発達凸凹の子の中学受験

発達障害の息子 ジュニア算数五輪で金メダル 「好きなこと」を伸ばす子育て法

2020.04.03

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なないお
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ブロガーのなないおさんの息子は自閉症スペクトラム。兵庫県の名門・灘中学校に合格したものの、経済的事情や通学時間の負担などから地元の公立中高一貫校への進学を決めました。幼少期から算数が大好きで、算数オリンピックに挑戦を続けています。

「発達障害」。この言葉は最近、多くの方に知られるようになりました。特別支援学級に在籍するお子さんだけでなく、普通学級でも小学生では7.7%が発達障害の可能性があるという調査結果が出ています(2012年の文部科学省調査)。実はとても身近な存在なのです。

私の子供たちも発達障害があります。娘は自閉症スペクトラムとADHD、息子は自閉症スペクトラムです。知的障害は伴わないタイプです。

どんな障害なのかの説明はここでは省略させていただきますが、同じ診断名を持っていてもタイプは様々で困っていることもそれぞれ違います。

息子に診断がついたのは2歳の頃。当初は疑いだったらしいのですが、いつの間にか確定診断になっていました。発語が少し遅く人にあまり関心を示さない、毎日1時間ほどかんしゃくで泣き叫ぶ以外は、おとなしく全く手のかからない子でした。

2歳になる前、言葉もほとんどなかった頃からひらがな、カタカナ、数字を認識しており、当時はこの子は天才なんじゃなかろうかと思っていたものでした。後にハイパーレクシア(過読症)と呼ばれる発達障害児に時折みられるものと知りました。 

そんな息子がこだわっていたものがありました。算数です。 

幼稚園の娘に先取りで計算を教えていたのですが、一緒に聞いていた弟の方が吸い込むように覚えていき、3歳で四則演算や分数、小数、平方根あたりまで理解するようになりました。

この子は算数・数学に特段の関心がある、これをなんとか伸ばしていけないか。そう考えていろいろと教材を与えていきました。手先が不器用で、読めてもまだ字を書けなかったのでアプリや算数ゲームがほとんどです。

幼稚園に入り、就学を見据えて何かこの子が算数に関して学齢より先に理解していることを証明できるものがあった方が良いだろうということで、算数検定を受けることにしました。

最初はテストというもの自体が初めてで、うまくいかなかったこともありましたが、年長の時には5級(中学1年程度)まで取得できたと記憶しています。 

その頃に算数オリンピックという大会があることを知り、息子に表彰式の動画を見せました。 

「算数オリンピックで金メダル欲しい」

ものを欲しがることも、夢を語ることも一切なかった息子が初めて持った目標でした。

息子が何かの目標を持ってくれればいいなという程度で勧めただけですが、まさか後に現実になるとはその時にはさらさら思っていませんでした。

小学校は特別支援学級に

息子は勉強面は問題なく自分からトラブルを起こすこともない子供でした。しかし困っても助けを全く求められない、集団行動では常に遅れて一番最後、いろんなものに過敏に反応し、人数が多いにぎやかな状態では大変疲れてしまうなど、特性上の困ったことを多く抱えていました。そのため自閉症・情緒障害特別支援学級に就学し、国語・算数は支援学級、その他の科目は交流学級(普通学級)で受けて6年間を過ごしました。少人数で落ち着ける、細かな配慮が受けられる環境にはずいぶん助けられたものです。

それでも刺激の多い小学校生活は息子にはつらく、勉強も「浮きこぼれ」状態。小学2年から行きしぶりが始まり、なんとかなだめて不登校にならずに済んだという具合でした。結局卒業まで行きしぶりは続き、昼頃にようやく学校に行けたことも多々ありました。

小さい頃からうつっぽい性質で(主治医の先生のお話では、うつのような状態ではあるが、生まれつきなのでうつではないそうです)、「なんで僕を産んだのか、生まれてしまって死ぬのは怖いけど息をするのもしんどい、生きてるのがめんどくさい」、などと何度も言ってきました。障害を持つ彼にとって、それだけ世の中は混沌(こんとん)としていたのかもしれません。

