キャンパスリポート
困窮する留学生を救え! 半数が留学生のAPUで卒業生が食糧支援に立ち上がる
2020.05.12

学生約5500人の半数を留学生が占める立命館アジア太平洋大学(APU、大分県別府市)で、生活に困窮する留学生たちを救おうと、卒業生たちが立ち上がって、米、パスタ、小麦を配る食糧支援活動を始めた。(写真は、米を受け取ったベトナムからの留学生。メッセージと、中国の卒業生が寄贈したマスクが添えてある=いずれもAPU Hands提供)
バイトがなくなり、ずっと部屋にいる
APUは2000年の開学以来、150を超える国・地域の留学生が学び、グローバル教育が最も進んだ大学として知られる。1年次はAPハウスと呼ばれる、高台のキャンパス周辺にある寮で生活するが、2年次からは別府市街地に下りてシェアハウスなどを借り、飲食店やホテルなどでアルバイトをしながら生活している。その日常生活を直撃したのが新型コロナウイルスだった。
ベトナムからの留学生で国際経営学部2年のレーディン・プーさん(20)は、4月に入ってからずっと一人で部屋にこもっている。シェアハウスでベトナム人の友人と2人で暮らしていたが、友人は早々に帰国した。2軒のレストランでアルバイトをしていたが、客が減って仕事がなくなり、月8万円のアルバイト収入がなくなった。
大学キャンパスは立ち入り禁止。当初、4月8日からオンライン授業が始まる予定だったが、国に帰った留学生が戻って来られないなどの事情で22日から、さらに5月7日からに授業開始が延期になった。
「いま困っているのはお金と食べるものです」とプーさんは言う。
米国ハワイ州からの留学生でアジア太平洋学部2年のトクハラ・ブルックスさん(20)は、コンビニでアルバイトをしていたが、コロナの感染を恐れて自分からバイトを辞めた。
「市内とAPUを結ぶバスの1年定期を買っていますが、たまに外出しようと思っても、乗客減でバスの本数がすごく減り、なかなか来ません。定期代を返してほしい。2~3カ月分の生活費はありますが、それを過ぎるときついです」
友達の様子を尋ねると、こう話した。
「精神的にストレスをかかえています。3人でルームシェアしている友達は、これまで家賃6万円を3等分していたのに、2人が帰国してしまったため、全額を払わなければならなくなり、困り果てています」
温泉街として知られる別府市は狭い街でもあり、「留学生がコンビニのゴミ箱をあさっていた」といった噂も流れている。卒業生の一人は「別府では留学生=APUと思われている。食べるのに困って危険なアルバイトをしたりしないか心配しています」と言う。
手紙に「あなたは一人じゃない」のメッセージ
留学生の窮状を自ら知ることになったのが、APUの1期生で、別府市内で韓国料理店などを経営するイ・チェグさん(44)だった。
「APUの留学生などをローテーションで40人くらい使っていましたが、お客さんが減ってバイトを継続させてあげられなくなった。せめてご飯を1食だけでも食べさせてあげようと、食事を提供することにしたところ、話を聞いた学生が来るようになりました」
チェグさんから留学生の状況を聞いた同じ1期生の江原まゆみさん(38)が、「たくさんの学生がバイトできずに困っているはず。何かできないか」と、3期生で福岡市在住の岡田祥伸さん(36)に連絡を取った。2人は「国にも帰れずに孤独と戦っている学生たちにメッセージを届けたい」と、「APU Hands」というフェイスブック(FB)のページを開設。卒業生などに寄付や物資の提供を呼びかけ、留学生や国内学生に食糧を配る活動を始めた。
4月末にFBや大学のホームページで200人を対象に配ることを告知したところ、425人から申し出があった。卒業生や教職員、別府市民からも米などの食糧が集まり始めた。5月2日から、デリバリーサービス業を営む卒業生が、申し込みのあった留学生などの部屋を訪ねて、米、パスタ、小麦を届けている。学生はいずれかを選び、2キロ分をもらえる。
一緒に手渡される手紙には、「you are not alone」(あなたは一人じゃない)と、以下のメッセージが英語と日本語で書いてある。
「不安な日々を過ごしているでしょう。孤独を感じているかもしれません。一人で悩んでいませんか。忘れないでください。あなたは一人ではありません。私たちAPUの卒業生、教職員、そして別府の市民の皆さんがあなたのそばにいます」
配達した際にアンケートを行っているが、「一番困っていること」の質問には、「アルバイトがない」「収入が減った」が圧倒的に多い。ほかに「お金がなくて国に帰れない」「家賃を払えない」「市内ではハラールの(イスラム教で許された)食材は入手困難」「人に会いたい」など。「poor」(貧しい)という回答もあった。

「何かあったらすぐ動く」はAPUのDNA
手をさしのべるという意味を込めた「APU Hands」の活動に、国内外の卒業生たちの動きは早かった。中国の1期生からはマスク1万枚が届いた。
3期生で、宮崎県で国産バナナカレーの会社を経営する内田匡彦さん(36)は、5月5日、自社で製造するバナナカレー210人分を車に積み、片道約170キロを走ってAPUに駆けつけた。
「何ができるか考えました。米は集まっていると聞いたので、レトルトのカレーなら調理が簡単で賞味期限も長いと思い、自分の目の前にあるものを持って行きました。母校に何かあったらすぐに動くのが当たり前というのは、APUのDNAです」
物資の提供のほか、寄付は呼びかけ開始から3日間で約60人から230万円が集まり、大型連休明けには300万円を超えた。岡田さんはこう話す。
「募金は1000万円を目標にしています。長い目で支援していかないと、彼らの生活の基盤がつくれません。APU Handsの活動は2万人にシェアされ、首都圏からも何かできないかと問い合わせが来ています。市内には他にも留学生がいる大学があり、APUだけでなく、他大学にも支援の輪を広げていきたいと思います」
APUは、留学生が卒業後に日本に残り、首都圏で就職したり起業したりする人も多い。受験生からの評価が高まったために、国内学生の志願者は4割が首都圏、在籍者でも2割を占める。伊藤健志・APU東京オフィス所長は言う。
「卒業生が頻繁に東京オフィスに集まり、インドの校友会長と情報交換したり、日本での子育てについてシンポジウムを開いたりするなど、動きが活発です。APU Handsの活動はFBで広がり、シンガポールなど海外在住の卒業生が動いています」
同窓会の事務局になっているAPU学長室の篠﨑裕二課長はこう話す。
「困っているのは留学生も国内学生も同じです。『親が仕送りできなくなった』とか、『所持金が数千円しかない』『食糧支援のお陰で米を友達に借りなくてすむ』『今のところ1日1食』などの声を聞きます。APU Handsは大学も応援しており、私も一緒にやっています。卒業生や教職員だけでなく、学生の父母や別府市民からも協力してもらっており、ありがたいです」
