小学校での英語教育

「英語を学ぶなら早いほうがいい」第二言語習得論の専門家が早期教育を勧める理由

2020.03.24

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多田 慎介
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新学習指導要領では小学3年生から「外国語活動」が取り入れられ、民間でもさまざまな英語教育サービスが登場している昨今。英語教育への熱が高まる一方で、PISA(国際学習到達度調査)の結果を受け、子どもの読解力低下を懸念する声も高まっています。早い段階から英語教育に力を入れるべきなのか、それともまずは日本語教育を重視するべきなのか。真相を確かめるべく、第二言語習得研究の第一人者であり、小学校の英語教科書の編集にも携わるケース・ウェスタン・リザーブ大学の白井恭弘教授に聞きました。

話を伺った人

白井恭弘さん

ケース・ウェスタン・リザーブ大学認知科学科教授

(しらい・やすひろ)
上智大学外国語学部英語学科卒業後、埼玉県の公立高校英語教諭を経て、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)修士課程(英語教授法専攻)、博士課程(応用言語学専攻)修了。応用言語学Ph.D.。大東文化大学外国語学部英語学科助教授、カーネギーメロン大学現代語学科客員准教授、コーネル大学現代語学科助教授、同アジア研究学科准教授、ピッツバーグ大学言語学科教授などを経て現職。言語科学会(JSLS)第3代会長。著書に「外国語学習の科学〜第二言語習得論とは何か」、「ことばの力学〜応用言語学への招待」(ともに岩波新書)、「英語はもっと科学的に学習しよう」(KADOKAWA)、「英語教師のための第二言語習得論入門」(大修館書店)、「しゃべる英文法」(コスモピア), Connectionism and second language acquisition (Routledge)など多数。スパトレ株式会社社外取締役。

脳科学や心理学、言語学…。さまざまな知見を取り入れた外国語学習

――白井さんが専門とする第二言語習得論とは、どのような学問なのでしょうか?

科学的・実証的な研究に基づいて、外国語学習のメカニズムを探求する分野です。スポーツの世界では、理論とデータを根拠としたスポーツ科学の知見を取り入れて、トレーニングを進めるのが当たり前になっていますよね。外国語の習得においても脳科学や心理学、言語学などの知見を取り入れて合理的に学ぶことが重要です。

というのも、従来は個人の直感に基づく学習理論が多く、それらが非効率的なものであるケースが少なくなかったからです。もちろん、人が第二言語を習得するプロセスには多様性があり、解明できていないこともあります。しかしながら、結論が出ている事柄を参考にすることで、効果的な学習ができるのも事実です。

非効率的な学習を防ぐためにも、私自身、著書や講演などの機会を通じて、第二言語習得論に基づいた合理的な外国語の学習方法を届けたいと思っています。

白井恭弘さん

海外で「大人より子どものほうが先に外国語に慣れる」理由

――最近では幼児教育の英語教材が多数登場していますが、まさに直感の部分で「日本語を習得する前に英語を学ぶと、頭の中が混乱しないだろうか?」と心配になる面もあります。

結論から言えば、早い段階から英語を学んでも問題はないと考えています。

1960年代までは、「容量限界メタファー」という概念が主流でした。脳の容積の上限を100とすると、日本語と英語のバイリンガルはそれぞれの言語で50%ずつの容量を使うので、どちらの言語も不十分になってしまうという考え方です。そのような考えにもとづいて、「バイリンガルは頭の中が混乱している」というようなことが心理学の教科書に堂々と書かれていたわけです。

しかし、その後の研究で、脳の中では「資源の共有」がなされていることが分かってきました。日本語であれ英語であれ、言語を学ぶ際の基盤となる知識は共有されるのです。

「容量限界メタファー」という概念

興味深い研究結果もあります。アメリカ・テキサス州のある都市で、英語を母語とする小学生に外国語を教え、それによって母語にどのような影響があるかを調べる実験が行われましたが、結果的に悪影響は見られませんでした。

――子どもの読解力の低下を懸念して、「英語よりも先に日本語をしっかり学ぶべき」という声もあります。

確かに、発達段階ではバイリンガル教育を受けている子どもは、モノリンガルの子どもに比べると語彙力が低いという研究があります。しかし、それは一言語に限定した話であって、二言語を合わせると語彙の数はほぼ同じになります。その意味では、英語を学ぶことで日本語に触れる時間が少なくなり、一時的な読解力の低下につながる可能性はあるかもしれません。

日本の子どもの読解力向上については、日本語による読書の時間が鍵になるのではないでしょうか。最近の子どもたちは、テレビはもちろん、ネット動画などの音声メディアに触れる機会が多くなっています。その分だけ、長い文章を読んだり書いたりする機会が少なくなっているのかもしれません。

――ということはむしろ、「英語を学ぶなら早いほうがよい」と考えて問題はないと?

