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義足エンジニア・遠藤謙さん 沼津東高 「世界最速」つくって社会を変えたい

2020.06.18

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深澤 友紀
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来年の東京パラリンピックに向けて世界最速のスポーツ用義足の開発に取り組む遠藤謙さん。一般用の安価なスポーツ用義足づくりも進めています。遠藤さんを義足の世界へ導いたのは沼津東高校の部活動の縁でした。

遠藤謙さん

話を伺った人

遠藤謙さん

義足エンジニア

(えんどう・けん)1978年生まれ。静岡県沼津市出身。慶応義塾大理工学部卒。米マサチューセッツ工科大博士課程修了。2014年、競技用義足を開発するXiborg(サイボーグ)を設立。ソニーコンピュータサイエンス研究所研究員。

バスケに打ち込んだ高校時代

――子どもの頃からものづくりが好きだったそうですね。

小学時代にミニ四駆がとてもはやっていて、僕も夢中になりました。ミニ四駆はカスタマイズできるので、速く走れるように自分でいろいろと改造し、模型屋さんが主催した大会で優勝したこともあります。初めてトロフィーをもらったときは、うれしかったですね。プラモデルも好きでした。ものづくりの楽しさはこのときから始まっているかもしれません。

あとは、虫が大好きで、幼稚園の頃にはよく林に行ってクワガタやセミなどを捕まえていました。図鑑を見ながら昆虫の絵を描くのも好きで、触角や節も一つひとつ詳細に描くんです。薄い紙を手に入れたときには、図鑑の上に敷いて、写したりもしていました。

小学校は、通っていた幼稚園の系列の私立校(加藤学園暁秀初等学校)に通いました。英語教育に力を入れていて、その「英語貯金」のおかげで中学、高校時代に英語で苦労をせずに済んだと思います。また、1学年30人前後と小規模だったせいか、校外での学習の機会も多く、たくさんの経験をさせてもらった記憶があります。

遠藤謙さん
撮影/掛祥葉子(朝日新聞出版写真部)

――高校時代の思い出を教えてください。

中学、高校時代は地元の公立学校に通い、バスケットボールばかりやっていました。中学のときは決められた練習や指示されたことをやるだけでしたが、東高(沼津東高校)の顧問の先生は生徒たちに考えさせる人で、僕も自分で考えてプレーするようになりました。バスケはシュート、パス、ドリブルなどで効率よく点を決める競技で、それをチームでやる。そんなに強豪ではなかったですが、バスケに熱中し、大学でも同好会でバスケを続け、夏休みには、同級生と一緒に高校の部活に顔を出してコーチをしたりしていました。

高校時代、勉強のほうは当初、中学時代の延長で、勉強もしないでテストを受けていたら、成績があまり良くなくて。部活に打ち込みたかったので、「勉強は授業ですべて理解する」と決めて、家での勉強は試験前に部活が休みになる3日間で全部やりました。

大学の研究内容はよく調べて

――高校卒業後の進学先はどのように決めたのですか。

慶応義塾大を選んだのは、3歳上の兄が通っていて、父の母校でもあり、話を聞いているうちに行きたいなと思ったことがきっかけです。指定校推薦で入学しました。後から振り返って、もうちょっとほかの大学も考えてみればよかったかなと思うことはあります。理系の大学生は研究室が重要ですが、大学を決める際に研究室のことまでは考えていなかった。僕が大学生のころ、ホンダのASHIMOが流行っていて、僕も二足歩行できるロボットに興味を持ったけど、大学にはそうした研究室がなかった。学外のプロジェクトに参加し、それが大学院での研究につながりました。

高校生のみなさんにはぜひ、その大学でどんな研究室があるのか、自分がやりたい研究内容があるのかということも調べてみてほしいです。調べてよく考えた上でベストな選択をしたらいいと思います。

ただ、調べたり考えたりしすぎるとデメリットもあります。僕はネガティブだし、石橋をたたきすぎて壊してしまうタイプなんです。比べまくってなかなか決めきれない。大学院の博士課程の途中でアメリカのマサチューセッツ工科大(MIT)に留学したときは、深く考えずに行動したからこそ、行けたのかなとも思います。というのも、大学院までは機械科だったのに、MITでは専攻がコンピューターサイエンスに変わりました。最初は授業についていけず、ストレスから一時突発性難聴にもなりました。メジャー(専攻)チェンジがこれほど大変だとは考えてもいませんでした。

遠藤謙さん
22歳のころ、ロボットの研究をする遠藤さん(本人提供)

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