9月入学は是か非か

開成前校長の柳沢幸雄氏「9月入学に恒久化を、必要性の本質を議論しよう」

2020.05.03

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庄村 敦子
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多くの学校で休校期間が2カ月に及ぼうとしている。緊急事態宣言の解除の先延ばしで、休校は一体いつまで続くのか。先が見通せないなか、「9月入学」を求める声が現役高校生らから噴き出し、その是非をめぐり賛否両論が白熱している。今年3月まで開成中学・高校で校長を務めた柳沢幸雄・北鎌倉女子学園学園長は、秋入学への恒久的変更を強く主張する。4月末、その理由を聞いた。
(写真は、2011年の早稲田大学の9月入学式。04年に国際教養学部から始まり、留学生や帰国子女を受け入れてきた)

話を伺った人

柳沢幸雄さん

北鎌倉女子学園学園長

(やなぎさわ・ゆきお)東大名誉教授。ハーバード大大学院准教授・併任教授などを務める。研究テーマは、空気汚染と健康の関係。2011年度から開成中学・高校校長、20年4月から現職。1947年生まれ。開成高、東大工学部卒。趣味はゴルフ。

春秋年2回入学は無駄、9月に一本化を

「休校期間中にオンライン授業を実施している学校もありますが、対面授業を受けられないため、とりわけ受験生はストレスと不安を抱えながら受験勉強を続けています。休校要請の再延長を繰り返す可能性がある以上、コロナ禍を奇貨として9月入学に恒久的に変更し、それまでの期間は生徒に向き合い、9月入学に変更するまでの準備期間にするといいと考えます」

こう話す柳沢幸雄氏は、東大と米ハーバード大の教壇に立った後、母校の開成中学・高校で9年間にわたり校長を務め、今年4月から神奈川県の私学、北鎌倉女子学園の学園長に就任した。これまでの経験から、柳沢学園長は「9月入学」のメリットを挙げる。

「東大をはじめ留学生を受け入れている大学では、4月入学のほかに9月入学も実施しています。多くの国で入学時期である9月に実施しなければ、外国人留学生の受け入れが困難になるからです。ですが、年に2回、入学時期があることによって、2度手間になる仕事も少なくありません。9月入学の1回だけになると、それらの無駄な仕事を省くことができます」

日本の「労働生産性」(労働者が1時間に生み出す付加価値)は、先進7カ国の中で50年間も最下位であり、OECD(経済協力開発機構)36カ国中21位。日本人は勤勉と言われるが、労働生産性は低いのが実情だという。

「多くの日本人は、『一生懸命、質のいい仕事をしている』と自己評価しています。このことから、前述したような成果につながらない無駄な仕事をしていることが多いと考えられます。労働生産性を高めることは、1000兆円を超える国家債務を抱える日本の復興のために欠くことのできない項目です。また、入学時期が2回あるのですから、カリキュラムは2種類用意されるべきなのに、9月入学生は4月入学生のカリキュラムに遅れて参加します。これでは優秀な留学生が入学しにくい。『9月入学』に一本化して、同時に勉学をスタートさせるべきでしょう」

東大を中退して留学する卒業生も

2011年4月に開成の校長に就任後、生徒から「高校卒業後に海外大学に進学したい」との相談を受けたという。

「私がハーバード大学で教えていたから、相談に来たのだと思います。12年に国際交流委員会を立ち上げ、13年から海外大学進学説明会『カレッジフェア』を始めました。高校を卒業する3月から海外大学に入学する9月まで約半年間。その間、独学で勉強したり経験を積んだりする生徒もいれば、合格した東大に通う生徒もいました。グローバルスタンダードである9月入学に変更すれば、海外大学進学のために東大をやめる人がいなくなり、東大で学びたい人だけが入学します」