はい、いいと思います。

なぜ学習開始年齢が第二言語習得に影響するのか? かつては脳科学の見地から「人は年齢を重ねると脳の柔軟性が失われる」という仮説が唱えられていました。一方、近年では環境的な側面が影響すると考える研究者も増えています。

子どもは大人と比べてオープンマインドですよね。新しい環境や、初めて会う人にも柔軟に対応できることが多い。海外に赴任した人の子どもは、最初の頃はじっと周囲の会話を聞いていて、ある日突然、堰(せき)を切ったように現地の言葉を話し出すことが多いといいます。

――確かに、大人よりも子どものほうが先に外国の言葉に慣れるというケースはよく聞きます。

第二言語は、インプットがないと本質的には習得できないものなのです。外国に行った場合は、現地で外国語の会話をたくさん聞かないと、うまく習得できない。子どもは自然とそうした学習行動を取りますが、大人は知能が発達しているがゆえに、文法や単語の勉強ばかりしてしまう。それでは話せるようになりません。

幼児期の子どもは母語を習得するのと同じように、自然にインプットを重ねて第二言語を習得できます。だから、英語を学ぶなら早いほうがよいと考えて問題ないでしょう。

大好きなアニメ映画でもいいから「インプット」の機会を増やすべき

――新学習指導要領では、小学3年生から「外国語活動」の授業が取り入れられています。第二言語習得論の観点から、小学生はどのようにして英語を学ぶのが理想的だとお考えですか?

白井恭弘さん

重視すべきは「インプットをどれだけ増やせるか」でしょう。ただし、やり方には注意する必要があります。第二言語習得論では、英語を英語としてそのまま理解することが大切だと考えられています。

しかし、日本の学校の英語授業では、先生が英文を訳して文法を説明する「文法訳読方式」が主流です。この方式なら教員が特別なトレーニングを受けなくてもできるからです。それに対して、最初から英語を使って子どもとコミュニケーションを取る授業は、トレーニングをしなければできません。

そうした意味では、英語を教える教員のトレーニングは圧倒的に不足していると思います。小学校で導入されている英語授業でも、教員が付け焼き刃的に簡単なトレーニングを受けて、進めているものが多いのではないでしょうか。お隣の韓国では、専門的な見地から作られた授業用のDVDを活用しています。教員のトレーニングをしないのなら、日本でもそうした教材を開発すべきです。

――そう考えると、現状の学校の英語教育が果たして効果的なのかという不安も湧いてきますが……。

外国語学習でまず重要なのは、「量」です。だから、学校で教えたほうがいいのは間違いないのですが、それだけではまだ量も質も足りません。

学校には、限られた教育予算と限られた環境の中で教えている現状もあります。そうした意味では、学校に対してネガティブなことを考えるのではなく、「先生のやっていることをサポートする」という気持ちで保護者が英語教育に関心を向けていくべきなのではないでしょうか。

――具体的に、保護者が取り組めることはありますか?

子どもたちが日常的に英語に触れられるよう、インプットの機会を増やしてあげてください。専門的な教材に限らなくても、例えば大好きな外国のアニメ映画などでもいいと思います。音声を聞き、話している内容を理解するプロセスが大切なんです。

その上で大切になるのがアウトプット、つまり、英語を話したり書いたりすることです。インプットは重要ですが、聞いているだけでは正しい文法が身につきません。実際にアウトプットをしてみることで自分の英語に何が足りないのかが分かり、インプットの質が劇的に高まっていきます。これは大人の英語学習でも同じ。「英語学習はインプットとアウトプットの繰り返し」であることを特に強調したいと思います。

海外へ興味を持つようになるきっかけ作りも大切

――最近では英語のコミュニケーションを助けてくれる翻訳ツールも増え続けています。こうした環境の中、白井さんは子どもたちにとっての「英語学習の意義」をどのように捉えていますか?

確かに、翻訳ツールはどんどん進歩していますね。ただし限界もあります。型にはまった表現はうまく訳せますが、リアルなコミュニケーションの鍵となる比喩表現やちょっとした皮肉などはお手上げです。今後も翻訳の精度は上がっていくでしょうが、完璧にはならないと思います。何よりも、人と話すときにはやっぱり、直接会話したいですよね。

また、英語は世界でも特殊な地位を占めている言語です。英語のできる人がインターネットで手に入れられる情報量と、日本語しかできない人がインターネットで手に入れられる情報量はまったく違います。日本にいると、日本のメディアが部分的に切り取った海外の情報しか入ってきません。

――英語を理解できなければ世界の一次情報を得られない、と。

白井恭弘さん

第二言語習得論では、「海外の人と知り合いたい」「自分の世界を広げたい」といった動機を明確に持っている学習者のほうが、英語学習が早く進むという研究結果も出ています。そうした意味では、子どもたちが海外へ興味を持つようになるきっかけ作りも大切でしょう。

そのためには「正しさ至上主義」を打破すべきだと思っています。日本人には「他人にどう思われるか」を気にする傾向があるので、間違った発音・文法で英語を話すことを極度に怖がるんですよね。だから口を閉ざしてしまう。

でも英語だって、捉え方によっては単なるコミュニケーション手段に過ぎません。最初は「通じればいい」んです。そこから少しずつ学んでいけばいい。不完全でもいいからアウトプットして、インプットを繰り返していく。そうやって英語学習を楽しんでほしいですね。

(撮影:小野奈那子 編集:野阪拓海/ノオト)

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