9月入学は是か非か

教育社会学者の本田由紀・東大教授「来年の入試では『1点刻み』は困難に」

2020.05.10

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山下 知子
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多くの学校で休校期間が2カ月に及ぼうとしている。緊急事態宣言の解除の先延ばしで、休校は一体いつまで続くのか。先が見通せないなか、「9月入学」を求める声が現役高校生らから噴き出し、その是非をめぐり賛否両論が白熱している。教育社会学が専門の本田由紀・東大教授に、議論をどう受け止めているかを聞いた。(写真は、2018年11月に行われた大学入学共通テストの試行調査)

話を伺った人

本田由紀さん

東京大学教授

(ほんだ・ゆき)1964年生まれ。専門は教育社会学。学校と労働、家族の問題を中心に研究する。日本労働研究機構研究員などを経て現職。朝日新聞書評委員。『多元化する「能力」と日本社会』(NTT出版)で大佛次郎論壇賞奨励賞。著書に『軋む社会』(双風舎、河出文庫所収)、『「ニート」って言うな!』(光文社新書・共著)など、近著に『教育は何を評価してきたのか』 (岩波新書)。

「来年の入試どうなる?」への回答急げ

――9月入学論が盛り上がっています。どう受け止めていますか?

「9月入学制そのものを全否定するわけではないが、今とりくむべきことではない」と思います。それよりも、いつどのように、どういった中身の大学入試・高校入試を行うかを早急に決めないといけません。9月入学制は、入試の時期と直結します。9月入学・始業が可能かどうかを時間をかけて議論することで、「来年の入試はどうなるのか」という、多くの受験生が不安に思うことへの回答が遅れるのであれば、むしろ弊害のほうが大きいと思います。

高3生の悲鳴のようなツイッターも目にします。それはそうでしょう。自分の人生の重要な分岐点がいつどのように決められるのか、宙づり状態なのですから。

――萩生田光一文部科学相は4月、来春の入学者を対象とした大学の総合型選抜(旧AO入試)と学校推薦型選抜(旧推薦入試)について「募集の時期を遅らせる必要がある」との考えを示しています。入試の変更はやむを得ないのでしょうか。

変更は不可欠でしょう。

すでに3、4月が休校になり、さらに緊急事態宣言の延長で5月末まで休校となる学校が出ています。3カ月近く、学校が開かれていないのです。もうすでに、学びに欠落が生まれ、格差が生じているのです。

欠落と格差の影響を直接受けるのは受験生、とくに大学受験を控える高3生です。大学の場合、受験先が広域で受験生が全国各地にいるがゆえに、学校の所在地域や設置者によって生まれている格差の影響が大きいのです。

これらは、子どもたちの責任では全くないところのものです。日本にはこれまでも明確に教育格差がありましたが、それは表向きは平等に教育機会が提供されているという前提のもとで、個人の側の「能力」「学力」に差がついてしまっているのだから仕方ないね、という扱いをされてきました。しかし、今回の休校に基づく不利益は絶対に個人に帰することはできません。教育や入試を提供する側の責任として対処すべきことです。

――入試を変更するとして、どのような形が考えられるのでしょうか。

一つずつ検討していきましょう。

来年1、2月にある大学入試を半年先にずらしますか? 時期が先送りされても、既に生じているスタートラインの格差を埋めることにはつながりません。これまでも学校や塾で学べている生徒は延びた期間にいっそう受験対策などができ、これまでに学習機会が奪われている生徒は遅れを取り戻すハンデを負っているからです。

学ぶべき内容を示した学習指導要領の扱いを柔軟にし、今年の高3生に限っては終わらなくてもよいことにする、大学入試は高校2年までの学習内容で、という意見もあります。でも、そうしたら大学が、高校3年で学ぶはずだった学習内容について、膨大な補習を用意しないといけないでしょう。

教育というのは「建前」で成り立っている面があります。「高3でここまで学んでいる」という前提のもとで、その先に「大学ではこれをやる」となるのです。仮に高2までの学習で大学に入れるとなると、教育の「建前」そのものが崩壊しかねません。

もしくは、高3の学習内容をたとえ薄っぺらくても、突貫工事であっても、高校段階で一応やったことにする、という手もあります。「建前」上は問題はなくなりますが、生徒にとっては雑なやり方です。やはり、「被った不利益をどうしてくれるのか」という批判や不満が出てきても当然です。

【文中写真】学校再開
緊急事態宣言は全国で5月末まで延長されたが、大型連休明けから学校が再開した地域もある

共通テストは高2までの内容に重点を

――果たして有効な入試変更のやり方はあるのでしょうか。

少なくとも直近の大学入試については、応急的な対策ですが、大学入学共通テストでは、高2までの内容の重点を高め、高3の学習分野の配点をやや少なくします。そして、「1点刻み」ではなく、どの程度習得しているかを「確認」します。「確認」にとどめるのがポイントです。

そのうえで、個別の大学がアドミッションポリシー(入学者受け入れの方針)などに沿い、受験生本人の関心、大学で学ぶうえで必要なデータを読む力などを備えているかを検討する。これまでのAO入試や推薦入試のやり方を広げるイメージでしょうか。大変ですが、できないことはないと思います。大量の受験生に対して全てマークシート方式で入試を行ってきたような一部私立大ができるかどうかは危惧していますが……。一定の習得度が確認された受験生を対象にくじ引きにする手もあります。

常々、私は「1点刻み」の入試には反対でしたし、現在のように教育行政や学校の側の理由で格差が生じている事態のもとでは、それは本人に責任を帰することができない不平等を顕在化させてしまい、受験生にとってとうてい納得がゆくものではないことになります。また、受験科目や学校制度が普通科目(国社英数理)の学力に偏重しているのもおかしいと思っています。日本の後期中等教育(高校)は7割強が普通科で、かつ偏差値で輪切りになっており、3割弱程度の専門学科や総合学科があるという、国際的に見ても特異な形なのです。今回を機に、大学入試や高校入試の形態や、高校のあり方を見直す可能性もあると思っています。

なにはともあれ、いま一番考えるべきは受験生。9月入学制の議論の前に、時期や選抜の方法、中身といった入試のあり方を早急に決めてほしいと思っています。

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