キャンパスリポート

AIに殺到する受験生と企業 定員割れが倍率43倍に、就職では高額報酬でオファーも

2020.05.03

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中村 正史
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人工知能(AI)分野に受験生と企業が殺到している。政府はAI人材を年間25万人養成する計画を打ち出したが、とても足りない。第3次AIブームと言われる現在、大学受験にも就職にも大きな変化が起きている。 (写真は、埼玉工業大キャンパスを走る自動運転車=同大提供)

受験者が増えすぎて歩留まりが読めない

東京都心から電車で1時間30分余り、埼玉県深谷市の名産「深谷ねぎ」の畑が広がる一角に埼玉工業大学はある。1903(明治36)年設立の東京商工学校が起源という歴史を持つ大学で、76年に開学した。学校法人の理事長は、東京都文京区大塚にある浄土宗の寺の住職である。

この大学の工学部情報システム学科にAI専攻ができたのは、2019年4月のこと。ここから大学の大変貌が始まった。

就任10年目になる内山俊一学長は「就任する前は定員割れが4年ほど続いていた」と言う。16年にも定員割れしている。

ところが、昨年、AI専攻(定員40人)を開設すると、681人の志願者が殺到。17年開設のIT専攻(定員70人)の志願者も、前年より4割近く増えた。合格者のうち入学辞退者がどれくらい出るかの歩留まりが全く読めない状態になった。前年までのデータを参考に合格者を発表したが、入学手続き率は予想をはるかに上回り、情報システム学科(3専攻)の入学定員150人に対して、ほぼ2倍の299人が入学した。

工学部(3学科)全体では、入学定員360人に対し、入学者は550人。文部科学省がこの数年進めてきた定員厳格化の基準となる1.3倍(小規模大学の場合)を超えてしまい、補助金カットの対象になってしまった。

今年の入試ではさらに拍車がかかり、AI専攻の志願者は昨年の1.7倍の1181人に増えた。一般入試(定員12人)の実質倍率はなんと42.7倍になっている。

入学者の学力層にも変化が起きた。昨年度、「人工知能概論」を担当した井上聡・准教授が言う。

「学生が授業を聴く態度が以前とは全然違います。静かに聴いているし、終わったら質問者の列ができる。質問に答えるのに30分かかります。そういう学生に引っ張られて、教室の空気が変わりました」

同大学の入試難易度は高くない。河合塾の偏差値では、学科によって30台半ばから後半、偏差値がつかないBF(ボーダーフリー)の学科もある。

「これまでは三角関数とかlogとか、わからなかった」そうだが、学力層が明らかに上がった。今年の入試の合格者平均点を見ても、AI専攻とIT専攻は突出して高い。

同大学は数年前から車の自動運転の研究に力を入れ、昨年10月にはTOKIOのリーダー城島茂が自動運転車に乗って大学周辺を走行する様子がテレビ番組で放送された。キャンパスと最寄りの岡部駅間を自動運転で走るスクールバスの実証実験も始まっている。

AI専攻を設置した経緯について、内山学長はこう話す。

「3年前に井上先生が『これからの時代はAIです。企業はこぞってAIの研究センターをつくっています』と言ってきました。大学にはあまり例がなかったのですが、特別予算を付けて18年にAI研究センターをつくりました。うちには人工知能を研究している先生が何人かいたので、早く動こうとAI専攻をつくりました。学部でAI専門の受け入れ組織を持ったのは初めてでしょう」

AI専攻では、AIの理論、開発、運用の知識と技術について、講義や演習、プログラミングを通して学ぶ。

井上准教授が補足して言う。

「企業の採用活動が変わってきています。2、3年前から、うちの卒業生がいる会社から『AIをちょっとでもかじったことのある学生がいたら、教えてくれないか』と言われるようになりました」

実際、企業はAI人材の採用に躍起だ。新卒に対しても、一般社員とは異なる高額の報酬を提示する電機メーカーなどが相次いでいる。同大学でも、AI分野を研究する大学院生に部長級の報酬を提示する例が出ている。

