9月入学は是か非か

元文科次官・前川喜平氏「失政隠しの『教育の政治利用』 時間とお金をかけて議論を」

2020.05.04

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山下 知子
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多くの学校で休校期間が2カ月に及ぼうとしている。緊急事態宣言の解除の先延ばしで、休校は一体いつまで続くのか。先が見通せないなか、「9月入学」を求める声が現役高校生らから噴き出し、その是非をめぐり賛否両論が白熱している。自身のツイッターで「9月入学については、無責任な議論が横行している」などと発信した元文部科学事務次官の前川喜平氏に、5月初め、その真意を聞いた。(写真は、9月入学をめぐり賛否が割れた4月29日の全国知事会ウェブ会議)

話を伺った人

前川喜平さん

元文部科学事務次官

(まえかわ・きへい)1955年生まれ。東京大学法学部卒業。79年、文部省(当時)入省。官房長、初等中等教育局長などを経て、2016年に文部科学事務次官に就任、17年に退官。現在は現代教育行政研究会代表。

大学と義務教育は区別して議論を

――「9月入学制」の議論が盛り上がっています。どう受け止めていますか?

いま優先するべき話ではありません。失政を隠すための「教育の政治利用」ではないでしょうか。

9月入学論は、10年に1度ぐらいの周期で出てきます。中曽根康弘内閣の時の臨時教育審議会の答申(1987年)で提言があり、中央教育審議会の答申(97年)、2000年の教育改革国民会議でも出ました。12年には東大で秋入学導入の提言が出て、大きな議論を呼びました。文部科学省はすでに何度も検討しているのです。わかったのは、国民の合意を得たうえで、時間とお金をかけないとできないということです。

――9月入学制には反対の立場ということですか?

いま議論するのは反対という立場です。白紙から考えるなら9月入学には賛成ですよ。

学年の真ん中に夏休みがあるよりは、学年末にあるほうが子どもの生活リズムの点からもメリットがあります。海外では9月入学が多く、国際スタンダードにも合わせられます。入試も、インフルエンザが流行し、雪で公共交通機関が止まる冬より、夏のほうがずっといい。会計年度とずれても難しいことはありません。

――9月入学制を考える時、どんな視点が必要なのでしょうか。お金と時間をかけて議論すべきだと先ほどおっしゃいました。

大学の9月入学制と、義務教育を含めた学校全体の9月入学制は区別して考えるべきです。高校と大学の接続部分だけだったら、今も多くの大学が秋季入学を導入しており、さらに拡大していけばいいと思います。しかし、義務教育となると話は違ってきます。影響が大きいので国民的議論が不可欠です。

学校教育法では、義務教育開始の下限年齢は「6歳0カ月」となっています。その考え方のまま9月入学にすると、初年度は6歳0カ月から7歳5カ月で構成される、いびつな学年が生まれてしまいます。小学1年生で17カ月の違いは大きすぎるので、同じ学年にくくるのは無理です。

今年の4月2日から9月1日までに6歳になる子だけで一つの学年を作る手もありますが、同年齢の子を二つの学年に分けることになるので、これもかなり無理があります。

では、どうするか。

幼稚園・保育園の段階から、1学年で1カ月ごとスライドしていく方法があります。初年度は4月2日から翌年5月1日までの子どもを入学させ、2年目は5月2日から6月1日までの子どもを入学させる。そうすると、5年たてば9月でそろいます。半月ずつ10年かけてもいい。無理なく実施するには時間をかける必要があるのです。

小学校入学式
マスク着用で行われた今年の小学校入学式

優先すべきは学校の再開

――休校が続く中、いま優先すべき議論は何だと考えていますか?

学校再開に力を注ぐことです。首相は2月、一斉休校要請を行いましたが、学校は「休業補償」がいらないからと安易に考えているように感じます。休校は、憲法26条の教育を受ける権利が侵害されている状況。お金に換えられない損失が発生しています。学校は閉めるのは最後、開けるのは最初であるべきなのです。

学校保健安全法は、子どもたちの健康のために「休校」を規定しています。大人のためではなく、子ども自身の生存権を守るために学習権を停止することを認めているわけです。休校は、子どもの健康が危ないときにだけ、学校ごとに行うべきものです。緊急事態宣言が延長されたら休校も延長するというのはおかしい。政府専門家会議も学校再開の必要性を認めました。

地域や学校種によって状況は違います。感染者が多い地域なのか少ない地域なのか。電車通学が多い高校なのか、近隣から徒歩で通う公立小中学校なのか。各地の教育委員会も学習権を守るとりでとして、子どもの学習権を停止していい状況なのか、もっと主体的に判断し、開けていい学校は開けるべきです。

もちろん、感染リスクを下げる工夫は必要です。時差登校や分散登校に加え、何より先生が学校に持ち込まないようにしないといけない。消毒液やマスクを用意し、PCR検査も優先的に受けられるようにしたらいいと思います。

来年は7月にも大学入試を

――受験や就職を控えた高校3年生の一部から9月入学制を求める声が出るなど、不安は切実です。

この学年の気持ちに応える必要はあります。これについては、大学の秋季入学枠を拡充するのが策の一つとして考えられます。大学全体を秋季入学にする必要はありません。4月に進学したい生徒もいます。全体を秋季入学にすると半年間、新1年生がいないことになり、収入が半年途絶えます。その補償や補塡(ほてん)となれば、何百億円か必要でしょう。

今の高校3年生のみ7月末なり8月末なり、大学が始まるまで高校生活が続けられるようにするのはどうでしょうか。高校には別科や専攻科を設置できるので、臨時に設けて在籍させます。もちろん、3月に卒業し、4月から働いたり、大学に入ったりする選択肢も残しておきます。

そして、秋入学用の大学入学共通テストを7月ごろ行います。大学入試センターにとって試験を年2回行うのは大変ですが、やってできないことはないでしょう。長い目で見れば、こうした仕組みを恒常的に構築してもいいかもしれません。

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