学校再開でも焦らないで

学習の遅れに焦り、夏休みは短縮、子どもに疲労も? NPOカタリバ今村久美さん 今こそゆるい居場所を

2020.06.18

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古川 雅子
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学校が再開されてもなお、新型コロナウイルス感染の影響は続きます。早くも、「子どもたちが疲れている」という声も聞こえてきます。誕生して約20年になる教育関連の認定NPO法人「カタリバ」を運営し、安心安全な子どもたちの「第三の居場所」を作り続ける今村久美さん(40)は「今は、“教育の遅れ”以上に大事なことがある」と話します。(写真は、「カタリバごはん」サービスでお弁当を渡す今村さん。今年6月から就学援助等の支援を受ける高校生以下のいる世帯に、家族分を月2回提供している)

「学習の遅れ」という言葉の苦しさ

――学校が再開しても、また違った悩みが出てきているのですね。

学校が平常モードに戻っていく中で私が心配しているのは、子どもたちがものすごく疲れてきているんじゃないかなということです。実際に、親御さんから「子どもが疲れている」という声を聞いています。

首都圏にお住まいのあるお母さんから伺ったのですが、緊急事態宣言がいよいよ明けそうだということになって、5月の半ばから一気にダーッと宿題が出たとのこと。しばらくは「3密」回避のために、分散登校からスタートしている学校も多いですし、「学校でフォローできない分は、しばらくは家庭で対応して」というのは仕方ありません。ただ、それにしても、半端じゃない量の宿題だったと。

再開したものの、学校生活に余白がなくなってしまった。せっかく学校に戻れても、楽しみにしていた社会科見学も、林間学校も、遠足もみんな中止になってしまったと嘆く子どももいます。それに、都内のある学校では、少し長めの20分休憩がカットされ、トイレ休憩オンリーになってしまったとのこと。学校が楽しみな場所である前に、ひたすら勉強をさせられる場所になっているなんて、子どもたちにはつらすぎますよね。

今村久美さん
休校中と学校再開後の取り組みについて語る今村久美さん=上野創撮影

一方で、学校の先生たちも悩んでいます。周りからのプレッシャーというのが大きく二つあって、一つは「学習の遅れを取り戻せるか」。先生が焦るのは、保護者の求めに応じるから、という側面もあるのかもしれません。保護者は100人いたら100人とも違うことを言いますが、現場はどうしても、声が大きい方に合わせるということになりがちです。「学習の遅れ」という言葉が学校現場を苦しめている可能性は否めません。もちろん、受験生が切実なのはわかりますから、個別に丁寧な議論を進める必要があるでしょう。

「とにかく今年の遅れは、今年のうちに取り戻そう」みたいな勢いばかりの学校だと、子どもたちがあっぷあっぷになっちゃう。私なんかは、「学校は楽しいところである」という大前提に戻すことが今、一番優先すべきことなんじゃないかと思うんです。

焦り、悩む教師 「3密パトロール」も

――ものすごく感染を怖がる保護者と、比較的気にしていない保護者と、温度差はありますよね。一方で、社会も集団感染ということに手厳しい。

 はい。先ほどお話しした、先生方の二つのプレッシャーのもう一つが、「とにかく、うちの学校からコロナ感染者を出してはいけない」ということなんです。教師が「3密パトロール隊」みたいになっているという話も耳にしました。休み時間に子どもが集まっていると、先生が駆けつけてピピピピーみたいな。実際には笛までは鳴らさないですが、そのぐらい現場が神経質になっている証拠でしょう。

学校再開後すぐに、北九州の小学校でクラスターが発生したというニュースが流れたときも、SNSなどを通じていろいろ騒がれていて。先生方も子どもたちも、相当心に傷を負ったのではと心配していました。「たとえ誰かがコロナになったとしても、たたかない」っていう約束を、何とかみんなでできないものでしょうか。

そもそも日本の教育システムには、コロナ以前から変えていかなければならない課題が山積みでした。一斉授業による詰め込み教育もそう。オンライン教育の普及の遅れもそう。後で振り返ったら、「コロナの時期は大変だったけれど、あの経験を経たからこそ、この環境をつかめたね」という未来につなげていかないとって思うんです。

――5月26日には、今村さんを含む中央教育審議会の委員の方々が初等中等教育分科会で、資料「新型コロナウイルス感染症に対応した新しい初等中等教育の在り方について【*注】」を提出されました。ここに書かれている「成り行きの未来」というのがとても暗い未来像で、こうならないといいなという感想を持ちました。

「成り行きの未来」として打ち出したのは、このまま何も対処しなければ、時間的・精神的な余白を無くした学校で置いていかれる子どもたちが続出し、人間関係のトラブル・問題行動・いじめ・不登校・退学等が増加しますよという内容でした。

それと、先ほど私が触れた「積極的不登校」についてもこの資料で言及しているんですが、この動き自体は、実は私はポジティブにとらえています。というのも、これまで多くの子どもたちは、たまたま生まれた地域の学校に通い、たまたま配置された先生、友達の中で学ぶ環境に置かれていたわけです。今回のコロナショックで、学校以外の環境で学ばざるをえなくなった子どもたちは、どこで何を学ぶかを選ぶことになった。それは、今まで受動的だったとも言える学びの選択権が、子どもたちに渡ったともいえます。その豊かさ、面白さに気づいた子どもたちが、積極的不登校を選択しようとしているという風に見えます。

中教審提出資料
中央教育審議会初等中等教育分科会に今村久美さんらが提出した資料の一部

だからといって、私のメッセージは決して、「もう学校はいらないよね」ではありません。

「今後、学校が果たす役割とは?というところが問われてくる」と明確にしたかったんです。休校期間を経て、先生や学校がこれまで果たしてきた重要な仕事がわかったはず。私自身が切実に感じたのは、学校の福祉的機能の大事さです。

今から3年間ぐらいを「ウィズコロナ」期間と設定し、学びのICT環境整備も含めて、「ひとつの社会実験」として弾力的にいろいろと試してみるのが良いのではないか。私たち委員は、この資料を通じて、「あれこれ皆で考えていきましょう」と提案したいと考えました。

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