緊急連載 濱田純一・東大前総長が語る「9月入学論」

第2回◆秋入学構想は国際化を超えて、タフな学生の育成を意識した

2020.06.16

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EduA編集部
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4月下旬から浮上した「9月入学論」で必ず引き合いに出されたのが、10年近く前に大議論になった東大の秋入学構想だった。当事者である当時の総長、濱田純一氏が秋入学構想を振り返り、日本の大学や社会に求められることを語る。(聞き手・中村正史、写真は総長に就任し朝日新聞のインタビューに応じる濱田純一氏=2009年4月)

【話を伺った人】濱田純一さん

話を伺った人

濱田純一さん

東京大学名誉教授・前総長/放送倫理・番組向上機構(BPO)理事長/映画倫理機構理事長

(はまだ・じゅんいち)1950年兵庫県生まれ。東京大学法学部卒、同大学院法学政治学研究科で憲法を専攻。法学博士号取得。同新聞研究所教授、社会情報研究所長、大学院情報学環長・学際情報学府長、副学長を経て、2009~15年、東京大学総長。

いい学生が入って来るのに、その力を伸ばし切れていない

――秋入学構想はいつ頃から考えていたのですか。

2009年4月に総長になった時、秋入学が最優先課題という意識はありませんでした。就任時から「タフな東大生」にと呼びかけて学生教育の強化を図り、また国際化に重点を置くという方針を示していましたが、最初、この二つは別物と考えていました。翌年4月の入学式式辞は「国境なき東大生」であってほしいという話をして、そこでは両者がつながる課題であると意識しています。すべての学生を留学させたいという思いは、総長就任前から言っていましたが。

2011年3月11日の東日本大震災にも背中を押されたことは前回、お話ししましたが、その直前に出した『東京大学 知の森が動く』(東京大学出版会)に「初夢」というコラムを載せています。将来、東大がこうなるといいよね、と思って書いたのですが、「初夢を見た。妙にリアルな夢だった」という書き出しで、駒場のキャンパスに女子学生がたくさんいて、新学期の光景なのに季節は秋、本郷のキャンパスでは学生たちの会話にイェール、オックスフォード、北京など海外の大学の名前が飛び交い、留学するのが当たり前になっている、という内容です。この原稿を書いたのは前年の11月で、この頃にはすでに私の頭の中に秋入学構想があって、具体的な検討の材料集めを始めていました。

グローバルということで言うと、東大の研究や教員は以前からグローバルですが、学生、とくに学部学生にはグローバルの意識や仕組みがあまり及んでいませんでした。どうやって東大の学生をより「タフ」にしていくのか。その要になるのが「グローバル」だと考え、秋入学構想を象徴として重点を置きました。つまり、秋入学構想は、よく言われる国際化を超えて、タフな学生を育てることを最終的な目的として意識したものです。

――当時、学部学生で海外の大学に留学するのは年間、数十人で、1%にも満たないと聞いて、研究は世界を相手にしているのに、留学する学生がそんなに少ないのか、そんなにドメスティックな大学なのかと驚いたことを覚えています。

その落差は大きいですね。そもそも東大が、教員個人ではなく組織全体で国際化に取り組み始めたのも、かなり遅かったのです。東大の国際的なプレゼンスを強化するということで、大学という単位で学術研究の発信や研究交流・学生交流の進展を目的とした「東大フォーラム」(2007年までの名称は「UT Forum」)をスタートさせたのが、やっと2000年です。

また、ちょうど私の任期の初めから文科省が支援する国際化拠点整備事業、いわゆる「グローバル30」がスタートしましたが、これは留学生の受け入れを増やし、日本に来る留学生と日本人学生の切磋琢磨を図ることに重点がありました。

学部学生の留学は、これまでの制度的な枠組みの下で遅々としており、そこを思い切って進めるためには、教育の理念そのものから説き起こして、意識改革も含めて教育の仕組みの抜本的な変革をしないと、世界の動きに立ち遅れてしまうという思いが強かったですね。

――東大の何が問題だと思っていたのですか。

総長になると、大学のために自分ならではできることは何なのか、ということを真剣に考えます。私が最も大切だと思ったのは、あらゆる面でグローバル化が進む一方、日本の国力に陰りが見えてくる中で、とにかく学生が幸せに未来を生き抜き、社会に役立つように、どうやって育てるかということでした。東大にとって学生は、まだ手の入れどころの大きい部分だったのです。

東大には間違いなく地頭(じあたま)のいい学生が入ってきますが、その学生の力を東大で十分に伸ばせているのか。卒業する学生たちへのあるアンケート調査を見ると、東大の教育を通じて幅広い知識や理論的な理解などの力は、「身についた」「まあ身についた」を合わせて7割前後の人たちが肯定的な評価をしているのですが、「グローバルな思考と行動力」についてだけは合わせて4割強と、極端に低くなっていました。この1項目に課題が凝縮されているといってもよいと思います。

東大の基本となる理念や目標を定めた「東京大学憲章」というものがあります。その前文の中に、「世界的視野をもった市民的エリートが育つ場であること」を目指すという文章が盛り込まれています。私は、このメッセージに忠実でありたいと思いました。

東大の卒業生たちがみんな社会で信頼されるリーダーとなっているかというと、必ずしもそういうわけでもない。一部の学生には天才的な人もいて、それぞれの学部や研究科の指導の下で、研究者を育てていく専門的な教育は比較的、機能していると思いますが、大多数の学生は研究者になるわけではない。地頭の良さを大学の中の学問の世界だけに閉じ込めるのではなく、大学の外でも、できれば海外でも鍛えられるような機会を設ければ、そこから東大憲章の掲げた精神に近づくことができるだろうと思いました。それが秋入学の発想とつながってきます。

【文中写真】書影
濱田氏の著書『東京大学 知の森が動く』

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