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学内で酒造り、競って学ぶ発酵の奥深さ 東京農業大学 応用生物科学部 醸造科学科

2020.06.17

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白石圭
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伝統あるバイオテクノロジー・醸造を学べる醸造科学科。微生物の働きや発酵現象に関する教育と研究の両面で、醸造の未来に貢献する人材を育成する。そのために力を注ぐ教育の一つが、実際に醸造を体験する実験と特別実習だ。

※写真は、学生に人気の生産学実験。自分で造ったお酒のおいしさに酔ってしまう学生もいるとか(写真提供/東京農業大)

酒、味噌、醤油……日本の食卓には醸造技術を利用した食品が並ぶ。こうした醸造食品の製造をはじめ、微生物を利用した産業について専門的に学べるのが、応用生物科学部醸造科学科だ。学科長の藤本尚志教授は、同学科の役割についてこう話す。

「もともとは将来蔵元を継ぐ子弟の教育を目的とする学科でしたが、今は醸造業の家庭出身者は1割程度。醸造食品をはじめ、微生物の生命活動に興味をもつ学生も多いですね。ヤマサ醤油などをはじめ、全国の食品会社や酒蔵との連携も盛んに行っており、教育と研究の両面で醸造・食品産業の発展に貢献しています」

醸造と環境の関係も学ぶ

醸造科学科は大きく三つの分野に分かれる。清酒酵母、乳酸菌などの有用微生物の分類や特性を学ぶ醸造微生物学分野、醸造物・発酵食品の製造技術、解析、開発を学ぶ醸造技術分野、排水処理や水質汚濁など醸造と環境の関係を学ぶ醸造環境学分野だ。学生はこれらの分野を横断的に学ぶことになる。

「1年次は生物学と化学といった基礎的な内容を学び、酵母や麹菌の培養実験などを通じて微生物の基本的な扱い方を身につけます。2年次、3年次と学年が上がるにつれ醸造にかかわる発展的な内容を学び、3年次で実際に調味料や酒類を製造する実験を行います」(藤本教授)

藤本尚志教授
藤本尚志教授。研究テーマは水源の微生物生態系解析および有害微生物の制御(写真提供/東京農業大)

醸造科学科を象徴するのが3年次の生産学実験だ。4~7月は味噌と醤油といった調味料を、9~12月は清酒、焼酎、ビール、ワインといった酒類を製造する。完成品は学生、教員、大学院生の全員で香りや味の観点から評価する。学生からも人気の実習だ。

「授業用の大きな実験室で5人1組の班になり、週3コマ仕込みを行います。たとえ満足いく出来栄えでなかったとしても、その原因を考えて学びにしていくことが重要です」(同)

昨年この実習を受けた醸造科学科4年の川田崚平さんは、「全員で評価を行い良いと思うものに点数をつけていった結果、自分の班の清酒は、16班のなかで真ん中ぐらいの順位でした。アルコールの発酵が進みすぎてからくなってしまったのが原因だと思います」と振り返る。

しかし、これまで受けた科目で一番楽しかったのがこの実習だったという。

「周りにもお酒が好きな人は多く、『自分の班と比べてどうか?』という視点で互いに評価しあうのは、普段の授業にはない楽しさがありました。もともと母が醸造調味料の魚醤を料理によく使うこともあり、魚醤について知りたくてこの学科に入りました。でも今は授業や実習を通じて、清酒に関心が移っています」(川田さん)

全国の醸造所に2週間泊まり込み

もう一つの3年次の目玉が、12月に全国の醸造所に2週間ほど泊まり込みで行う「醸造科学特別実習」だ。選択科目ではあるが、毎年同学科の7割の学生が選択するという。

「受け入れ先は清酒の蔵が多く、米を洗うところから最後の“搾り”の工程まで経験させてもらっています。蔵人の指導もあり、就職活動にも役立つ良い社会経験になっています」(藤本教授) 

川田さんは「越乃寒梅」を製造する新潟の酒蔵・石本酒造で実習を行い、学内の授業だけでは得られなかった学びを得たという。

「従業員の方にはつねに『丁寧にやろうね』と言われました。タンクをこまめに洗浄するなど、座学や実験ではあまり意識しなかった衛生管理の重要性に気づきました。杜氏の方の、『今のトレンドに流されず、スッと切れるような飲み口を守っている』というお話にも感銘を受けました」(川田さん)

東京農業大学 世田谷キャンパスの正門
世田谷キャンパスの正門。2019年11月には新研究棟ができたばかりだ(撮影/馬場岳人)

酒や食品づくり以外にも活躍の場は広がる

卒業後の就職先として最も多いのは食品業界で、全体の4割を超える。しかし醸造科学科での学びが生きるのは、食品関連だけではない。

2015年に醸造科学科を卒業した中村慈実さんは横浜市に就職し、下水をきれいにするための処理調整に携わってきた。

「下水は、処理施設で管理する微生物を利用して汚れを分解・除去します。季節や雨量などの条件が刻一刻と変わっていくなかで、いかに微生物を上手に管理できるかが問われます」(中村さん)

入学当初は「微生物と言えば食品に関わるイメージしかなかった」という中村さん。なぜこの仕事に興味をもったのだろうか。

「2年次必修科目の『環境保全技術論』で、環境は自然の自浄作用だけでなく、人間が微生物の力を借りて良い方向にコントロールすることができるという話に惹かれました。研究室では水源となる湖に含まれるラン藻類を調査していました。水質に関わっているという意味では、大学での研究は仕事にもつながっています」(同)

就職を選ぶ学生が多い一方、進学して研究を継続する学生も15%ほどいる。藤本教授はこう話す。

「ゲノム解析が進歩する昨今ですが、微生物はどの塩基配列がどのように発酵に関与しているのかなど、未知の部分も多いのです」

最近では、花から分離した酵母を使用した清酒の研究なども進んでいるという。伝統ある醸造技術の未来は広がっている。

農大アカデミアセンター
2013年末に完成した農大アカデミアセンター。9階まであり、3階から7階までを図書館が占める、世田谷キャンパスのシンボル的存在(写真提供/東京農業大)

【大学メモ】

1891年に開学。東京・世田谷、神奈川・厚木、北海道・オホーツク(網走)の3キャンパスに分かれる。醸造科学科の起源は1950年に発足した短期大学醸造科。98年、学部の再編成により、応用生物科学部醸造科学科として再スタート。入学定員は150人(2020年度)。

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