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現役慶応大生の映画監督・松本花奈さん 日大鶴ケ丘 単位と映画制作の二択、悩んだ

2020.03.26

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中村 千晶
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現役の慶応義塾大生でありながら、映画監督としても活躍する松本花奈さん。4月3日にはメガホンをとった映画「キスカム!~COME ON, KISS ME AGAIN!~」が公開される。若くして才能を開花させた背景には、自ら編み出したユニークな“勉強法”もあったようです。

話を伺った人

松本花奈さん

映画監督

(まつもと・はな)1998年生まれ。日本大学鶴ケ丘高等学校在学時の2014年に監督・脚本・編集を手掛けた「真夏の夢」がNPO法人映画甲子園主催「高校生のためのeiga worldcup」の最優秀作品賞に。2016年のゆうばり国際ファンタスティック映画祭に出品した「脱脱脱脱17」がオフシアター・コンペティション部門の審査員特別賞・観客賞を受賞。同年、慶応義塾大総合政策学部に進学。

中2からカメラを回す

――もともとは演技をする側だったそうですね。

大阪に住んでいた小1のころ、ダンサーに憧れて、家の近くの「劇団ひまわり」に入団しました。ダンスレッスンが目当てだったのですが、お芝居も楽しくなって。映画「呪怨 黒い少女」(2009年)では怖い女の子のお化け役をやったりしています。

映像作りをはじめたきっかけは、中2のときです。ドラマ「鈴木先生」に出演して、そのときのカメラマンさんと仲良くなって、休みの日に遊びでカメラを回すようになったんです。高校にあがるころ、村上龍さん原作の映画「69 sixty nine」(04年)を見て感銘を受けて、「こういう映画を撮ってみたい!」と考えるようになりました。

 ――ご両親はどんな方ですか?

父は旅行会社に務めていて、母は日本語教師をしていました。一人っ子で、やりたいことを割と自由にやらせてもらったと思います。両親ともにスポーツが好きで「勉強しなさい」よりは「運動をしなさい」と言われることが多かったです。ただ勉強は嫌いじゃなかったので、自分からやっていました。父の転勤で3歳まで東京にいて、その後5歳までニュージーランド、小学校6年間が大阪で、中1から東京に戻りました。

松本花奈さん1
撮影/小黒冴夏(朝日新聞出版写真部)

複数教科を並行、独自の勉強法

――そして日本大学鶴ケ丘高校に進学。選んだ理由は?

映像制作をやりたくて、日大の芸術学部を目指していたんです。最初は内部進学するための「普通コース」にいたのですが、私は現代文だけすごく成績がよくて、高1の終わりに、担当の先生に外部受験のための「特進コース」に移動しないかと勧められて移りました。日大鶴ケ丘は「文武両道」という雰囲気でした。校則も厳しくて、成績順位も名前と点数入りで貼り出される。3年間、ダンス部に所属してすごく楽しかったのですが、上下関係は厳しかったですね。

――どんな学校生活でしたか?

高校1年までは勉強と部活、バイト中心の毎日でした。バイト先は「エクセルシオールカフェ」で、ひたすら「ラテアートをどう作るか」をがんばっていました。高2で高校生の映画制作団体「KIKIFILM」で知り合った友達と映画を作り始めました。

私、ちょっと変わっているのかもしれないのですが、いろんなことを並行させてやるほうが性に合っているんです。例えば中学時代から授業中、常に複数教科の教科書を机の上に出して内職をしていました。あまり胸を張って言えることではないのですが……。社会を半ページ分覚えて、次に国語の問題を解いて、その次に数学の計算を数問解いて、また社会に戻って暗記ができているかを確認する、という感じです。特に暗記はそのほうが定着するんです。

基本的に飽き性で、45分同じ授業を聞いていると飽きてしまう。それを回避するために、自分で編み出した方法なんだと思います。勉強しながらバイト先のメニューを完璧に覚えたりとか、逆にバイトしながら社会の暗記をしたり。子どものころからそうなので、両親も呆れていました(笑)。

