海外の教育事情

「100校あれば100通りの教育がある国」オランダ 日本が学べるものは?

2020.05.06

author
佐藤智
Main Image

市民が自ら学校を設立でき、保護者はどこにいても、複数の学校から自分の子どもにふさわしい学校を選べる。それぞれの学校では、独自の教育方針・手法に従って、一人ひとりの子どもたちの個性と能力を育む。そんな教育が行われている国がオランダです。今回はオランダ在住歴24年、現地で2人の子どもを育ててきた経験を持つリヒテルズ直子さんに、オランダの教育制度や当時の子どもたちの様子、日本の教育に必要な視点などを伺いました。

話を伺った人

リヒテルズ直子さん

オランダ教育・社会研究家

(りひてるず・なおこ) 1955年下関市生まれ、福岡市で育つ。九州大学大学院で修士課程(比較教育学)と博士課程(社会学)を修了。約15年間、アジア・アフリカ・ラテンアメリカに在住後、1996年よりオランダへ移住。以後、翻訳・通訳業のかたわら、オランダの教育や社会情勢について自主研究を続ける。「日本イエナプラン教育協会」の初代代表、現在は特別顧問を務める。オランダの教育に関する書籍・論稿・翻訳書・DVDなどを多数発表している。

100校あれば100通りの教育をしているオランダの小学校

――近年、教育先進国として注目を浴びているオランダですが、どのような経緯で移住したのでしょうか?

私たち家族は農業開発技術協力専門家の夫(オランダ国籍)に伴い、ケニア、コスタリカ、ボリビアとさまざまな国に赴任していました。ボリビアでの仕事が終わる時に、夫の故郷であるオランダ東部のヘンゲローに帰ってくることとなりました。それぞれ、小学3年生(オランダでは小学校第5グループ)と小学6年生(第8グループ)になる時期でした。

――お子さんが通う小学校は、どのように選んだのでしょうか?

そもそもオランダには学区がない上、どの地域にも数多くの小学校が存在します。「100校あれば100通りの教育がある」と言われるほど、教育理念も方法も多種多様です。私たちの場合、自宅から毎日徒歩で通うスーパーマーケットに行くまでの間に4校、自転車で通える範囲を含めれば20校以上の小学校が選択肢としてありました。

加えて、義務教育期間は公立でも私立でも、授業料は一切かかりません。ですので、多様な選択肢の中から、自分の子どもに合った学校を選ぶことができたのです。

難しかったのは、初等教育の最終学年にあたる長男の学校選びでした。うちの子どもたちは、それまでアメリカンスクールに通っていましたから、進学のシステムも違いましたし、オランダ語もほとんどできませんでした。小学校の最終学年にいきなり入り、オランダ語を学びながら、翌年から進学コースが分かれる中等教育を選ぶのは、かなり大変なことに思われました。

オランダの中等教育は、大学進学を目指す「大学進学準備中等教育(VWO)」、教師や会計士などの仕事に就く「高等専門学校進学準備中等教育(HAVO)」、農家や職人など技術的な仕事を目指す「中等職業訓練校進学準備中等教育(VMBO)」に進路が分かれます。

海外の教育事情
どのコースかが明確でない生徒は、中等教育の最初の2年間に「ブリッジクラス」という、隣接する2つのコースの内容を同時に履修できるクラスに入れる。そして、2年間の経過観察によって、3年目にコースがはっきりと決められる

長男が中等教育の進路を選ぶのは入学から約半年後。普通は、小学校での子どもの様子を見てきた学校の先生がアドバイスをしてくれるのですが、それでも最終学年で行われる全国学力テストの結果が、中等教育の進路選びに大きな影響力を持つのです。

ひとまず私たちは、親戚が先生として働いていた公立学校に相談しました。返事は「今から最終学年に入って、わずか半年で進路選択するのは難しい。1つ下の学年に転入してはどうか」というものでした。

――小学生の段階で、いわゆる「落第」をしなければならなかったのですね。

はい。実はオランダでは、小学生の落第はさほど珍しいことではありません。しかし、小学生の落第など聞いたことのない日本人の私は強い戸惑いを覚えました。

これだけたくさんの学校があるのなら、長男に落第させずに受け入れてくれるところもあるのでないか、アメリカンスクールではちゃんと学年の課題をこなしてきていたのだし……。そんなことを思い、私たちは別の学校を探し始めました。

――どんな学校が候補に挙がったのでしょうか?