9月入学に反対する人たちが挙げるのが会計年度や就職活動の問題だが、柳沢学園長は「会計年度を変える必要はない」「4月の入学や入試、卒業の時期をそれぞれ5カ月後ろ倒しにして、就職活動の時期を変えればいいのです」と話す。そもそも秋入学は、欧米をモデルにした明治の大学創立期から大正10(1921)年まで、40年以上続いていた。日本の企業などは新卒を一括採用しているが、柳沢学園長は「日本のように一括採用している国は少なく、多くの国では通年採用」と話す。

「アメリカでは、6月頃に大学を卒業した後に就職活動を始め、9月頃に入社します。一斉入社ではなく、会社と折り合いがついた日が入社日になります。9月入学に変更すれば、海外の優秀な学生を採用しやすいし、日本の優秀な学生も海外の企業に入社しやすくなります」

日本では、就職活動のために、学生が大学の講義を欠席することも少なくない。柳沢学園長は「9月入学に変更することによって、大学教育が大きく変わる」と言う。

「アメリカのように卒業後に就職活動をするようになれば、大学時代は学業に専念でき、卒論もしっかりと書けます。大学の教員が、就職が内定している学生を留年させにくいということも少なくなるでしょう。日本人は能力があるのだから、大学時代に学業に専念できれば、社会に出て今以上に活躍できるはずです」

9月入学になれば、国内企業の新卒一括採用も変わるかもしれない(写真は、大阪メトロの今年の入社式)
9月入学になれば、国内企業の新卒一括採用も変わるかもしれない(写真は、大阪メトロの今年の入社式)

新しいことには反対がつきもの

9月入学に関してはさまざまな立場から賛否両論がわき起こっているが、柳沢学園長は「9月入学が必要か否か」という本質についてまず考えるべきだと語る。

「大学入学共通テストに英語の4技能をみる外部試験を導入するかどうかの議論のときも、『英語の4技能が必要か否か』よりも、会場や費用などで受験生の公平が保てるかどうかが議論になりました。多くの人は英語の4技能が必要だと感じていたと思いますが、結局、あの案は見送りになりました。私は、外部試験は試験会場が多い英検に絞り、場合によっては回数を増やすなどして実施すればいいと考えていました」

今回も「9月入学が必要か否か」ではなく、会計年度など制度の問題に議論が矮小化されていると感じているそうだ。

「新しいことをやろうとすると、必ず反対する人が出てきます。2011年、東大の浜田純一総長(当時)が、グローバルスタンダードである9月入学への全面移行を目指すと発表しましたが、実現しませんでした。あのときは平時でしたが、今は緊急事態です。対面授業ができない状態が続いているし、司法試験など国家試験の実施も延期されています。100年に1度という緊急事態が起きてしまった以上、『人を育てる』教育も変えるしかないのです」

柳沢学園長が提案する「9月入学」が早期に実現した場合には、約4カ月間の準備期間ができる。学校行事のスケジュールなどを変更する必要も生じるが、行事日程などを検討する時間ができる。オンライン授業を実施している学校とできない学校との格差が問題になっているが、4カ月間あれば、仮に9月になっても対面授業が開始できない場合に備えて、オンライン授業のシステムを作る時間にもなる。

「当初は春休みが終わるまでだった休校期間が、今後何度も延長されて混迷するよりも、早めに『9月入学』を決めれば生徒は安心するだろうし、学校関係者も準備をすることができるのです。『コロナ禍がなければ、○○ができたのに……』と思うことも多いでしょうが、この状況下では仕方ない。よりよい選択をするしかないのです」

「9月入学」反対の意見のなかには、「入学式には満開の桜が似合う」「卒業式や入学式は桜の季節がいい」という情緒的な理由もある。

「気候変動が進み、ほとんどの入学式が葉桜の下で行われています。9月入学だと、読書の秋、スポーツの秋がスタートになります。新しいことを始めると、いろいろと戸惑うかもしれませんが、問題が出たら改善していけばいいのです。新型コロナ感染拡大で休校になり、学校行事やスポーツの大会は中止が相次いでいます。早めに『9月入学』が決まり、約4カ月間の準備期間を経て、より良い教育ができることを願っています」

 

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