態がのみ込めず、とにかくもう一度、確認しようと本郷キャンパスへと急ぎました。合格発表の掲示板前は、先ほどよりも人が少なくなっていました。

まさか、の場所に名前が……

もう一度、アイウエオ順に並んだ自分の氏名の頭文字あたりを確認してみましたが、やはり名前はありません。改めて掲示板を端から端まで見渡してみると、なんと「カキクケコ」など「清音」で始まる名前の後に「ガギグゲゴ」など「濁音」で始まる名前、「タチツテト」の名前のあとに「ダヂヅデド」という具合に、濁点や半濁点のつく名前は、その段の清音のあとに続いているではありませんか! そう、彼女の名前は、1文字目に濁点がついていたのですが、清音のところだけを見て、名前がない、落ちたと思っていたのです――。

「やっぱり受かっていた………」。再度、彼女から電話を受けた私が驚愕したのは、言うまでもありません。今回、改めて彼女に当時の様子を聞いてみたところ、「当時は希望者には、併せてレタックス(電子郵便)でも合否を知らせてくれたのですが、『どうせ発表を見に行くから』と、あえて申し込まなかったのです。加えて、あの日は受験票を忘れて発表を見に出かけ、まあ名前で分かるからいいかと思っていたのですよね……」。

イラスト:オオスキトモコ
イラスト:オオスキトモコ

以来、母校でこの事例は彼女の名字を冠して「○×騒動」と呼ばれ、受験シーズンになると生徒たちに話している、と先生たちに聞きました。気の毒なのは、早稲田に入学金を支払ってしまった彼女のご両親です……。お母様いわく「でもまあ、嬉しいから許しちゃうわ。4年間のトータルでは、国立大の方が安いし」と苦笑いしていたのを覚えています。彼女は東大を卒業後、別の大学の医学部に入り、現在は医師をしています。つまりご両親は、4年間に医学部6年間を足した計10年間の学費を支払ってくれたことになります。

インターネット発表に「ほっ」、張り出しに「ドキドキ」

あれから幾とせ、いまでは、合格者の氏名の掲示は個人情報保護の関係でなくなり、インターネットも普及して、合格者の受験番号を張り出す学校の方が珍しくなりました。

昨年、私も息子の中学受験を経験しましたが、受けた5校中、掲示による合格発表は1校のみ。誰にも会わず、スマホで合否を確認できるのは確かに精神的負担がかなり軽く、助かりました。もっとも、我が家は第一希望校が掲示のみだったため、これにはドキドキ。私は恐ろしくて発表を見に行けずに近くで待機し、本人と父親が見に行きました。予定時刻より早めに発表されていたため、不用意に受けた電話で息子から合格を告げられ、その場にへたり込んだのを思い出します。

いつの時代も、合格発表には悲喜こもごも様々なドラマがあります。今年はこのコロナウイルスで合格発表どころか、入試自体が取りやめになったところもあります。全国の小中高校で長期の休校が続いていますし、卒業式や、せっかく合格した学校への入学式も開催が危ぶまれています。一日でも早く事態が収束し、それぞれの旅立ちに「サクラが咲く」のを願わずにはいられません。

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