親としてはつらい言葉ではありますが、勝手に産んでしまったのも事実です。そんな息子に生きる楽しみを、何かの目標を持ってほしいと思って勧めたのが算数オリンピックだったのです。

発達凸凹の子の中学受験

算数オリンピックは全国の算数・数学好きな小中学生が難問に挑む大会です。

小学生の部門は小1から小3までのキッズBEE、小5までのジュニア算数オリンピック、小6までの算数オリンピックの三つに分かれています。

まずはキッズBEEに挑みました。小学校3年までの知識で解ける問題ではあるのですが、大人でもかなり頭をひねる難問ばかりです。正直私も最初はほぼ解けませんでした。

息子にはそういう問題はとても面白かったようで、親子で考えながら少しずつ過去問や類似問題を解いていました。

初めて受けた1年生では予選落ち。それでも難問に挑む体験はとても楽しかったようです。

算数オリンピックに参加するお子さんたちの多くは、問題に挑戦すること自体を楽しんでいるようです。会場から出てくるところで口々に「面白かった!」という声が聞こえてきていました。

その後も家でぼちぼちと問題に取り組んで挑んだ小学2年生の時、予選を突破してファイナル大会へ進めることに。ファイナルも順調に解けたようで金賞をいただくことができました。

表彰式のために地方から東京へ。キッズBEEだけは金賞が20人ほど表彰されます。会場で発表されたその中の最優秀賞である長尾賞までいただくことができました。

この体験は息子にとって大きな自信となったようで、その後は生きることへの疑問を口にすることはなくなっていきました。

その後も挑戦を続けて、次のジュニア算数オリンピックでは、3年生で予選落ち、4年生ではあと2点で入賞を逃しました。そして迎えた5年生でようやく金メダルを取ることができました。

発達凸凹の子の中学受験
5年生で取ったジュニア算数オリンピックの金メダル(写真は加工しています)

2度目の表彰式とはいえ、幼稚園のころから目標にしていた憧れの金メダルを本当に手に入れることができた息子は、とても誇らしげな顔をしていました。

6年生の算数オリンピックでは受験勉強も忙しく、残念ながら表彰式には進めませんでした。今は算数オリンピックや数学オリンピックの中学生部門を目指して頑張っています。次の目標は国際数学オリンピックの日本代表になることです。また大きな夢を持ってくれました。

好きなことを追求し、楽しむ

日常生活では勉強以外で人並みにできることはとても少なく、いつも困ってばかりの息子。

好きなことを追求し続けること、それ自体を思いっきり楽しむこと。これは障害のあるなしにかかわらずどんなお子さんであっても、大きな生きる土台を築くものではないかと思います。うちの息子の場合はそれがたまたま算数でしたが、電車だろうが読書だろうがスポーツだろうが、本人が深く興味を持ったことならなんでもいいことかもしれません。

娘の方はあれもこれもといろんなものに興味を示して、息子のように一つのものに特化して何か成果を出したわけではありませんが、イラストを描いたりゲームをしたりパソコンで動画を作ったりしているうちに、今では独学でプログラムを書くようになっていました。

とにかく娘はひまさえあれば自分の好きなことを楽しんでいます。好きなことを持つ。余暇を楽しめる。これは困難があっても生き抜いていく大切なエネルギーになるはずです。 

親としてやってきたことといえば、子供が好きなこと、興味を持ったことをなんであれ否定しない、興味を持った瞬間を逃さず、安いものでいいからそれができる道具をすぐにそろえて興味を掘り下げられる環境を作ること、そしてできれば一緒に楽しむこと。それくらいでしょうか。 

興味の飛び散った娘には継続できずに終わったことはたくさんありますが、なんらかの経験として残っているだろうなと思います。

2人とも障害があることで、今もこれからも不便なことはたくさん起きてきますが、今のところは生きることを楽しんで大きくなってくれているので、親としてはとてもありがたく思っています。

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