――高校時代に映画祭で受賞するなど、才能が高く評価されました。

17歳のときに撮影した映画が、「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」で審査員特別賞と観客賞を受賞しました。でも、壁にもいっぱいぶつかっています。一度完成させた映画を「これでいいのか?」とやり直し始めて泥沼にハマったり、仕事ではないなかで、スタッフとして動いてくれるみんなのやる気を出させるためにどうしたらいいかと悩んだり、とか。

松本花奈さん高校時代
2016年、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭で受賞した時の松本花奈さん(右、本人提供)

一番大変だったのは高3のとき。卒業を前に映画作りに熱中しすぎて、単位が足りなくなってしまったんです。今日作業しないと映画祭の締め切りに間に合わない、でも今日休んだら単位を落とす、という状況になってしまった。そのときに映画を優先して、結局、高校を除籍になってしまった。

ただ、すでに慶応義塾大のSFC(湘南藤沢キャンパス)への進学が決まっていたので、通信制高校に単位を引き継ぎ、そこで単位を取得して卒業認定をもらいました。あのときは一瞬パニックになりかけたんですけど、冷静さを取り戻して、そのときにできるベストな判断ができたと思います。両親も理解して、協力してくれたことを感謝しています。あの経験からトラブル回避がうまくなり、いま映画を撮るときにも強みになっている気がします。

大事にしている担任の言葉

――高校時代から、映画監督の道を決めていたのですか?

 いえ、当時はただただ映画を撮るのが楽しくて、遊びの延長線上という感じでした。大学入学時も現代文を教えるために教員免許を取ろうと思っていたんです。ただ大学1年の終わりに「テレビドラマをやらないか」とお話をいただいて、そこから「仕事」として意識し始めました。悩みましたが、映像制作は自分が作った作品を通じて、一生会わないかもしれない人と出会うこともできる。それがおもしろい、と映画の道を選びました。

――影響を受けた人はいますか?

 映画「溺れるナイフ」の山戸結希監督、そして「下妻物語」や「嫌われ松子の一生」で知られる中島哲也監督が大好きです。

高1のとき担任の先生が「ものごとをやりとげるには、技術ではなくて、気持ちが絶対に大事だよ」という言葉をくださって、それはいまも大事にしています。年齢を重ねて経験が増えると100パーセントの作品は作れるかもしれない。でもその先の120、200パーセントに届かせるには、絶対に気持ちが必要になるな、と実感しています。

映画の世界はまだハードルが高いかもしれませんが、ミュージックビデオなどの映像制作現場では昔よりも若い世代が活躍しやすくなってきているのかな、とは感じています。いまはSNSやYouTubeで作品を発信することもできるし、仲間も作りやすいですよね。

――これからの展望は?

 まず大学を卒業したいと思っています。卒業後は、今は就職することを考えています。

作品を作るときには「自分が目指すものにしっかりこだわりたい」という思いが常にあります。色味の微妙な違いとか、見た人の全員が気づかないかもしれないけれど、そういうある意味の「執着」は、ギリギリまでやっていきたいです。且つ、自己満足では終わらない、ちゃんと人に見てもらうためのエンターテインメントを描いていきたいと思っています。

松本花奈さん2

日本大学鶴ケ丘高等学校

日本大学付属の私立高等学校。男女共学。普通コース(主に日本大学の学部・学科への進学を目指す)と特進コース(国公立・難関私大への進学を目指す)がある。卒業生に渡辺篤史、あおい輝彦、岩城滉一、永瀬正敏、内田理央など著名人も多い。

【所在地】東京都杉並区和泉2-26-12

【URL】http://www.tsurugaoka.hs.nihon-u.ac.jp/

映画「キスカム」
Ⓒ2019吉本興業

映画「キスカム!~COME ON, KiSS ME AGAiN! ~」

「脱脱脱脱17」「過ぎて行け、延滞10代」に続く松本花奈さんの監督作。スポーツ大会の会場などでカメラに映された客席のカップルが、カメラに向けてキスをする「キスカム」を題材に描いた恋愛ムービー。公式ホームページはこちら

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