自宅から歩いて行ける距離にあった、モンテッソーリ教育を行う学校と夫の母校である学校の2校が候補となりました。どちらも私立校ですが、公立校と同じように授業料を支払う必要はありません。

モンテッソーリ校では、最終学年としての受け入れは問題ありませんでした。ただ、教育方法が特徴的で、これまで子どもたちが受けてきた教育とはギャップがあるため、短期間に馴染めるかという懸念がありました。

もう一方の私立学校は、実は私たちが訪れる2年前に経営危機があり、建て直しの末、ちょうど人気が回復し始めたタイミングでした。当時、最終学年の生徒数はわずか15人。校長先生からは「少人数なので、お宅のお子さんの指導にしっかり時間を掛けられる。ひとまず最終学年から入って、様子を見てみないか」とお話しいただきました。

子どもたちは、英語は話せるものの、オランダ語は全く話せません。そのため、手厚く指導してくれる学校がいいと思い、この私立学校に決定しました。

――お子さまに合う学校が見つかったのですね。それにしても、なぜオランダにはここまで多様な学校があるのでしょうか?

オランダでは、19世紀の前半以来、私立校が公立校との平等を求めて、90年間にわたる長い政治論争が行われました。その結果、1917年の憲法改正で、「教育の自由」が保証されるようになりました。それは、教育理念、教育方法、学校設立の自由を保証するもので、以来、学校は、私立校でも公立校でも、設立者の理念に沿って教育方法を選べ、さらに、すべての学校が同じ教育費を国から受けられるようになったのです。加えて、およそ200人の生徒が入学することを証明できれば、市民団体でも学校を作れます(ただし、現行の法律では自治体ごとに150〜350人程度の最低人数が決まっている)。しかも、校舎は、自治体が提供しなければならないことになっています。

1970年代には市民運動が盛んになり、これまでの画一一斉授業を中心とした学校から、個別の子どものニーズやテンポに合わせた教育のあり方を求めて、さまざまな学校変革の動きが活発になります。特に、1900年代初頭に欧米で始まった新教育(オルタナティブ教育)への関心が広がり、この時期に、そうした学校が次々に設立されています。それも、元を辿れば、「教育の自由」を憲法で保証していたからこそできたことなのです。

移民の子どもたちにも、柔軟に対応できる教育制度

――実際にお子さんが小学校に通う中で、どんな気付きや発見がありましたか?

一人ひとりを大切にする教育が行われていると感じました。子どもに合わせた学校選びができるのはもちろん、どの学校でも子どもの個性と能力を伸ばす教育が実施されています。

もちろん、国は、小学校8年間(4〜12歳)の終了段階に子どもたちが身につけておくべき能力を「中核目標」として示しています。しかし、どのようにカリキュラムを組み、どんな教材を使い、どんな授業形態でその目標を子どもたちに達成させるかは、学校の自由裁量に任されているのです。

オランダでは、1981年に新初等教育法ができるまで、学年ごとの必修内容が決められていたため、1科目でも必修科目を習得できなければ落第するという厳しい制度でした。しかし、中核目標を初等教育の最終段階に設定することで、もっと柔軟に子どもたちの発達段階に合わせた指導の仕方ができるようになったのです。

このように変わったことで、それまで多数あった落第の数が減り、子どもたちの自己肯定感を傷つけることなく指導できるようにもなりました。

――実際に小学校に通っていたお子さんはどんな様子でしたか?

最初はやはり言葉がわからず、オランダでの生活に馴染めなかったので、大変そうでした。特に、長男は進路決定の判断材料となる全国一斉テスト(CITO)を受けることにプレッシャーを感じて、不機嫌になりがちでした。

ただ、学校側の対応は非常に柔軟でした。例えば、学校では週に2回音読の時間が設けられていたのですが、その際は少し下の年齢のグループに入ることでスムーズに学習を進めることができました。

長男の学力テストの結果が良くなかった時も、進学先の中等学校の先生は真摯に長男の進路を考え、「オランダ語がまだ難しいが、数学だけは平均点を超えている。中等教育では最初の1年間は準備期間として、先生の指導のもと自習の時間が設けられている。そこでしっかりオランダ語を身につければ、大学進学コースへの移行もできる」とアドバイスをしてくださいました。こうした対応のおかげで、子どもたちはオランダでの学校生活に早い段階で馴染むことができました。

海外の教育事情

――オランダの学校教育を受けて、お子さんに何か変化はありましたか?

もともと、父親がオランダ人でしたし、子どもたちも日本の学校ではなく、アメリカンスクールに通っていたので、それほど大きな変化は感じませんでした。しかし、オランダは、アメリカのように達成主義ではありませんし、子ども一人ひとりの個性を大切にしてくれる国です。そんな中で、感じられる変化は多少はありました。

例えば、自分の意見をしっかりと持ち、言えるようになったことでしょうか。これは、学校が一方的に何らかのものの見方を押し付けてくるのではなく、実際に世の中で起きている事柄を学びの素材とし、頻繁に探求やディスカッションをしているからでしょう。