政府がAI人材を年間25万人育成する計画を昨年発表したことも、人材不足を物語る。

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井上聡・准教授による「人工知能概論」の講義=埼玉工業大提供

「大学の旗はAIと自動運転だと確信」

同大学がAI専攻を設置した影響は、これだけにとどまらなかった。同じ情報システム学科のIT専攻や他学科の志願者も増え、工学部に引っ張られるように、もう一つの人間社会学部の志願者も増えている。実志願者数(複数の専攻・学科を併願しても1人と数える)で見ても、大学全体で今年は昨年の5割増、2年前に比べると2倍に増えている。

定員厳格化によって都市圏の大規模私大が合格者を絞ったため、周辺地域へ志願者が分散したこともあるが、実志願者がこの3年で倍増したのは通常では起き得ないことだ。

内山学長はこう話す。

「よその大学の借り物ではなく、うちの大学の中からしかオリジナルは出てきません。学内の人的資産を含めて何がアピールできるのかを考え、世の中に需要があって求められているものに先鞭(せんべん)をつけたいと思いました。大学としての旗を立てたい、それがAIと自動運転であると確信がありました。テントを張る時、真ん中に柱を立てると周りも持ち上がります。AI専攻によって他の学科にもいい影響が出て、今年は全ての学科で志願者が増えました。うちは有名な大学ではないので、まず知ってもらいたい。埼玉工大なら他の学科でも、という受験生の動きが全学科で出ているように思います」

AI・データサイエンスの分野では、2017年の滋賀大学を皮切りに、18年に横浜市立大学、19年に武蔵野大学が、それぞれデータサイエンス学部を設置し、注目された。ここに来て、AI専攻の学部や大学院をつくる動きが始まり、立教大学は今年、大学院に人工知能科学研究科を開設した。

東京・八王子にある東京工科大学は今年、コンピュータサイエンス学部を人工知能専攻と先進情報専攻の2専攻制に変えた。同大学は早くから新入生にノートパソコンを必携とし、ICT教育に力を入れてきた。3年前には全学の横断的な組織として「人工知能研究会」を設置し、サケの雌雄判別を画像認識で行うなど、他学部の課題にコンピュータサイエンス学部の教員が協力して全学的に取り組んできた。

大学のパンフレットにも「AI×デザイン」「AI×医療」とうたうなど、AI研究に力を入れていることをアピールしてきた。19年度からは4学部で新入生にデータサイエンス入門を必修化した。

竹田昌弘コンピュータサイエンス学部長が言う。

「昨年、AIコースをつくり、全部で四つのコースのうち、卒業時に履修した科目などから最終的な修了コースを認定する制度を導入したのですが、AO・推薦で入ってきた学生の希望を聞いたところ、半数がAIを学びたいと言ってきました。それで今年から入学時点で人工知能専攻としてのカリキュラムをつくることにしました」

初めての入試になった今年、人工知能専攻(定員118人)には1900人余りの志願者が集まり、一般入試で定員の多いA日程の倍率は7.5倍になった。学部全体の志願者も昨年の8割増になり、同学部が引っ張る形で大学全体の志願者も昨年の3割増になった。

竹田学部長はこう話す。

「学部の入試難易度もこの数年、1ランクずつ上がり、偏差値は50になりました。出身高校のレベルも上がっており、人工知能専攻は学力の高い高校から集まっています。AIコースをつくった昨年、1年間かけて5人の教員を新たに採用しました。地方の国立大学からも来てくれます。AIのためのAIではなく、応用を考えたAIでなければ役に立ちません。世の中でAIが注目されており、役立つ学生を育てたいです」

東京都市大学は、従来の経営システム工学科を昨年、知能情報工学科に名称変更したところ、志願者は前年の6割増に、今年はさらに昨年を上回った。データサイエンティストの養成を目指しており、AIに特化しているわけではないが、「高校生から見た時に経営システム工学ではわかりにくい」と名称を変えたことが功を奏したようだ。

AI人気は、受験生の間でも、学生を採用する企業の間でも、当分続きそうだ。

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