緊急連載 濱田純一・東大前総長が語る「9月入学論」

第1回◆価値観を変える覚悟がなければ9月入学はできない

2020.06.12

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EduA編集部
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4月下旬から浮上した「9月入学論」で必ず引き合いに出されたのが、10年近く前に大議論になった東大の秋入学構想だった。当事者である当時の総長、濱田純一氏が秋入学構想を振り返り、日本の大学や社会に求められることを語る。(聞き手・中村正史、写真はインタビューに応じる濱田純一氏=2020年6月)

国際競争を意識する大学こそ9月入学にチャレンジすべき

――すでに9月入学の枠があり、グローバル教育を進めている大学の担当者は「4月も9月も入れればいい。なぜ9月だけに一本化しようとするのか」と言っています。

部分的であれば、東大を含め、すでに9月入学を並立させている大学も多くあります。しかし、全国の学部入学者の中で4月以外の時期の入学者の数は1%にも届きませんし、多くが留学生で日本人学生は少数です。部分的ではなく、本格的な並立を特徴として打ち出して学生を募集し、それに対応した教育体制をとる現実的な見込みのある大学は、果たしてどれくらいあるでしょうか。

東大の秋入学構想の時も、4月も9月もという並立案は検討しました。しかし、学内では「入試業務や授業など二重の負担を負うから、教育水準を確保しようとすれば、今のリソースで複線を走らせるのは不可能だ」という意見が強かった。何より、4月も9月もというやり方では、教育のあり方や社会の仕組みも変わらなければという意識や動きを促すようなインパクトは生まれません。社会の変化がついてこないと、ある段階で大学の動きは孤立してしまう。東大の秋入学構想の時も、「並立案を検討」では、ほとんどインパクトはなかったでしょう。

ですから並立ができる大学はそれを進めていくことが望ましいと思いますが、9月入学論に代替できるわけではないと思います。

――大学関係者の中には、すべての大学が一律、一斉に9月入学にする必要はないではないか、各大学の判断で決めればいい、という意見も多いのですが、どう思いますか。

東大の秋入学構想は、政治や外部の動きを受けたものではなく、大学が主体的に自分の選択でやろうとしているんだ、ということが第一歩だったのです。秋入学にしようとすれば当然、リスクも負うし、負担も増えるけれど、それによって得られる学生への教育効果などの方が長い目で見れば、はるかに大きいという判断です。

東大には、リスクを負っても大きな成果を得るためにチャレンジできる条件があります。私は総長就任時に「タフな東大生」という言葉を使いましたが、グローバル化による教育効果というのは、単に海外の知識を得るというだけでなく、多様な経験を通じて知的な能力を鍛え、社会で実際に生かせる力強さを身につけられる、とても良い機会となります。そういうタフさを培う経験を、リスクを冒してでもするのが東大の学生であり、それを支えるのが東大の教職員の役割だと思いました。

東大のような大学なら、当面のコストを払ってでも、次の時代の第一歩をつくれると考えていました。すべての大学が同じように進めるかと言えば、それは難しいと思います。ただ、国際的な競争を意識して卓越した教育・研究を目指している大学は、そうした体力もあり、メリットも得られるし、何より、教育・研究を通じて日本のグローバル化を先導・牽引していく大きな社会的責任があります。また、国も制度変更などのためには、ある程度の規模で大学が動いてくれる方がやりやすいでしょうね。

当時、東大は単独でもやると議論をスタートさせたら、学内から「国は司法試験や医師国家試験の時期を変えてくれるだろうか」といった声もありました。

――濱田さんが東大総長になったのは2009年4月ですが、秋入学構想はいつ頃から考えていたのですか。

いきさつは後ほど話しますが、本格的な検討開始に向けて動き始めた頃に背中を押されたのは、3.11の東日本大震災でした。すさまじい惨禍の後に、国のあり方、社会のあり方、人びとの生き方をもう一度考え直そうという機運が高まり、私たち大学も責任を持って、本腰を入れて取り組まなければいけないと改めて思いました。そして5月から学内で「入学時期の在り方に関する懇談会」をスタートさせました。(第2回に続く)

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