より良い教育環境を整えるために、保護者が学校に参加

――日本でもオランダの教育を見習って、画一的な一斉教育から個々の子どもの学習進度に合わせた個別教育に転換しようという動きが増えてきています。

大変重要なことだと思います。なぜなら、画一的な一斉授業は、産業発展の初期の時期、工場で人々が機械のように作業をしていた時期の教育のあり方です。また、学校が一方的に1つの価値観を注入する教育は、軍国主義教育にも似ています。

グローバル化が進み、AIが人間の労働に変わっていく時代に求められているのは、自分から何かに進んで取り組む起業性や創造性(ものを生み出すこと、独創的な考えを持つこと)、計画力、批判的思考能力(情報を受け身に鵜呑みにするのではなく、一旦自分の頭でよく考え直してみる力)、立場の違う相手に、自分の立場と考えを正確に伝える力(プレゼンテーションやコミュニケーションの力)、そして、自分一人で何かをして、他の人と競争するのではなく、自分の力と仲間の力を認め、お互いに協力して大きな仕事を成し遂げようとする態度や能力であると思います。

学年が同じだからという理由で、みんなが十把一絡げで教育されている状況では、このような力を育てることはできません。そうではなく、一人ひとりの子どもの個性と学び方、学びのテンポを配慮して、子ども達が自己肯定感を失うことなく、自らの力を肯定し、自分から進んで学ぶことを学ばなければならないのです。個別教育は、そのために、教員がどう関われるかということを問うています。

――そうした教育の重要性は日本でも叫ばれ、教育改革が進んでいます。日本がオランダの教育から学べるのはどんなことだと思いますか?

これまで私は、オランダで起きていることを形だけ模倣するようなことが起きて欲しくない、といつも思いながら、オランダの教育を日本に紹介してきました。学んで欲しいのは、今、オランダで起きていることの「形」や「方法」ではなく、その裏にある教育に対する「考え方」や「ビジョン」なのです。

その観点から言うと、2つのことを日本はオランダから学べるのではないか、と思っています。1つは、学校教育を多様化することです。学校の先生たちが持っている現場での経験をもとに、もっと子どもたちのニーズにその場ですぐに答えられるような、自由裁量権を持てるようにすることではないでしょうか。また、日本は、地域の特性が豊かな国です。教育内容を一律化するのではなく、地域の風土や社会特性をもっと反映させることができると良いと思います。

もう1つは、社会の多様性を学ぶ機会。オランダは移民の多い国です。しかし、移民でなくても、一人ひとりが、ユニーク(唯一無二)な存在として認められています。社会は、そのように、異なる人が集まっているからこそ豊かなのです。いろいろなアイデアが出され、そこから議論を通していくことで、さらにみんなでもっと豊かなアイデアを生み出していける。それが、民主的な社会の基盤です。

――より良い教育環境を整えるため、保護者の立場からどんなことができるでしょうか?

学校にもっと積極的に関われるといいですよね。日本ではPTAはありますが、とかく、地域の有力者が大きな発言権を持ち、牛耳ってしまうようなケースもしばしばみられます。本来、学校は子どもを中心とし、その周りを子どもの権利の代弁者である「保護者」が取り巻き、さらに、その周りを教育の専門家である教員チームが取り巻いて成り立つものです。

欧米諸国では、学校における保護者の権利をきちんと法的に保証しています。例えば、オランダでは、公立私立に関わりなく、すべての学校に「学校経営参加評議会」という会を設けることが義務付けられています。

この評議会には、教職員の代表と保護者の代表とが半数ずつ参加し、経営者の決める方針に対して、反対して止めたり(同意権事項)、審議し直しを要求したり(勧告権事項)することができます。例えば、校長や教員の採用や罷免(ひめん)については、学校経営参加評議会を通して、教員や保護者は審議し直しを要求できるのです。

――保護者が積極的に学校に関わることが権利でもあり、義務でもあるんですね。

そうです。保護者は「親権者」とも言われ、未成年の子どもの権利を子どもに代わって守る義務を負っています。ですから、子ども達の権利が守られていなければ、それを要求できるとともに、モンスターペアレントとしてではなく、きちんとした手続きを踏んで、学校側と冷静に話し合うことができなくてはなりません。

もともと、オランダの学校は、学区制で押し付けられたものではなく、保護者が複数の中から選べるものなので、学校選択については保護者が責任を持って選びますし、選んだ以上は、その学校のことを好ましいと感じています。ですから、学校活動へも積極的に参加しますし、教員たちにも協力の姿勢が強くなるのです。

学校側も、子どもたちの進路指導のために、さまざまな職業に就いている保護者を学校に招いて、子どもたちにインタビューさせたり、ミュージカルやキャンプなどの催しの時には、保護者が大勢協力したりします。

こうした、学校の教員と保護者の間の日頃からの密なコミュニケーションが、両者の間に信頼関係を生み出し、大人が一緒に忌憚なく意見を言いながら、子どもたちを協力して育てるという意識につながっていくのです。

(編集:野阪拓海/ノオト)

新着記事